第49話 スタンピード

 それは突然やってきた。


 森の切れ目から溢れるように腐乱死体ゾンビ骸骨スケルトンが無数に現れ、マネーベルに押し寄せた。


「なんだ…… あれ?」


 城門と城壁にいた衛兵達が、森から押し寄せるに視線を向ける。


「……腐乱死体ゾンビ?」


不死者アンデッドだっ!」



「「「スタンピードだぁぁあああ!!!」」」



 城壁の上から衛兵が叫び、慌てて警報の魔導具を起動させる。


 けたたましく警報音が街中に響き、街中の衛兵が慌ただしく動き出す。急いで城門が閉鎖され、全ての魔導列車が停止して街は一気に混乱に包まれた。


 …

 ……

 ………


 首都マネーベルには、ジルトロ共和国の全議員の約半数が詰めていた。街の中心にある議事堂に不死者襲来の一報が伝えられ、街にいる議員達に緊急召集が掛けられた。


 ――『議事堂会議室』――


「どういうことだっ! 数万の不死者の群れだとっ?」


「ここは首都マネーベルだぞっ! 何故、事前に把握できなかったのだっ!」


「冒険者ギルドでは、不死者の目撃と遭遇の情報はあったようです。調査の為、複数のパーティーに依頼を掛けてあったということですが……」


「間に合わなかったのか、それとも甘く見ていたのか……」


「どちらにせよ、数万の不死者の群れなど前代未聞です。城門は全て閉鎖、街中の兵に緊急呼集をかけてますが、あの数の不死者に対応できる人員と装備がまるで足りません」


「商業ギルドに協力を要請しろ。対不死者用の武器を提供させるんだ」


「素直に応じるでしょうか?」


「死にたくなければやるしかないだろう。渋るようなら言い値で買い取れ。無論、その業者のリストは記録しておけ」


「冒険者ギルドと教会は?」


「もう人をやっています」


「あとで高額な費用を請求されそうだな?」


「緊急事態です。この際費用のことは……」


「街が無くなってしまっては金どころではない」


 …

 ……

 ………


 俺とリディーナは急いで街へ引き返していた。探知魔法に膨大な数の反応が、森から街へ向かうのを捕らえたからだ。


「なんだあれは?」


「不死者のスタンピード……」



 ――『スタンピード』――


 魔物の群れが大群で街や村に押し寄せる現象を言う。強力な魔物の飛来による偶発的発生や自然発生、人為的に引き起こされた例もあるなど、その原因は多岐に渡る。この世界の各都市が高い城壁に囲まれた城塞都市の形態が多いのも、災害のようなスタンピードに備える為だ。



 俺とリディーナは、森の切れ目から街の様子を遠目に見ていた。


 数万を超える不死者の群れが、街の城壁の半分近くを覆っている。城壁の上からは兵士が弩や弓で攻撃してるが、大した効果は得られていない。


「不死者に対してあれじゃあ、いくらなんでも厳しいわね」


「……リディーナ、群れの後方の森を見てみろ。あの森の切れ目だ。何かあるぞ」


 「馬車? それにしては大きいわね。引いてるのは亜竜かしら? よく見るとあれも不死者化してるわ」


「群れのボスってとこか? 指示を出してるヤツでもいるのかもしれん」


「まさか不死魔術師リッチ?」


「ギルドの資料にあったな。伝説的な不死の魔物だったか?」


「知性を保ったまま不死者化した魔術師。私も昔話で聞いたことはあるだけで見たことは無いわ。強力な魔物なのは間違いないわね」


 …

 ……

 ………


「あーーー ダルイ! 結局一ヵ月掛かったし……。なんだよ予定に間に合わないから頼むってよー」


 南星也ミナミセイヤは、盛大に愚痴を漏らしていた。高槻達の計画では強化した騎士団を攻め込ませ、街を占領するはずだった。しかし、それが間に合わないと、竜王国に続いて再度、南の不死者軍団の出番となったのだ。竜王国から不死者軍団の不眠不休の移動でも一ヵ月かかった。


「ごめんねー 私らだけ飛竜ワイバーンでサクッと来ちゃって」


 佐藤優子サトウユウコは軽い感じで南に謝る。隣には申し訳なさそうな顔の白石響シライシヒビキがいる。


「空から見たけど、電車があるのね。驚いたわ」


「そうだねー でも車かは分からないよ? 響ちゃん」


「そうね。蒸気機関車かもしれないわね」


「はぁ…… 『魔導列車』って言うらしーぜ? 魔石で動くんだと」


「南君、詳しいねっ!」


「この辺の冒険者を不死者化したついでに聞いた」


「この世界も意外と進んでるのね。それにしても私達だけ働きすぎじゃない?」


「「同感」」


「ここを落としたら暫く休みたいぜ…… 不死者軍団アレを作って動かすのも結構疲れんだよなー」


「南君、カワイソー」


 …

 ……

 ………


 冒険者ギルドでは、街にいる全冒険者が緊急召集され、支部の職員やベテランが集まった冒険者達に指示を飛ばしていた。


「いいか、よく聞いてくれっ! 各パーティーは一時バラけてくれ。不死者の数が多すぎる。城壁で迎え撃つことになるから各等級と得意な能力毎にギルドが再編成させてもらう! 相手は数万の不死者だ。間違っても城壁の外に出て戦おうなんてするなよ?」


「D等級以下の冒険者は物資の補給係だ! 武器と魔力回復薬マナポーション、食料の運搬だ。商業ギルドの倉庫から必要量を城壁まで運ぶんだ!」


「C等級以上は、城壁で不死者共の殲滅だ! 魔法を使える者はこっちに集まってくれ。魔力回復薬の分配と隊列を組む」


「剣士組はもうすぐ対不死者用の武具が届く。数は少ないだろうが、各自相談して割り振ってくれ。受け取った者はすぐに城門へ向かってくれ」



 冒険者ギルド、マネーベル支部のギルドマスターであるマリガンは、急ぎ指示を飛ばしたものの、この未曽有の危機に頭を抱えていた。報告された不死者の数が多過ぎる。少し前から報告のあった、不死者の調査に向かわせたB等級の冒険者パーティー達は、どのパーティーも戻ってきていない。議会はこの事態に対する依頼と全面的な支援を通達してきたが、不死者に対して戦える人材が不足している。流石に依頼が無くとも戦わなければ死ぬ状況で、戦わないという選択肢は無い。それにも拘らず、この街の教会は回復の後方支援は行うが、戦闘は拒否したらしい。聖職者の癖に不死者のことを知らないのか? 不死者相手に怪我なんかする訳ない。かすり傷でもアイツらの仲間入りだ。一体誰を治療するつもりなのか、不死者の前にぶっ殺してやりたかった。


 幸いにも、街全体を囲むほどの数ではない。最悪、魔導列車に乗れる人数は退避できそうだが、全住民の一割も逃げられないだろう。徒歩で逃げるのも無理だ。不死者は不眠不休で動ける。徒歩や馬ではいずれ追い付かれる。


 マリガンは、職員と冒険者達に指示を出した後、覚悟を決めて自身の装備を整え城壁へ向かった。


 …

 ……

 ………


(さて、どうするか……)


 俺はこの状況でどう動くか迷っていた。はっきり言って戦う必然性が無い。今日来たばかりの街に愛着も何も無いし、親しい人間もいない。だが、魔導列車のターミナル駅が無くなるのは痛い。日本なら国際空港が無くなるようなものだ。飛行機が無くなり船で海外にいくようなものになる。一ヵ月の馬の旅が一週間になる快適設備インフラは失いたくない。


 浄化魔法で腐乱死体ゾンビを消滅させた体感から、城壁に群がる数を全て掃討できる自信はあったが、魔力がギリギリ持つかどうかだろう。それに城壁の上からなら連続で魔法を放っても休みながら行える。しかし、目立つのは間違いない。目立てば依頼しごとがやり難くなる。その後を考えるとあまりやりたくは無かった。街の対応を見極めてからでもいいだろう。


 それに、後方にある馬車の存在も気になる。リディーナの言っていた不死魔術師リッチかは分からないが、その存在が分からなければ動けない。あのデカい馬車に乗ってる奴が強力な魔物なら、魔力がギリギリの計算で戦うのは避けたい。


「レイ、馬車からが出てきたわ……」


 リディーナの表情が曇る。


「マジか……」


 出てきたのは黒髪に日本人顔のブレザーを着た三人の男女。


「「勇者……」」

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