第43話 国境の街
翌日。
朝から数時間ほど馬を走らせると、街道の先に小さい町が見えてきた。丸太で組み上げた塀は、簡素のように見えて中々頑丈そうだ。周辺の森を切り開いて建てたのだろう。
「あれが国境か?」
「そう。正確にはこの国の検問所がある町ね。名前は何だったかしら……。ちょっと覚えてないわね。その気になれば、森を突っ切って国境を越えられるけど、ここで冒険者証を出して国境通過の記録を残しておかないと、後で面倒だからなるべく通るようにしてるの」
その辺りは、地球も同じだ。島国である日本では実感できないが、大陸では国境を歩いて渡れる所はいくらでもある。だが、パスポートに出入国の印がなければ何かあった時に問題になる。国境を渡る際にはこういった場所を経由しなくてはならない。この世界では、検問所で記録を残しておくことで、何か問題を起こった場合に後から調べられるようにしているのだろう。
「因みにB等級以上なら魔物の討伐依頼で国境を無視することは認められてるわ。勿論、依頼を受けてることが前提だけどね」
「予定通り、ジルトロに入ったら依頼を受けながら進む。早いとこリディーナに追いつきたいしな」
「この国を出たら、依頼の難度も上がるから昇級までの依頼数はこの国より少なくて済むはずよ。頑張ってね♪」
「だといいな……」
…
驚いたことに、町の入り口の門ではフリーパスだった。門番はいるが、門の管理だけしか業務はないらしい。
「国境の町だからよ。国境を渡る商人なんかを相手に町ができたってとこだから、小さな自治区みたいなものかしら? それより先にギルドへ行きましょ、宿は向こう側の方が質がいいから報告をさっさとして、検問所へ行くわよ」
「仰せの通りに」
…
……
………
町の冒険者ギルドは、どうやら出張所のようだ。他の主要な街に比べてかなり簡素な作りで、掲示板も一つしかない。だが、張り紙は無い。依頼がないのだろうか?
「なんか用かい? ねーちゃん」
受付にいるゴツい中年男性に話掛けられる。受付の職員だろうか? 今まで受付は若い女ばかりだったので、えらいギャップだ。
リディーナは、首元から銀色に光る冒険者証を出して受付の中年に見せる。
「び、B等級! こりゃ、失礼しました……。へへへ」
急に低姿勢になる受付の中年男。
「
魔物の目撃情報には僅かだが報酬が出る。だが情報を元にギルドが調査して正しい情報か確認できなければ当然支払われない。報酬を受け取るなら数日は滞在することになる。大した報酬額でもないので、ここはスルーだ。
リディーナが地図を指差し、昨夜の豚鬼の件を所々端折りながら説明している。目撃した豚鬼は始末したが、どうやって倒したかなど、その詳細は話す必要はない。受付の中年も当然それは承知のようで、戦闘の詳細は聞いてこない。ギルドとしては魔物の存在と討伐されたかどうかが分かればいいのだろう。
周囲を見渡すと、冒険者達が暇そうに朝から酒を飲んでいる。
「いつもこんな感じなのか?」
思わず呟く。
「ん? あ、ああ。最近はずっとこんな感じだ。
受付の中年男は、そう言いながら張り紙の無い掲示板を指差す。
「商品が売れない? 何かあったのか?」
「さあな。こっちの麦が売れなきゃ、売った金で仕入れができねぇ。売れずに戻るわけにゃいかねんだろ。ここは長いがこんなことは初めてだ。お前さん達、国境を越えんのか? だったら気をつけな。商人共が詰まってる所為で野盗が集まってきてるって話だ。この町にもやたら小汚ねぇヤツが増えた。奴等の斥候だろう。つっても取り締まれるヤツなんかいねーがな」
ここに来る途中でも衛兵の姿は見ていない。それでも町としての機能が保たれているのは、冒険者の多くが商人との関係を重視し、自制しているからだろう。トラブルを起こすような冒険者に護衛を依頼する商人はいない。仕事を得る為には大人しておく、そういうことだろう。別にトラブルを起こすのが冒険者だけとは限らないが、町のそういった雰囲気が表立った犯罪を抑制しているのかもしれない。野盗の斥候などが町に入り込んでるとしても、町の住人が冒険者だらけなら衛兵がいなくても犯罪は起こり難いのかもしれない。
「情報提供感謝する。豚鬼が十二体……。ウチじゃ対処できねーから隣街に振らなきゃなんねーな……」
受付の中年男は、チラリと他の冒険者を見る。あれだけ冒険者が居て対処できないと言い切るのだ。護衛依頼目的の冒険者達なのだろうが、実力は知れたものなのだろう。
「じゃあ、私達は行くわね」
ギルドを出ると、俺達はそのまま検問所へ向かう。検問所では暇そうにしている衛兵と、立派な城門が二重に設置されていた。一つ目の門を潜り、受付のように待機している衛兵に声を掛ける。
「B等級冒険者のリディーナよ。出国手続きをお願い」
「F等級冒険者のレイだ。同じく手続きを頼む」
首から冒険者証を出して衛兵に手続きを頼む。フードを取ったリディーナに一瞬驚いた顔をした衛兵だったが、B等級と知って慌てて表情を戻す。
「同じパーティーか、登録は?」
「してるわ、パーティー名『レイブンクロー』よ」
…
「通ってよし」
衛兵は書類に記入し、半券のような紙切れを寄越して二つ目の門を開けた。
リディーナの言った通り、やけにあっさりしている。やはりB等級冒険者の恩恵だろうか?
「(偽装看破の魔導具ってどれだ?)」
小声でリディーナに聞く。
「(二対の門がそうよ。偽装魔法もそうだけど、魔法効果のある魔導具もここを潜ると一旦解除される仕組みよ)」
(中々ハイテクだ。空港の金属探知機やX線検査みたいなものか……)
検問所を出ると、一面の森に真っ直ぐ切り開いたように街道が通っており、ここからは徒歩で進むことになる。自前の馬や馬車を持っていればその限りではないが、レンタルでは国境を渡れない。
隣国の検問所まで徒歩で二日、身体強化で走って数時間ほどの距離らしい。門を潜ってすぐ隣国という訳ではないようだ。国と国の間には魔物が生息する森が広がっており、それが国を隔てる広大な国境線となっている。
検問所を出た俺達は、身体強化を施し走って街道を進む。日が暮れる前に隣国の検問所へ行き、宿を確保する為、急ぐことにした。
「これで暫くオブライオンともお別れだな」
「フフフ……。ジルトロに入ったら驚くわよ?」
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