第36話 竜王国ドライゼン②

 氷古龍ヘーガーと九条の戦いの一部始終を見ていた竜王国の国王、カリム・ドライゼンは、自分の目で見た光景が信じられなかった。



 白金に光る剣と鎧、見たこともない魔法。まさか伝説の勇者とでも言うのか? それと、時を同じくしてこの国に襲ってきた不死者の群れとは何か関係があるのか? まさか助けに……いや、ならば守護龍様を討つ理由が無い。


 あの少年と不死者の群れが共にこの国へ攻めてきたと考えるべきだろう。守護龍様がやられた以上、あの少年と不死者共を同時に相手は出来ない。首都を放棄する? いや、不死者は不眠不休だ。逃げてもいずれ追い付かれてしまう。



 考えを巡らせたカリム王は、飛竜を操り急いで王宮へ戻る。幸いにも少年はこちらに気付いておらず、落下した守護龍の元へ向かった。助けに行くか迷ったが、生死不明な上、自分が行っても無駄だと思い、すべきことをしに城へ戻った。


 王城へ戻ったカリム王は、すぐさま城の一室へ急ぐ。


「クシャナは、いるか!」



「はい父上、ここに。如何なさいましたか?」


 国王の娘であるクシャナ王女は、父の慌てぶりに困惑した。


「お前は、すぐに逃げるのだ」


「な、何をおっしゃっているのですか? 逃げろとは?」


「未知なる力を持った者が守護龍様を倒した。もはやこの国がどうなるかわからん」


「守護龍様が?」


「不死の軍団も迫っている。もしかしたら勇者……いや、古の魔王かもしれん。お前は、すぐにこの国を出るのだ。今ならまだ間に合う」


「逃げません! 私も戦います!」


「ならん。不死者はともかく、あの者には勝てん。我ら王族、いや竜人の血を絶やしてはならんのだ。まだ首都から離れた村がある。お前がまとめ、この地より離れるのだ」


「嫌です! 私は行きません! 竜の巫女としての務めを果たします!」


「コロン! 娘を連れていけ! よいか、まずは民を連れて帝国へ行け。嫁いだ姉を頼るのだ。それとこのことを皇帝に伝えよ!」


「はっ!」


 コロンと呼ばれたクシャナ王女の護衛は、急いで支度の準備を侍女達に指示する。


「なりません、コロン! 私も戦います! 戦の準備をなさい!」


 尚も拒む王女に対し、カリム王はクシャナの頬を打つ。


「父上っ!」


「許せ娘よ。今は一刻を争うのだ。コロンよ、後は頼んだぞ」


「……御意」


(さらばだ娘よ。なんとか生き延びてくれ……)


 …

 ……

 ………


 翌日。


 街を囲む城壁には、竜人達の予測よりも早く不死者が押し寄せていた。


 竜王国の飛竜部隊は、不死者の群れに上空から魔法で散発的な攻撃を行っている。


『飛竜部隊』は、剣技と魔法に秀でた騎士が、飛竜を使役し戦闘を行う竜王国のエリート部隊だ。


「くそっ! キリがない。しかもあれは……」


 不死者の半数以上は、国民である竜人だった。だがその姿はもはや生ある者とは言えない有様だ。目は白濁して生気はなく、腕や足などの欠損、腹も食い破られ臓腑が垂れている。生々しい傷からは既に血は枯れ、それでも動き続けていた。


 それに、先行して出陣した部隊は悉く不死者の軍勢に取り込まれており、敵を減らすどころか増強させてしまった。


 飛竜部隊の数は、僅か五十騎ほど。万を超える不死者の群れに、部隊は効果的な対策を打てずにいた。


 魔力が尽きた隊員から高度を落とし、長槍に切り替えて不死者を薙ぎ払いに掛かる飛竜部隊。


 そこへ、光の矢が凄まじい速さで、飛竜を貫いてきた。


「さ、散開っ! 上空に退避だっ!」


 隊長らしき男が叫ぶも、次々に射られる飛竜達。その射程や速度は矢の比ではなく、その威力は一撃で飛竜に風穴を開けた。


 何に攻撃されてるかも分からぬまま、次々と飛竜が落ちる。


 落ちた側から隊員と飛竜が不死者の餌食になっていく。


「な、何が起こっている? 我らは空で無敵の部隊なんだぞっ! こうも容易く…… ぐはっ」


 悲痛な叫びも虚しく、最後に残った隊長らしき男も光の矢で貫かれ、不死者の餌食となった。


 

「はー、つまんなーい」


 不死者の群れの後方に待機していた巨大な馬車の上から、光る弓を持った佐藤優子は退屈そうに馬車の中に戻って行った。


 …

 ……

 ………


 竜王国ドライゼンの首都は、人間の国に比べたら小規模な街だ。街を囲んだ城壁の上からは、竜人の兵士達が槍で不死者の群れを攻撃してる。弓の矢は既に尽き、魔法が使える者の魔力も尽きていた。壁をよじ登ってくる不死化した同胞を槍で突き、蹴落とすも、その数が尋常じゃない。逆に槍を摑まれ犠牲になった兵が、不死化して同胞を襲ってくる。


 追い打ちをかけるように、飛竜部隊がなす術なく撃ち落とされ、隊員達が不死者の餌食になっている光景に、多くの兵士達が絶望していた。


「守護龍様……」


 城壁の指揮を取っていた指揮官の男は祈るように声を漏らした。


 ふと気づくと、いつの間にか不死者達が攻撃をやめていた。不死者の群れが左右に割れ、城門までの道ができる。そこへ馬に騎乗した騎士が旗を掲げて走ってきた。


「あれは……オブライオン王国の旗か? 人間が何故ここにいるっ!」



「攻撃を停止せよっ! 私はオブライオン王国、第二騎士団副長のジョセフ・ハーパーである! 貴国へ降伏の勧告をする者である!」


 困惑する竜王国の兵士達。先程まで不死者の群れに襲われていたのだ。隣国の騎士が何故いるのか、まさか不死者の群れはオブライオン王国が操っているのか? 困惑しながらも、城壁の指揮官は黙って騎士を見る。


「竜王国ドライゼンの者達に告げる。降伏せよ! さすれば、民への危害は加えない! 返答期限は1時間。返答なくば、その後の降伏は認めず攻撃を再開する。以上だ」


 踵を返し、後方へ去っていく騎士。不死者の群れは、ゆらゆらと立ったまま、その場を動かなった。


 城壁の指揮官は、急いでこのことを王に伝える為、伝令を走らせた。

 

 …

 ……

 ………


 一時間後。


「開門ー!」


 城門から走竜に乗った、威厳ある風貌の初老の男が大剣を手にして現れた。背後には二騎の護衛が随伴している。


 いつの間にか城門付近まで位置を前進させていた巨大な馬車の前に、初老の男は近づいていく。


「指揮官と話がしたい」


 初老の男の声を受け、お揃いのブレザーを着た少年少女達四人が馬車から出てくる。二人の少年は何やらニヤけた表情をし、二人の少女はつまらなさそうに初老の男を見る。


 初老の男は四人を見て、眉を顰めながらも声をあげる。


「ワシは竜王国ドライゼンの王、カリム・ドライゼンである! オブライオンの蛮族どもよ! 我と一騎討ちにて勝負されたし!」


 暫し呆気に取られた少年達。


「ぷっ」


「あははははは!」


「「くすくすくす」」


 笑い出す少年達に、失笑する少女達。王に随伴していた護衛が怒りを露わにする。


「小僧どもっ! 何がおかしいっ!」


「可笑しいに決まってるよね? 何、一騎討ちって?」


「そっちはもう完全に詰んでるのによー。一発逆転のチャンス下さいって、恥ずかしくないのかよ?」


 王や護衛、城壁の兵士達も、少年達の馬鹿にした発言に怒りの表情を浮かべる。


「決闘を愚弄する気か! 国の王たるワシ自らの申し入れだぞっ! オブライオンにいくさの作法は無いのかっ!」


「そういうのいいから。大体、国交も無いのに作法とか言われてもね。国を明け渡すか、全滅するまで攻められるか、どっちか早く選んでよ。もちろん、前者なら皆死ななくて済むけど?」


「ふざけるなっ! 戦いもせず軍門に下るなど!」


「だからさぁ……。こっちは勝ち確なんだよ、オッサン。決闘とか受ける理由ねーだろ。頭湧いてんのかよこの土人は……」


「まあまあ。でも国のトップが決闘って……。この世界の美学なんて知らないし、理解しようとも思わないけど、それで何か解決できると思ってるのがヤバいよね。……因みに聞くけど、僕らが一騎討ちで勝ったらどうするの?」


「好きにすればよかろう。抵抗はせん。その代わり、ワシが勝てば軍を引いてこの国を去ってもらう」


「ははっ、なんでそんな都合の良い条件を出せるか理解できないけど、すごい自信だね。他の人もそれで納得するのかな?」


 少年は随伴の護衛二名をチラリと見る。


「無論だ。王の言葉を違えることはせん」

「同じく」


「まあいっか。言質はとったよ? ……白石さん、頼める?」


「あんまり強そうじゃないけど、まあいいわ」


 白石響が、手に白い日本刀を持ち、前に出る。


「竜王国国王、カリム・ドライゼンである」


「白石響」


「小娘。貴様のような子供が相手とは……。舐められたものだ。容赦はせんぞ?」


「はぁ……」


 ため息をつく響のその仕草に腹が立ったのか、カリムは眉間に皺を寄せ大剣を鞘から抜く。


「抜けっ!」


 響は、無言で手招きをする。


「ええいっ! 後悔するなよっ!」


 カリム王が大剣を振り上げ、響に向かってその剣を振り下ろす。身の丈もある大剣を軽々と振る動作は、とても年老いた男のものでは無い。


 だが、カリム王が剣を振り下ろす前に、響の居合一閃。逆袈裟に斬り上げられ、鎧ごとカリムを上下に分断した。その斬撃は後方の走竜をも両断し、両者の鮮血が噴き出す。


 ドシャリとカリムの上半身が地面に落ち、何が起こったか分からないという顔のまま、カリム王は絶命していた。



「遅い。この間合いで振り上げるとか舐めすぎ」


 刀を振り、血を削ぎ落とすと、華麗な動作で刀を納めて馬車に戻る響。


「カックイイー!」


 はしゃぐ佐藤優子が響の後を追っていく。


「さて、終わったみたいだから。国をもらうよ」


 高槻祐樹は、さも当然といった顔で、前方の兵士たちを見る。


「「お、おのれぇぇぇ!」」


 王に随伴していた二人の護衛は揃って剣を抜き、高槻に襲い掛かってきた。


「これだから土人って言われるんだよ……『炎の槍フレイムランス』」


「「ぐっ、ぎゃあああああああああ」」


 高槻の手から放たれた槍状の炎が二人の護衛を瞬時に貫き、そのまま焼き殺した。


 ――『大賢者マスターセイジ』――


 あらゆる魔法を使いこなす能力。詠唱も短縮でき、瞬時に発動することができる。魔力も膨大に有しており、クラスメイトの魔術師系の中では頂点にいる一人だ。


 

 瞬く間に王と護衛二人を殺した少年少女達に、城壁の上にいた兵士たちはただ沈黙するしかなかった。そしてその後の悍ましい光景に更に絶句する。


「あーあ、真っ二つとか黒焦げとかさぁ。もうちょっと綺麗にってほしいぜ」


 南星也は、そう愚痴ると倒れた三人に手を翳す。


『タマシイナキ ムクロドモ ワレニシタガエ』 


 黒焦げの護衛二人の死体がむくりと起き出し、カリム王の上半身と下半身を合わせる。青白い顔をしたカリム王はそのまま動き出し、三人が揃って南の前に膝をつき、頭を垂れた。


 

 この日、竜王国ドライゼンの首都は陥落した。

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