第44話 野盗

 オブライオン王国の検問所を出て、隣国に向けて街道を走っていると、探知魔法に人の反応があった。リディーナを手で制止すると、街道から外れて森へ入る。


「この先に人間の反応だ。数は街道に五人。その左右の森に七人と八人。合わせて二十人だ」


「ホント便利よね、探知魔法それ。で、どうする? 左右に分かれてるって、それ野盗よね?」


「そうだろうな。ちょっと見てくるからリディーナはここにいろ」


「えー、一緒に行くっ!」


「見てくるだけだ、すぐ戻る」


 俺は、光学迷彩の魔法で姿を消し、その場を後にした。


「んもうっ! ズルーイ!」


 …

 

 暫く街道沿いに進むと、横転した荷馬車と馬の死体、それを取り囲んだ男達が見えてきた。男達は荷台から大きな麻袋を蹴り倒し、中身の麦をぶちまけている。


「おカシラぁー コイツもハズレですぜー!」


 小汚い男が刃こぼれだらけの剣を手に叫ぶ。荷台を漁っていた同じ様な男達も合わせて首を横に振っている。


「ちっ、またかよ。噂はマジだったか…… とりあえず何でもいい、金と腹の足しになりそうなもんを頂いとけ!」


「「「へーい」」」


 …


 この世界では、一歩街の外へ出れば、無法地帯といってもいい世界だ。領地を治める領主は、街道を中心に兵士や騎士を巡回させて領内の治安維持に努めるが、国境沿いでは管轄が曖昧なこともあって、完全な無法地帯だ。魔物やならず者と遭遇した場合は、武力を持って排除するか、逃げるかの二択しかない。


 武力に自信が無ければ逃げるしかないのだが、現実には逃げきることは難しい。道に罠を張られたり、荷を積んだ重い馬車では追手を振り切ることが困難だからだ。必然的に護衛の者が交戦し、武力を以って脅威の排除を行うことになる。


 野盗に対しては、捕虜は捕らない、捕虜にならないが原則だ。つまりは皆殺しだ。仮に野盗を捕縛して衛兵に突き出したところで、連行した野盗が野盗であるという証明は困難であり、武装解除して解放したとしても、暫くすれば解放した野盗が別の誰かを襲うことになるからだ。


 野盗に襲われ、制圧された場合は最悪の事態が待っている。荷は全て奪われ、男は皆殺し、女は闇の奴隷商人に売られるか、死ぬまで強姦される。


 貴族の子女などは自決用の短剣を携帯しており、野盗に捕まるぐらいなら自決しろと教えられる。


 何故なら助けなど来ないからだ。


 野盗に関しては、現代地球でも同じことが言える。中東やアフリカ、南米など政府が機能していない地域では、この世界と同じように野盗が出る。銃を突きつけて「手を上げろ」なんて優しい野盗は映画の中だけで、実際は問答無用に殺しにくる。殺して無力化してから奪うのだ。手を上げて降伏したとしても、身ぐるみ剝がされて最終的には全員殺される。



 傭兵時代に何度も輸送トラックの護衛任務についたが、危険地帯では怪しい者を見かければ、襲われる前に先に攻撃する。交戦規則など守っていてはいくつ命があっても足りないからだ。正規軍のように無人機ドローンや偵察衛星でのサポートなどないので、襲われたり拉致されても誰も助けになど来ない。野盗に殺されたり、拉致されて拷問されるくらいなら、後に問題になろうが先進国で裁判を受けて刑務所に入ったほうが何倍もマシなのだ。


 …

 

 襲われた荷馬車の主は、既に息絶えてるのか荷馬車の脇に転がってピクリとも動かない。護衛の姿が見当たらないので、護衛を付けていなかったか、逃げられたのかもしれない。いつも思うが、安全に金をケチれば失うのは金ではなく命だ。海外へ旅行に行く日本人の多くに見られることだが、世界一とも言われる日本の治安を基準に海外へ赴く日本人の多くは、少なからず犯罪被害に遭っている。治安がいい反面、防犯意識が世界一低いので、海外の犯罪者にとって日本人はカモと見られ、標的になってるのが現実だ。

 


 野盗達が撤収する前にリディーナを連れてこようと、俺は来た道を戻ることにした。


 …


 ソワソワしながら落ち着きなく待っていたリディーナの前に、光学迷彩の魔法を解除して姿を現す。


 リディーナは頬を膨らませて何やら不機嫌だ。


「もうっ! 置いてかないでよっ!」


「すまんすまん、それより急ぐぞ。予想通り野盗だった。荷馬車を襲ったらしいが金目の物が無かったらしい。奴等が撤収する前に行くぞ。見た感じ大した連中じゃない。リディーナ、身体強化を使っていい。剣だけで仕留めろ」


 途端に笑顔になるリディーナ。


(ひょっとして戦闘狂か? この一か月の鍛錬の成果を実戦で試そうと思っただけなんだが……)


「攻撃魔法は使うなよ? 弓を持ってたヤツは俺がやる。万一、魔法を使うヤツがいても俺が受け持つ。行くぞ!」


 …


カシラぁー、前から誰か来やすっ!」


 リディーナは身体強化を施し、細剣を抜いたまま一直線に野盗の集団に突っ込んでいく。風の様な速さで瞬時に先頭の男を斬り捨て、返す刀でもう一人斬り殺す。野盗達の簡素な装備では、リディーナの魔銀ミスリル製の細剣の前には何の役にも立たず、簡単に斬り裂かれていく。


「な、なんだ、てめぇはっ!」


 斬りかかった野盗の剣を『霞』で何無くいなし、野盗が盛大に空振る。体勢を崩した野盗の首をあっさり刎ね、動揺する野盗達を容赦なく突き殺す。


 俺は光学迷彩で姿を消し、弓を持った男達を背後から素手で首を折り、静かに無力化していく。全員がリディーナに注目しているので、俺にとっては簡単な作業だ。


(どうやら魔法使いはいないようだな)


 詠唱をする者がいないか、残りの野盗達を注視しながらリディーナを見守る。


 激しく動き過ぎたのか、リディーナのフードが捲れ、美しい顔とエルフの特徴である耳が露わになった。


「「「ッ! エルフだっ!」」」


「しかも上玉だっ! テメーら、死んでも捕まえろっ!」


 頭と呼ばれていたリーダーが戦斧を振り回しながら男達に命令する。やられているにも関わらず、エルフであるリディーナに興奮しているのか、現実が見えていない。


 それは他の野盗達も同じらしく、実力差を忘れるほど興奮し、リディーナに次々に襲い掛かっていく。捕まえた後の事でも想像してるのだろうか、全員表情がだらしない。


(現在進行形で殺されてんのに捕縛指示とか、正気じゃないな。まあ全力で殺しに行ってもリディーナには勝てないだろうが…… それにしてもほんと、飢えたヤツばかりだ……)


 欲望丸出しでリディーナに迫る野盗達だったが、誰もが触れることすらできずにリディーナに斬り捨てられる。


 瞬く間に野盗の数が半数以下になり、ようやく現実に引き戻されたのか、何人かが後退りしはじめた。


「調子に乗りやがって! どけっ! 俺がやるっ!」


 リーダーの男が、戦斧を構えて前に出てきた。


「もういいっ、死ねや!」


 リディーナに向かって真っすぐ斧を振り下ろすリーダーの男。捕縛は諦め、殺しにかかってきた。


 ―『朧』―


 リディーナの細剣は戦斧をすり抜け、斧がリディーナに当たる前に、リーダーの男の首を刎ねた。


「「ひぃ!」」


「に、逃げろっ!」


 俺は逃げ出した残りの野盗を風魔法『風刃』で切り裂き、一人残さず始末する。


「残敵無し、クリアだ」


「ふぅー……。どうだった?」


「……見事だった」


 正直最後の『朧』は、鳥肌が立った。これが天賦の才というヤツなのだろう。昔、師匠に俺には剣の才能は無いと言われたが、今はそれが理解できる。当時は剣の才能なんぞ別にいらないし、剣なんて役に立たないからどうでもいいと思っていたが、こうして才能ある者を目の当たりにすると、今までの鍛錬は何だったんだと軽く凹む。俺には無かった剣の才能。そう遠くない内にリディーナに教えることは無くなるだろう。


「何よニヤニヤしてっ! もうっ! もっと褒めてよっ!」


「フッ、二十年若かったら嫉妬してたかもしれないな」


「何よそれー 全然褒めてなーい!」

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