第45話 ジルトロ共和国

 野盗を殲滅し、俺とリディーナはそのまま街道を進む。


 本来であれば、死体は燃やすか埋める処置をするが、死体の数が多く、血の臭いで魔物が群がってくる恐れがあったのでそのまま放置した。殺された商人の遺体から身元が分かるものだけ回収した。ジルトロ側の検問所を通ってきたのは間違いないので、衛兵に報告する為だ。


 俺達は身体強化を施し、走って街道を抜ける。探知魔法にいくつか魔物らしき反応があったが、無視して進むことにした。


 この世界の国境は、こうした森に隔たれており、国家間の戦争がほとんど無いのも、森を切り開くコストに見合わないからだろう。



 昼食も摂らず、僅かな休憩を挟んで街道を走ると、前方に大きな城壁が見えてきた。


「見えてきたわ、あれがジルトロ共和国の国境よ」



 ――『ジルトロ共和国』――


 隣国のドワーフ国『メルギド』の商品を、一手に扱うことで発展した商人の国。大陸中からドワーフの武具や鉱石、鋼材を求めて商人が集まる国である。元は大きな商会の集まりであり、大陸では珍しい議会制の政治体系で君主はいない。貴族の代わりに『議員』とよばれる有力者が国を管理運営している。



「ここら辺は国の端っこだからそうでもないけど、首都なんかはオブライオンとは全然違うわよ?」


「端っこね……。それにしてはずいぶん立派な城壁だ」


 オブライオン王国側の丸太の城壁とは比べ物にならない石造りの立派な城壁だ。衛兵の数も王国側の検問所の倍以上はいる。それに、王国では見かけなかった『弩』が城壁の上に設置され、兵士の装備も質が格段にいい。


 城門の衛兵に冒険者証とオブライオン王国の出国票を提示する。この国でもエルフは珍しいのか、若い衛兵がリディーナを好奇の目でジロジロ見てくる。


「途中で荷馬車が野盗に襲われていたわ。これが持ち主の遺品。野盗は殲滅してあるけど、あとの処理はお願いね」


 目を見開いて驚いた若い衛兵だが、隣にいた年配の衛兵が若い衛兵の頭を小突いて処理を引き継ぐ。遺品を受け取り淡々と事務処理を行い、俺達は『ジルトロ共和国』へ無事入国することができた。


 地球では海外に赴く際、出国より入国の方が検査が厳しい。自国では合法でも、向かう国では違法にあたることなど、出国に際に教えてくれる者などいない。


 戦争が無いとはいえ、やけにあっさり入国できるものだとこの世界の国家間の仕組みに不思議な思いだ。


(これも冒険者という職業の特殊性か……)


 …


「バカヤロウ。何見とれてやがんだ、しっかり仕事しろ!」


「へへ、すんません。エルフって初めて見たんで。でもすごい美人でしたね」


「はぁ……。お前、あの冒険者証見なかったのか? B等級だぞ?」


「そりゃ見ましたよ? でもホントっすかねー? 野盗を殲滅したなんて」


「これを見ろ。昨日ここを通過したオブライオンの商人の身分証だ。金が無ぇとか言って護衛も雇わずに森を抜けようとして死んだマヌケだ。お前も見た目に騙されてると同じように死ぬぞ?」


「A等級ならまだしもBっすよ? それに連れの男はF等級だったじゃないすか」


「だからだよ。連れがヒヨッコなのにたった二人で森を抜けてきたんだぞ? 俺ならいくら金を積まれたってヒヨッコと二人で森を抜けるなんざゴメンだ。いいか、単独や少人数での高等級冒険者は同じ等級より上に見ておけ。ナメた対応してっとぶっ殺されっぞ? 単独冒険者のC等級以上はバケモンと同じだと思え」


「はぁ……。でも、ホント美人だったなぁ~」


 …


 検問所を抜けて街に入ると、多くの荷馬車が待機していた。噂通りにオブライオンからの商人が足止めされてるのだろう。疲れきって頭を抱えた商人をちらほら見かける。


「商人が多いな。この様子じゃ、宿が取れるか心配だな」


「私達がいつも泊まるような宿は大丈夫でしょ? 流石に物が売れなくて困ってる商人で満室にはならないと思うわよ?」


「言われてみればたしかにそうだな」


 思えばかなりの贅沢をしている。一泊で金貨数枚が飛んでいく宿にこれまでずっと泊まっている。それより野営の方が断然多いが、金銭感覚がおかしくなりそうだ。


 態々、風呂付きの高級宿に泊まるのは、野営での疲れをとるのは勿論、食事もきちんとした物を摂りたいからだが、一番大きな理由は安全面だ。安宿はそこに泊まる客層は勿論、宿の従業員も油断できない。いくら高等級の冒険者とは言え、リディーナの見た目は若い女でおまけに超がつく美人だ。今までのがっついた連中を見れば、セキュリティの甘い宿に泊まれば、安眠などできなかっただろう。


 一つだけ気になるのは、その代金が全てリディーナ持ちということぐいらいか。完全にヒモだ。



 リディーナの言うとおり、風呂付きの宿は難無く確保できた。この宿もそうだが、街全体が明るい。採光の為に窓ガラスが多く使われてることと、街灯など灯りの魔導具が多い。これだけでもこの国の文化レベルが高いことが伺える。受付の着ている衣服の生地も質が良い。中世から近世に時代が進んだかのようだ。


 部屋に入るとリディーナが明日からの予定を聞いてきた。


「明日なんだけど、メルギドまで冒険者として依頼を受けながら馬で旅するのと、『魔導列車』で一気にメルギドまで行くのと、レイはどっちがいい?」


「魔導列車?」


「ジルトロには『列車』ってのがあってね。馬と違ってすごく早く移動できるの。馬や馬車と違ってあまり揺れないし、魔物や野盗に襲われることもないから快適よ?」


「驚いたな、列車があるのか」


「知ってるの?」


「俺のいた世界にもある。こっちの世界のモノとは動力は違うだろうが、多分同じヤツだろう」


「なーんだ、残念。現物を見せて吃驚させようと思ったのに……つまんない」


「いや驚いてるよ。今までの街並みを見て、そんなモノがあるなんて想像できなかったからな」


「魔導列車自体は、メルギドで作られたものらしいけど、線路はジルトロを中心に各国に引かれてるわ。オブライオン王国には通っていないけど」


「なんだかオブライオン王国が可哀そうになってくるな」


 オブライオン王国は過去に何かやらかしたのだろうか? 戦争は昔から無かったというし、宗教的な対立も無い。ここまでハブられるのは他に何か理由があるのだろうか?


「で、どうする?」


 これは迷う。正直、魔導列車とやらには乗ってみたい。だが、冒険者としての等級や経験も積みたい。さっさとヒモみたいな状況を脱したいが、早くメルギドまで行きたい思いもある。


「時間はどれぐらい変わるんだ?」


「馬での旅なら約一か月。列車なら一週間くらいよ。まあ、明日『駅』で運行予定を聞かないとどうなるかわからないけど」


「なら明日、駅で運行予定を聞いて決める。それでいいか?」


「いいわよ。それじゃあ食事にしましょ! もうお腹ペコペコよ」


 …

 ……

 ………


 翌朝、街の中心にある駅に行き、列車の運行情報を受付で尋ねた。


「次の運航日は二日後ですね。行先は『首都マネーベル』です。ご予約されますか?」

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