第41話 旅路での訓練①

 レイとリディーナが自由都市マサラを出発して一ヵ月。二人はオブライオン王国国境の町まであと一日という距離まで来ていた。マサラを出てから二つの町を経由し、何事も無く旅してきた二人。町から町への道中では、昼に移動し、夜は魔法と剣術の訓練、町では風呂付の宿で休息するというスタイルで、これまで二人は旅していた。


「明日は、いよいよ国境ね」


「何か注意事項はあるか?」


「特にないわね。身分証明と目的を話すだけだけど、私達は冒険者。しかも私は他国のB等級だからそんなに気にすることはないわ。良かったわね? 私と一緒で!」


「……ちなみにこの国の低ランクの冒険者だったらどうなるんだ?」


「まず、C等級なら正当な依頼が無いと出れないわね。一番良いのは国境を越える商人の護衛依頼を受注していることね。でも、国外への護衛依頼を受注するのは大変よ? 国によっては治安の度合いが段違いだし、信頼関係の無い冒険者を長期の護衛に雇う商人は殆どいないわ。国内で商人とのツテを作るか、実績を積んで信用のある冒険者として証明するかしないと護衛依頼で国外に出るのは難しいわね」


「気が遠くなりそうだ」


「私とパーティーを組んで良かったでしょ?」


「そうだな。リディーナ様様だよ」


「うむ。感謝したまえ~♪」


 上機嫌にリディーナが言う。確かにリディーナがいなければ、ドワーフ国へ行くことも無かったし、国境を越えて他国へ行くのも随分先のことだった。ここは素直にリディーナに感謝しておく。


「昔はこの国と隣の『ジルトロ共和国』の国境検問所があるだけだったんだけど、今は小規模な町ができてるみたい。けど、この国の出国証明を取ってさっさと隣の街へ行った方がいいから殆ど通過するだけね」


「出国証明? 面倒か?」


「B等級冒険者ならほとんどスルーよ。冒険者証を提示して出国の記録をしてもらうだけだから。でも、大概どこの国境でも偽装看破の魔導具なんかがあるから偽装魔法でエルフだってことを隠すことは止めた方がいいわね。虚偽がバレたらかなり面倒だから。まあ私はB等級冒険者だから亜人って分かってても大丈夫よ」


「その『ジルトロ共和国』ってのはどんな国なんだ?」


「簡単に言えば、貿易に特化した商人の国ね。気難しいドワーフとやり取りして、ドワーフの武具や金属加工品なんかを引き受けてる商人が集まる国よ。ドワーフと直接やり取りするより効率的とかで、メルギドに行くよりジルトロに行く商人の方が多いみたい」


「そんなにドワーフとのやり取りが面倒なんだな……」


「まあメルギドに行けばわかるわ。レイは平気だと思うけど」


「なんでだ?」


「お酒、っていえば想像つくかしら?」


「……なんとなく想像ついたよ」


 ドワーフとは酒の付き合いが重要なのだろう。前世の創作物でもドワーフは酒に目が無く、アルコール耐性が非常に強いイメージだ。ドワーフとの酒の付き合いが普通の人間には負担が大きいのだろう。所謂、接待ってやつだ。前世でもよく営業マンの愚痴を聞いたものだ。酒飲みなら問題ないのだろうが、下戸にはキツイ風習だ。ドワーフと人間じゃ種族特性が違う分、なおの事キツイのだろう。


 

 昼を少し回った時間になり、二人で分担して野営の準備をはじめる。もう手慣れたものだ。普通より早い時間に設営するのも、日が暮れるまで訓練に時間をあてる為だ。この一ヵ月、俺は剣術の手解きや魔法の考え方をリディーナに教え、リディーナは俺にこの世界の話や常識を教えてくれていた。夜は、地球のことをリディーナに話すのが日課になっていた。


 はっきり言ってリディーナは天才だ。正確に言うと天然系の天才だ。細かい理屈より、感覚的に捉えることが天才的に優れているのだ。魔法においては、風と水の精霊に加えて雷の精霊とも契約を交わすに至っていて、これはリディーナ曰く、他のエルフでは前例が無いことらしい。大抵のエルフが生涯で契約できる精霊が一種類、稀に二種類と聞くと、リディーナの異常性が良く分かる。


 剣術においても、指導者がいれば指摘されるような癖の矯正や、新宮流の技のいくつかを習得し、実戦で使えるレベルまであと一歩というところまできている。これには俺も驚いている。今まで自分が長い年月で培ってきた技術をわずか一ヵ月で次々に習得していくのだ。当初は教え甲斐があると余裕ぶっていたが、今やいつ追い抜かれるか油断できない状況だ。



「よし、じゃあ今日も基礎の練習からはじめるか」


「宜しくお願いします」


 野営の設置が終わり、剣術の訓練をはじめる。勿論、真剣での訓練だ。


 訓練では身体強化の使用は禁止している。実戦では身体強化は必須だが、強化の効果を上げる為にあえて強化魔法無しで行っている。リディーナは、身体強化に加えて風の魔法で素早さを上げていたので、剣の握りや力の入れ方、体幹など、修正できる部分が多くあった。剣術は剣の扱いと同時に身体操作が重要になる。今まで魔法で誤魔化していた部分を素でも出来るように矯正するだけで、実戦では大分違うはずだ。


「まだ握りに力が入ってるな。床に置いた剣を持ち上げるぐらいでいい。力を入れるのはインパクトの瞬間だ」


 リディーナの打ち込みを受けながら指導する。時折タイミングをずらして受けたりして適宜クセの矯正具合を確かめる。不意の行動には日々の反復の成果がでる。いくらリディーナの筋が良いとはいえ、こればかりは繰り返し鍛錬するしかない。


「よし、まあこんなもんでいいだろう。次は『かすみ』の練習だ」


「今日こそ完璧にいなしてみせるわ」


 ―新宮流『かすみ』―


 通常、刀同士の立ち合いでは、刃を合わせることは忌諱される。映画やアニメのように刀同士をキンキン当てることは、刃が折れたり、欠ける原因になる為だ。だが実際の戦いでは刃を刃で受け止めることは避けられない。必然的にどの流派も受けの技術が生まれる。新宮流では、刃の破損を避ける為と、相手に余計な消耗をさせる為に、刃が当たる瞬間に受け流す奥義『霞』がある。所謂、受け流しの一種だが、新宮流のそれは、極めれば相手は空振りに近い感覚と体力の消耗を与えることができる。新宮流ではいかなる状況においてもこの『霞』を求められるが、真剣同士の立ち合いは、師匠の裏道場の門下生のみしか行っていない為、一般門下生には知られていない奥義の一つだ。俺もこれが自然にできるようになるまでかなりの年月を要した。


 刀と細剣レイピアでは形状が違い難易度が変わるが、やることは同じだ。


「では、行くぞ!」


 俺は、片手剣による連撃をリディーナへ繰り出す。あえてリディーナの細剣に当てるように繰り出し、奥義の習得を促す。今までのリディーナの成功率は七、八割だ。


「くっ!」


 一辺倒の斬撃から徐々に多方向への斬撃にシフトし、剣速を徐々に上げながら変則的な動きに移していく。その全ての剣を『霞』でいなすリディーナ。ここまでやれるのに僅か一ヵ月、驚異的と言わざるを得ない。


「ハッ!」


 最後の斬撃も『霞』で見事にいなし、俺の首元に細剣が寸止めされた。


「……お見事」


「ッ!?」


 満面の笑顔になるリディーナ。よほど嬉しかったのだろう、よっしゃと拳を握り震えている。まさかこんな短期間でモノにするとは……。今までの俺の血のにじむような鍛錬は一体……。


「こんな短期間でモノにするなんて、天才なんて言葉じゃ利かないな……」


「ウフフッ……。褒めてもらって嬉しいわ。初めは全然できなかったもの。見てよこの細剣、刃こぼれだらけでメルギドに行ったら何言われるかわかんないわ~」


「まあ、勉強代だと思うんだな。俺だって習得前は何度も研ぎ師に頭を下げたもんだ。それにまだ『受け』のを習得しただけだ。次の『おぼろ』は難しいぞ?」


「おぼろ?」


「剣を正面に構えてみろ」


 俺は、ゆっくりとリディーナの構える細剣に向かって剣を振る。そして、リディーナの細剣にあてることなく、すり抜けるようにしてリディーナの首元にピタリと剣を置いた。


「これが『朧』だ」


「ちょ、ちょっと! 今、剣がすり抜けたわよ! どんな魔法なの?」


「魔法じゃない。剣術だ。コツは手首とか握りを変えたり体の軸移動でそう見せてるんだが、口で説明するのは難しいな……。もっとゆっくりやってやるから視力を強化して見て覚えろ。剣じゃなく、俺の体の動きを良く見てろ」


 ―新宮流『朧』―


 他流派の剣術でもある技術だが、体得者は非常に少なく、文献や口頭での習得が非常に困難な技の一つだ。極めれば、相手が訳も分からぬまま斬ることができる。



「刺突中心のリディーナには使う機会が少ないかもしれないが、応用は出来る。それにこういう技があるということを知ってるか否かで実戦では生死を分ける」


「ホント、レイといると退屈しないわね……」


「ほら、感心してないでやってみろ」



 こうして野営の日は、日が暮れるまで二人は剣を振っていた。

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