第47話 魔導列車

 宿に戻った俺とリディーナは、早めに夕食を済ませ、それぞれゆっくり過ごしていた。高い部屋なだけあって寛ぐには申し分ない。


 俺はソファに座り、購入した魔導書を読む。


「それ、ホントに読めるの?」


 紅茶を飲んでいたリディーナが話しかけてくる。


「ああ。大陸にあるほとんどの言語は頭に入ってる。発音は怪しいがな」


「エルフ語を話せるだけでもちょっと信じられないのに……。よく頭が混乱しないわね」


「女神様様ってところだろうな。依頼に関係あるとは思えない知識だが、まあ役には立ってる」


 古代語に関しては、中国語や日本の漢文に近い。一文字に意味が込められてる象形文字的な言語だ。正直発音には自信が無い。まあ話すことは無いだろうから気にしないが。


「『飛翔』の魔法に関してだが、多分発現できそうだ」


「ウソッ!」


「どうやら単に飛ぶだけなら色んな方法があるみたいだ。その中で高速に飛行するなら結構難しい理解が必要だな」


「私にもできそう?」


「風属性でも飛べるぞ? ただし、魔力消費がかなり激しいから実戦的じゃないな。この中じゃ『引力』か『重力』を用いた魔法が一番コスパがいいが、長距離飛行向けだな……。もう少し読み込んで、俺が理解出来たら教えてやるよ。もう一冊も読み込みたいから訓練は列車の旅が終わってからだな」


「『インリョク』とか『ジュウリョク』ってのは良く分からないけど、風魔法の飛行なら昔試したわ。全然飛べなかったわよ?」


「ひょっとして単に体の下に風を発生させただけじゃないだろうな?」


「……そうだけど?」


「今度、『空力』の説明をしてやる」


「何それ?」


「正確には『空気力学』だ。まあ後で説明してやる」


「はあ……。またお勉強? 列車の旅が憂鬱になってきたわ」


 昔、人が浮くには風速五十メートル以上の風が必要だと聞いたことがある。超大型の台風並みだ。そんな風を生み出すにも、維持させるのにも大量の魔力が必要だ。力業だけでは空は飛べない。だが、風魔法による風の制御も、物体が受ける空気抵抗や揚力などが理解出来れば、必要魔力は少なくできる。


 本当に実現可能かは試してみないと何とも言えないが、『引力』、物体が互いに引っ張り合う力をイメージできれば、浮く、飛ぶというより上空に引っ張るイメージが魔法で空を飛ぶコツみたいなことがこの魔導書には書いてある。加えて、空気抵抗を失くしたり、気流を制御すれば高速で飛翔することが可能らしいが、果たしてリディーナに上手く説明できるだろうか……。しかし、重力制御まで書いてあるが、単に浮くだけなら重力を遮断するイメージだけで十分らしい。とんでもないことがサラッと書いてある。俺が難しく考え過ぎなのだろうか?


 …

 ……

 ………


 翌日も宿でダラダラ過ごした。俺は魔導書を読んだり、リディーナの魔法の鞄マジックバックを調べたりしていた。


 リディーナもベッドでゴロゴロして、何やら精霊と戯れてるのか手のひらをヒラヒラしている。傍からみると結構ヤバイ光景だが、精霊が見えていると知っているので特に気にしない。


(……ほんとに見えてるんだよな?)


 この一ヵ月、野営中は常に鍛錬しながらの旅だったので、偶にはこういった休息時間も必要だ。


 …

 ……

 ………


 翌日。


「これが魔導列車か……」


 駅に行くと日本の蒸気機関車に似た列車が停泊していた。特徴的なのは前面の形状で、除雪車のような中央から左右に分かれて反った装甲が取り付けられている。所々に血が付いてるところを見ると、線路上の魔物をあれで吹き飛ばして進むのだろう。なんともワイルドだ。


 車列は全部で十二両。外装は統一されてるが、窓ガラス越しに見える内装がそれぞれ違う。中央の豪華な車両が乗客車両だろうか、三両だけ窓が大きく内装が良いように見える。後方の半分以上は貨物車両なのか、窓が殆どない。


(動力は魔力らしいが、一体どんな構造だ?)


 出発は昼過ぎらしい。街の教会が鳴らす昼の鐘が鳴ったら発車するそうだ。まだ午前中で時間は早いが、中の様子が見たかったこともあり早めに乗り込んだ。中央の車両は個室と座席のある作りで、ヨーロッパの寝台車両のようだ。俺も生前一度だけ乗ったことがあるが、内装の造りは地球のものと遜色ない。


 料金は首都『マネーベル』まで一人金貨五枚から。貨物車両にも一応乗れて料金はかなり安く済むが、完全に荷物扱いなので環境は劣悪だろう。個室は金貨十枚から。当たり前のようにリディーナは個室を選択したので、俺達は案内に従って予約した客室に向かう。


 客室には外を一望できる広い窓とダブルベッド、テーブル、ソファ、トイレに風呂まである。豪華なファブリックに灯りや空調の魔導具など高級宿と変わらない。


「まあまあね。ちょっと狭いけど」


「十分だと思うぞ……」


 出発まで部屋で寛ぎながら窓の外を見ていると、装備を黒で統一した一団が辺りをうろついていた。


「獣人?」


「魔導列車専門の護衛部隊よ。たしか『黒狼』だったかしら? 狼の獣人族ね」


 黒系の髪に獣の耳と尻尾が見える。目つきは皆鋭く、武器らしいものは腰の裏にある短剣ぐらいしか見当たらない。どことなく忍者っぽい。


「はじめて獣人を見たな」


「オブライオンには亜人はほとんどいないものね。獣人は人間より運動能力や力が強いの。魔力はあるみたいだけど、身体強化ぐらいで魔法はあまり使えないみたい。それでも近接戦闘力が高い種族よ。まあ、種族にもよるらしいけどね」


「興味深い……」


 歩き方を見てるだけで人間とは異なる種族というのが分かる。なんというかバネが凄い。瞬発力が凄そうだ。狼ということは嗅覚を含めて五感も鋭いのだろうか。


 そうこうしてるうちに昼の鐘が鳴り、暫くして列車の警笛も鳴る。どうやら出発のようだ。



『本日は魔導列車『首都マネーベル』行きをご利用いただき有難う御座います。只今より出発致します。『首都マネーベル』には三日後に到着予定です。それでは良い旅を』



 拡声器の魔導具だろうか、車両内にアナウンスが流れた。


 地球と同じようなシステムに感心しているうちに列車が出発する。動き出しはスムーズだ。騒音もしない。電気自動車のような静かさだ。


(これは地球のものよりすごいかもな……)


 気づけばリディーナがニヤニヤして俺を見ていた。


「どうした?」


「レイったら田舎者みたいよ? ウフフッ」


「そんな顔してたか?」


「してた♪」


 リディーナには是非、東京やニューヨークを見せてやりたい……。


「列車も動き出したことだし『空力』について授業を始める」


「ずるい、ずるいわよレイ!」

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