第42話 旅路での訓練②

 日が暮れて夜になると、次は魔法の訓練だ。


 リディーナは雷属性、俺は体術を交えながら様々な魔法を、それぞれ別々に練習する。魔法の練習は目立つので、街道から離れた森の中で行う。特にリディーナの雷属性は、かなり目立つ。


 今やかなりの精度で雷をコントロールできているリディーナ。詠唱の短縮も慣れたものだ。



「よしリディーナ、俺に撃ってこい」


 最後の締めにと、俺はリディーナに魔法を撃ってもらう。ある魔法の実験の為だ。


「え? 何言ってるの? 加減なんて出来ないのよ?」


「大丈夫だ」


「……新しい魔法?」


「まあそんな所だ」


「本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だからさっさと頼む」


 こんなやり取りも最早日常だ。新しく覚えた魔法や試したいことを、毎回リディーナに無茶振りしている。


「……わかったわ。行くわよ!」


「いつでも来い」


 ―『雷撃ライトニング』―


 俺は身体強化で強化した視力で、紫電が当たる寸前に魔法を展開する。雷魔法ばかりは強化の段階を数段上げても視認することは難しい。だが、放つことが分かっていれば何とかなる。


 ―『歪空間ディストーション』―


 リディーナの放った電撃が、吸い込まれるように亜空間に消えた。


「な、何今のっ!」


「空間魔法だ。亜空間を作って、攻撃魔法をそこに入れた」


「空間魔法……亜空間って……何?」


「説明が難しいな…… 魔法の鞄があるだろ? アレだよ。魔法で別の空間を作るんだ。ただ、結構キツイ。魔力がごっそり持ってかれる上、瞬間的にしかまだ生み出せない。一日に使えるのは頑張って三~四回くらいか? まだ改良の余地もあるし、攻撃にも使えそうなんだが、あまり回数を練習できないからな。今できるのはあの程度だ」


「十分凄いわよっ! ……ひょっとして魔法の鞄も作れるってこと?」


「それはどうだろうな。さっきも言ったが、亜空間を瞬間的に生むことしかまだできない。空間の安定もさせていないから入った物がどうなるのかも分からない。特定の空間を生み出して、維持、固定、安定化していつでも開けるその鞄が異常なんだ。おまけに空間の時間も止めてる。オーパーツもいいとこだ。……鞄の制作は無理だな」


「えー 残念…… でもホント凄いわね。私にもできるかしら?」


「うーん、厳しい。俺もこればかりは説明が難しいからな」


「むぅ…… まあいいわ。レイがそう言うってことは相当難しいのね」


「それより、メシにしよう。腹が減った」


「そうね。そうしましょう」


 …

 ……

 ………


 深夜。


 夕食を終え、紅茶を飲みながらの談笑もそこそこに、そろそろ交代で仮眠を取ろうとしたその時、探知魔法に反応があった。


 リディーナも気づいたのか、反応があった方角に目を向けていた。


「何かしら? 随分遠くみたいだけど……」


「人間より一回り大きい二足歩行の生き物が十体。探知範囲ギリギリだ。まだ何体かいるかもな」


豚鬼オーク……?」


「かもな。国境の町へ向かってる。どうする?」


「仕方ないわね、行きましょ。町が襲われて検問所が閉まったら足止めよ?」


 俺達は、剣を取り身体強化を上げて走りだした。


 …


 遠目から魔物の群れを確認し、風下から様子を見る二つのシルエット。



「豚鬼か…… 数は十二体、多いな」


「国境が近いからか、それとも森の奥でもっと大きな群れがいるのかもしれない。豚鬼の習性、知ってるでしょ?」


 ―『豚鬼オーク』―


 体長は二メートルを超え、人間より一回り大きい、凶暴で好戦的な魔物。豚のような鼻と下顎から二本の牙が生え、醜い容姿と強烈な体臭が特徴だ。殆どの個体が雄で、稀に生まれる雌を中心に群れを形成する。森の浅い場所で遭遇するのは群れから逸れた個体で、一、二体ほどで現れることが多い。


 中でも小鬼ゴブリンにも共通する習性として、性欲が非常に強く、同種以外の雌と交配が可能。特に人間の女を好んで襲う。男は問答無用で食い殺されるが、女は殺さず巣に持ち帰り、苗床にして死ぬまで繁殖に使うという悍ましい習性がある。


 小鬼と同じく、魔石以外に素材としての価値は無いが、悍ましい習性から駆逐の優先度は高い。肉は食べれるらしくそれなりに美味らしいが、魔物とは言え人型の肉を食すことは一部を除いて忌諱される。



「仕方ない、狩るか」


 レイとリディーナは、それぞれ剣を抜き、互いに目配せすると、散開して闇夜の森に消える。


 風下からオーク達の背後に回るレイ。光学迷彩を施し、気配を殺しながらオークの首を次々と片手剣で刎ねていく。


 群れの側面からは、音もなくリディーナの風刃が飛び、二、三匹まとめてオークを薙ぎ払っていく。


 群れの注意が側面に外れ、気づけば半数にまで減って動揺した豚鬼達をレイの火魔法、『炎の壁ファイヤーウォール』でぐるりと囲む。


 徐々に炎の壁を狭くしていき、炎が消えた頃には、炭化した豚鬼の死体が残っていた。


「あれで全部?」


「全部で十二体。他に反応はない、クリアだ」


「魔石だけ抜いてさっさと帰りましょ」


「死体はどうする?」


「放置しましょう。明日、ギルドに報告するわ。証拠を残しておけば、本気で調査するはずよ」


 小鬼や豚鬼の目撃した場合は、冒険者ギルドに報告義務がある。放置して村や町が襲われた場合、爆発的に増えるからだ。雌の種族に関係無く、小鬼や豚鬼は妊娠期間が短く、出産から約一ヵ月で成体まで成長してしまう。小鬼はともかく、豚鬼は身体強化を使える者が、倍の人数であたることをギルドは推奨しているので、早期に対処しなければならないが、一、二匹の目撃情報では大した調査は行われないことが多い。


 十数体の死体を残しておくことで、後に調査にきた者への証拠になる。本来なら豚鬼の耳や牙を証拠として持ち帰れば討伐の証明になるが、国境を越えるまでは余計な時間を掛けることを避けている為、魔石以外の素材の回収はしない。



「まったく、ほんとファンタジーだな」


 月明かりに照らされた豚鬼の死体を見て、レイはそっと呟いた。

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