第46話 散策

「次の運航日は二日後ですね。行先は『首都マネーベル』です。ご予約されますか?」


 魔導列車の運行予定を聞きに来た俺とリディーナは、次の運航日が二日後と聞き列車での旅を選択した。事前にリディーナから、運行はタイミングが悪ければ一週間以上は列車が来ないことを聞いていたこともあり、わずか二日の待ちは早い方だと判断したからだ。


「ちょっと時間ができたわね……」


「少し街を散策したいな」


 街行く人々を見ると、オブライオンとは違った様子に、武器屋や雑貨屋などを覗いて見たくなった。護衛依頼が無いのはここも同じようで、暇そうにしている冒険者らしい者も多く、それぞれ装備が良い。特に衣服は生地も良さそうで様々な種類を見かけた。


「そうね! 私も服を新調したいわ。ここならもう少しマシなものがあると思うし」


 俺やリディーナの着ている服は、ロメルの古着屋で揃えたものだが、地味な上、安っぽく、みすぼらしい。色合いが地味なのは目立たなくていいと思っていたが、この街では逆に悪目立ちしている。


「じゃあ、先に服屋に行くか」


 

 駅の受付にお勧めの服屋を聞いてそこに向かう。オブライオンに比べて色々な服が飾られているが、俺もリディーナも冒険者だ。野営が多く、目立つことを避ける為、雨風を凌ぎ、顔の半分を隠せるフード付きの外套を先に物色する。


「色んな種類があるな。オブライオンよりお洒落だ」


「本格的なものは防具屋で注文するのが一番だけど、メルギドまでのつなぎだから防水性だけあれば後は好みね」


「防具屋だと何が違うんだ?」


「まず素材ね。魔物の素材とか鉱石や魔石を編み込んだものを自分の身体に合わせて作ってもらえるわ。求める性能と比例して値段も上がるけどね。特殊な素材はメルギドに集まるし、ドワーフしか加工できない素材も多いから高等級の冒険者は、皆一度はメルギドへ行くんじゃないかしら?」


「魔物の素材か。……興味深い」


「私も今まで武具にはあまり興味無かったけど、私より強い人間を知っちゃうとね……。お金はいくら使ってもいいぐらい、メルギドでは装備に拘るわ」


「ヨロシクオネガイシマス」


 スポンサーであるリディーナに頭を下げる。情けないが仕方ない。俺はヒモだ。


 服屋では濃い紺色の外套を二人お揃いで購入し、シャツやズボン、ブーツも暗い色で揃えた。夜間では黒よりも紺の方が目立たない。もう少し色落ちすればいい感じに落ち着いた色合いになるだろう。この世界では分からないが、地球の自然の中に純粋な黒色は存在しない。人間の作った黒色は風景に対して浮いてしまうのだ。黒の戦闘服は、相手を威圧する意味合いが強く、風景に紛れる効果は殆どない為、夜戦はともかく、野外での戦闘には適していない。


「ウフフ……。お揃いね♪」


 そう言われると少し気恥ずかしいが仕方ない。同じパーティー同士ということで格好を合わせる為だ。国境でもそうだったが、俺とリディーナは冒険者としての等級に差があり過ぎるので、同じパーティーということに不審がられるのだ。態度に現れるほどではないが、俺を見る目がそう言っている。逆に首輪でもつけてリディーナに引かれる方がしっくりくるかもしれない。リディーナからしても男を囲ってると見られたくないと言われれば、同じ格好をすることを断ることはできなかった。


 昼食は俺の希望でテラスのあるレストランにした。


「ほんと好きよね、そんなに街を見るのが楽しい?」


「ああ、楽しいな。まあ半分は癖みたいなものもあるけどな」


「癖?」


「仕事柄、色んな人間の格好や歩き方、話し方や仕草をこうして俯瞰して見て観察することが癖になってる」


「仕事に何の関係があるの?」


「そうだな……。前の仕事は話しただろ? ああして街を歩いて違和感が無いように擬態するのに一般人の仕草は重要なんだ。戦闘を生業にしてる者は鍛錬を続けるとどうしても一般人のそれとは動きが変わってきて目立つんだ。見る者が見れば、すぐに分かる。治安維持側の人間に見抜かれると色々面倒なんだよ。それに、こうして観察してると怪しい奴を見つける目を養うことも出来る」


 特に中東では、普通の女子供が体に爆弾を巻いて平気で近づいてくる。目線や体重移動でそれが見抜けなければ吹っ飛ばされてあの世行きだ。そうでなくても携帯電話を片手に情報を送ったり、偵察している人間が一般人に紛れてる。日本でも油断ができない。スパイ天国とはよく揶揄される日本だが、諜報員が観光客や一般人を装い平然と街を歩いている。アジア系の諜報員は見分けることがかなり困難だ。そういった人間に目をつけられるといらぬトラブルを招くことになる。


「それ疲れない? 私には理解できないわ」


「そりゃ、精霊が見えるリディーナは必要ないかもな。それでも、前にいた世界と違うところを見れるのは純粋に楽しい」


「精霊が見えたって悪意の有無は分からないわよ。まあ滅多にいないけど『闇の精霊』が憑いてるヤツは要注意だけど」


「闇の精霊?」


「いわゆる裏稼業の人間ね、暗殺者とか。毒とか状態異常魔法を使うヤツには憑いてることが多いわね。流石に契約してるのはいないけど、憑いてるってことはそれに習熟してる人間だから注意は必要ね」


「契約はエルフ以外だとできないのか?」


「まず精霊が見えないと無理ね。意思の疎通ができないと契約できないし。辺境にいるダークエルフは闇の精霊との契約者が多いって聞いたことがあるけど、私は会ったことはないわ」


「ダークエルフと闇の精霊か……」


「因みにアナタにも闇の精霊が憑いてますけどね」


「……」


 …

 ……

 ………

 

 昼食の後、次に訪れたのは雑貨屋だ。雑貨屋と言っても様々な商品があるので、店によって品揃えが異なる。明確に本屋とか魔導具屋とかの専売店は、こういった地方の街には無いらしい。


 目当ては魔導書だ。俺やリディーナは生活に必要なものは大概魔法で生み出せるので、魔導具は必要ない。一般的な知識として魔法に関する読み物が欲しかった。列車に乗ってる内は、鍛錬もほとんどできないので、暇を見越してということもある。


 何件か雑貨屋を尋ねて回り、魔導書が置いてある店に来た。どの店も、店の主人に本を探していると尋ねないと、本自体が置いてあるかもわからない。紙もそうだが、本自体が貴重品な為、劣化防止と防犯上の理由から店頭に陳列されてることが少ないからだ。


 「本は置いてるか? できれば魔法に関する本が欲しいんだが」


 店の主人らしい老婆にそう尋ねると、二冊の本を裏から持ってきた。どれも重厚な造りで、大きさはA4用紙ほど。厚さはそれほど無い。


「どれでも一冊金貨一枚だよ。ただし、どんな本かはわからないよ」


「わからない本を金貨一枚で売るのか? 俺は魔導書が欲しいんだが」


「最近、オブライオンの商人共が、金に困って売りにきて仕入れた本さ。単純に本の値段だよ。秘蔵だなんて言ってるが、こんな読めもしない物、装飾品としてしか売れないからね。見てくれは立派だろう? 中身も見ていいよ」


 価値もわからないのに金貨一枚の値付けはどうなんだ? がめつい婆さんだ。


 俺は本を一冊手に取り、中身をパラパラ捲って軽く中身を確認する。


「二冊とも買おう」


「いいのかい? 返品はできないよ?」


「構わない」


 俺は腰の革袋から以前の戦利品の金貨、二枚を取り出して老婆に支払った。


「毎度あり」


 リディーナが外套の裾を引っ張って小声で苦言を言ってくる。


「(ちょっとレイ、大丈夫なのそれ。いくらなんでも無駄遣いよ?)」


 二冊の本に目を通しながらリディーナの問いに答える。


「『飛翔』と『結界』の魔導書だ。当たりかもな」


「ホントなの?」


「古代語で書かれてるが、間違いない。まあ中身はちゃんと読んでないからはっきり言えないが、ハズレではなさそうだ」


「ちょ、ちょっと待ちなっ! アンタそれ読めるのかい? 魔導書ってホントかいっ?」


「返品は受け付けないんだろ? 金は支払ったんだ。取引は終了してる」


「うぐぐ……」


 悔しそうにしている老婆を無視して、店を後にする。


 魔導書といってもピンキリだ。発動させる魔法を色んな角度から検証した学術書のような本もあれば、ただの感想文のような子供向けの本まで様々だ。


「手放した商人は、余程金に困ってたんだな。金貨一枚で買えて運が良かった」


「古代語が読めるとか、学者が聞いたら翻訳の依頼が殺到するわよ? 目立つから次は馬鹿なフリして買ってよね」


「……りょ、了解」


 

 日も暮れてきたので、散策を切り上げ、そろそろ宿に帰ることにした。

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