第29話 魔法談義

「精霊が作るのよ!」


 ……そうきたか。


 とは言え、冷静に考えるとあながち間違いじゃないかもしれない。元素だって、「じゃあ誰が作ったの?」なんて聞かれたら『神』かもしれないんだ。精霊が作ってるといっても本当かもしれない。この世界に来るまで考えもしなかった。俺には精霊が見えないが、実際に神には会ったしな。


「何よ? 間違ってるって言うの?」


「いや、俺がいた世界と考え方が違うなと思っただけだ。ただ、向こうの世界の考え方のほうが、魔法の発現には効率がいいかもしれない」



 水は、水素と酸素の化合物だ。この世界の空気成分が魔素を除いて向こうの世界と同じなら、どこでも生み出すことは可能だ。こうしている俺達の間にある空気にも水分は含まれてる。


 風も空気の温度差で生まれる。温まった空気は空に向かって上昇し、冷えれば下降する。下降した空気は大地の地形で方向を変える。


 火は酸素と物質の酸化現象だ。空気にさらされてる物質が一定の温度まで熱せられると発火する。物質によって発火に必要な温度は様々だが、燃えやすい物、燃えにくい物があると考えればいいだろう。


 こうした現象や物質の性質を理解して応用することを『科学』という。


 現象の仕組みを理解してるだけで、魔法を使うときのイメージが格段にやり易くなる。


 人間には精霊が見えないから、魔法と精霊の関係は俺には分からないが、人間の魔術士は、魔導書や師から学んだことが全てなのだろう。詠唱や呪文も、そうしなければ魔法が使えないという一種の思い込みだ。先人たちが魔法を伝えやすくするために生み出したものだと俺は思ってるし、効率も良いと思う。ただ、みんな魔力を持ってる以上、本来は誰でも魔法が使えるはずだ。それでも魔法を使えるのが一部の人間に限られてるのは、教わる環境の差でしかない。


 水と言えば誰でも知ってる物だが、それを説明するのは難しい。


 こう詠唱して呪文を唱えれば水が出るよ、そう刷り込むことで魔法の行使をし易くしてるだけだ。魔法自体は、イメージと魔力だけで発現する。無詠唱は、詠唱しなければ魔法が使えない、といった思い込みを消さないとできないだろう。


 魔法があるから科学が発展しなかったんだろうが、過去には魔法の原理を知る人間が居たからこそ、魔法が発展して使用されているのは間違いない。それを、誰でも魔法が使えるように洗練された結果が今だ。詠唱や呪文を用いて、魔法を使いやすく広めただけだ。


 だが、このことは、現代地球にも言える。


 冷蔵庫や電子レンジの仕組みを理解してる人がどれだけいる? パソコンは? 携帯電話は? 動く仕組みを知らなくても使えてしまうんだ。詠唱と呪文で魔法が使えると信じるこの世界の人間を馬鹿にはできない。電子レンジで何故、物が温まるかを説明できる人間は殆どいないだろう。現代人は、誰でも道具を使えば火を起こせるし、スイッチ一つで風も起こせる、蛇口を捻れば水が出る。だが、その生活が長く続くと、その仕組みを知る人間、技術者にその仕組みを依存する。一々仕組みを知らなくても簡単に現象が起こせる物が日常に溢れれば、結果として原理を知る人間が少なくなる。


 身体強化魔法で魔力のコントロールさえできれば、イメージ次第で魔法は誰でも使える。詠唱と呪文は説明書みたいなものだ。属性の適性なんてものも無い。相性が良いか、悪いか、好きか嫌いかだけだ。


 

 終始、はてなマークの顔をしたリディーナに、この世界の人間にも理解できるように説明してやる。


 …

 

「もう! 全然分かんないけど、なんとなく分かったわ!」


「分かってないんだな……」


 どっと疲れが出る。地面に絵を描いたりして何時間も説明した。だが、やはり基礎知識が違い過ぎる。覚える気があるなら、今後も根気よく説明するしかないだろう。


「こうでしょ?」


 フワリと風が舞う。


(天才かな? マジかコイツ。逆にどういう理屈でやってるのか気になるぞ?)


「でも、戦闘で使うならもっと練習が必要ね。どうしても今は頭の中がこれで一杯になっちゃうもの。もっと自然に出せないとダメねー」


(天然なのか?)


「そ、そうだ。手足を動かすように発動できなきゃ、詠唱した方が慣れてる分マシだ。だが、利点は大きい。さっきの様な奇襲で声を出さなくて済むし、対面の戦闘でも、モーションが無いのは有利だ」


「たしかにそうね。練習してみるわ」


「リディーナは風と水の属性が得意なんだよな?」


「そうよ? 二つの精霊と契約してるわ。結構レアなのよ?」


「ならこれを教えておく」


 俺は、両手の人差し指を向かい合わせると、その間に紫電を放った。


「ッ!」


「電気だ。こっちだと雷といえば想像つくか?」


「知ってるわ。あまり見たことないけど、ピカッて光ってドーンと鳴るやつでしょ? たしかに似てるけど……」


「あれの小さいバージョンだがモノは同じだ。触れてみるか?」


「だ、大丈夫なの?」


「これくらいなら大丈夫だ」


 パチッ


「痛ッ! 痛いじゃない! もうっ!」


「すまんすまん、だがこれの威力を上げれば、回避の難しい強力な攻撃魔法になる。雷は、大気中の水や氷が摩擦によってできた静電気というやつだ。思うようにコントロールして放つにはコツがいるが、相手が金属製の武器を持ってたならほとんど自動で当たる。ただし、光って目立つからな。夜間の奇襲には使えないぞ?」


「教えて! 私にも使えるのね?」


「あ、ああ。理屈がわかればリディーナでも『雷魔法』は使えるはずだ」


「雷魔法! 伝説の勇者の魔法! これが? 国の誰も再現できなかった魔法よ?」


(まあ過去の勇者が現代人ならイメージ出来ただろうな)


 リディーナへの雷と電気の説明は深夜まで及んだ。


 …

 ……

 ………


 パリッ


 バチチチチチ


 驚いたことにリディーナは一晩で再現してみせた。コイツ、マジで天才か?


「ふぅ。今日はコレで限界。練習でかなり魔力を使っちゃったわ」


「上出来だ。というか凄いな」


(多分、ほとんど仕組みを理解できていない。恐らく俺が放った現象を参考にしてイメージしてるんだと思うが、覚えが早過ぎる……)


 リディーナは上機嫌だ。余程嬉しかったのだろう。ルンルンで食事を用意している。談義に夢中で遅い夕食になってしまったが、収穫は大きい。


 さっきの襲撃の手際も見事だった。森の中であれだけ音を出さずに早く動ける人間は見たことが無い。細剣の扱いも我流っぽいが、急所を的確に突いていた。魔法の発動もスムーズだ。B等級の冒険者か……正直見くびっていた。襲われた勇者達三人にも、一対一なら殺せたはずだ。


 リディーナ、こいつかなり使える。

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