第30話 自由都市マサラ①
俺とリディーナがロメルを出発してから二日後、遠くに薄っすらと建物が見えてきた。自由都市マサラ。街の外見はロメルと同じく、高い城壁に囲まれた城塞都市だ。
「そろそろマサラに着くわね」
街道を真っ直ぐ進んでいると、リディーナが呟く。
馬の扱いにも慣れて、今は俺が前で手綱を握っている。
「偽装の魔法を掛けるわ。どう?」
振り返ると、リディーナの特徴的な長い耳が人間の丸い耳になっていた。間近で見たリディーナの顔に少しドキッとしたが、それよりも見た目の変化に驚いた。
「どうなってるんだ?」
無意識に手を伸ばし耳に触れていると、リディーナが顔を真っ赤にして身動ぎする。
「あっ ん…… やっ」
官能的な声を上げるリディーナ。
「す、すまん、つい……。しかし、耳が変化した訳じゃなくて見た目だけ変わったのか……」
「んもうっ! いきなりなんだから! エルフの耳は敏感なの! さ、触るなら触るって言って!」
「わ、悪かったよ。それより偽装の魔法か……興味深い。どれくらい持つんだ?」
「変える範囲次第で魔力を使うから、耳だけなら一日くらい余裕よ。私がエルフって知られると面倒だからね。前にも言ったけど、ここって奴隷の売買が盛んなの。エルフは高価だからこの前みたく襲ってくるバカが出てくるわ」
「なるほどね。今度、それ教えてくれ」
「別にいいけど、どうするのよ? レイは必要無いでしょ?」
「もっと地味な顔になりたい」
「アナタ、それ他で言わない方がいいわよ?」
「……」
…
自由都市マサラの城門。オレとリディーナは衛兵に冒険者証を見せて門を通過する。馬を馬屋に返却し、すぐに次の街までの予約を入れた。一応、明日の朝に予約したが、リディーナの用事次第なのであくまで予定だ。馬の手配を済ませ、次はリディーナの宿泊していた宿に向かう。
――『自由都市マサラ』――
自由都市と呼ばれるが、歴としたオブライオン王国の一領地だ。様々な物が集まる貿易の中継都市だが、ロメルと同じように国の中央から離れた辺境に位置し、違法な物品の売買も行われている。中でも奴隷オークションなどの人身売買が有名で、他国からの奴隷が集まる場所としても知られている。
…
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「一週間ほど前に宿泊していた者だけど、部屋の荷物はまだあるかしら?」
「部屋の番号を教えて頂けますか?」
「二〇三号室よ」
「少々お待ち下さい」
受付の初老の男は、丁寧にお辞儀し奥へ消えていった。ロメルで俺が泊った宿に比べて数ランク上の豪華な内外装、受付の対応も洗練されている。宿の雰囲気には不釣り合いな格好の俺達だが、受付の男は表情に出さない。
「ちなみに、ここの料金いくらだ?」
「私が泊まった部屋は、一泊金貨三枚だったわね」
「マジか……」
「私、普段はあんまりお金使わないんだけど、安全面もあるから宿は妥協したくないのよね」
(B等級、どんだけ高給取りなんだ?)
「お待たせ致しました。二〇三号室は、現在まで鍵が返却されておりません。お荷物はまだ預からせて頂いておりますが、本日までの料金と鍵の返却、宿泊されたお客様本人の証明が必要です」
「身分証明は冒険者証で。料金は構わないわ。ギルドの私の口座へ請求してちょうだい。それと鍵は紛失したわ」
リディーナが冒険者証を出して答える。
「承知しました。それでは鍵の保証に金貨一枚追加で頂戴します」
「構わないわ。荷物を見せてちょうだい」
「畏まりました。お持ち致しますので少々お待ち下さい」
受付の男がカウンター奥へと消えて行き、暫くして箱を持って戻ってきた。
「お待たせしました、こちらです。ご確認下さい」
箱に入った荷物を確認するリディーナ。
「ちゃんとあるわね。ありがとう、助かったわ。ついでに部屋は空いてるかしら?」
受付の男はチラリと俺を見て、リディーナに視線を戻す。
「……ダブルの部屋が一つ、空いております」
嘘だ。……こいつ、リディーナに忖度しやがったな? バレてんだよ! ひょっとしてこのオッサン、俺を男娼とでも思ってんのか?
「そう、じゃあそれで。一泊でいいわ」
リディーナが冒険者達を再度出し、すました顔で鍵を受け取る。
「三〇二号室で御座います」
頭を下げて見送る受付。
「……」
「先に食事に行きましょ?」
「……わかった」
部屋に関して思うところはあるが、リディーナのPTSDの件もある。野営では大丈夫だったが、交代で睡眠をとっていたとは言え、一緒にいたのもあるし、野営中は気を張ってたからだろう。こうした安全と思われる空間に一人でいると発症するかもしれない。部屋を分けて、夜中にこっそり忍び込まれるのは勘弁だし、俺もゆっくり寝たい。
(しかし、ダブルはな…… 面倒臭ぇ……)
俺も男だし、リディーナは超がつく美人だ。思うところもなくは無いが。心の病に付け込むような真似はしたくない。ガキ共とは違うのだよ、ガキ共とは!
「食事は部屋で取らないのか?」
「夕食は宿で取るつもりだけど、昼食の後に寄りたいところがあるから、外で取る方が都合いいと思って」
昼食は、大通り沿いのオープンテラスのレストランを選んだ。
ロメルに比べて道が広く、荷馬車の往来が多い。馬車の積み荷の中には見たことの無い野菜や、巨大な魔獣を縛り付けてあるものなど、ここが異世界というのを実感させてくれる。
「どうした?」
食後に紅茶を飲んでいるリディーナが俺を見ていた。
「そんなに珍しい?」
「ああ、珍しいな。違う世界に来たんだと実感するよ」
「何がそんなに違うの?」
「そうだな……見たことのない物もそうだが、なんていうか風景っていうのかな? 独特な空気を感じるよ」
前世の地球でも同じような風景はあったが、所々に近代的なものが見えた。携帯電話を手にし、車が走っているのは、人がいればどんな国の田舎でも変わらない。だが、ここはそのような物は一切無い。それに見たこともない物、魔獣などのファンタジーな物がある。風景だけ切り抜けば、テーマパークのようだ。
「まあここは田舎もいいとこだから、メルギドに行ったらまた驚くわよ?」
「それは楽しみだな」
何でもない会話だったが、このひと時が心地よかった。
しかし、奴隷を乗せた馬車が通ると、俺達の顔は曇った。老若男女、首輪を嵌められ、小汚い格好をした者達が、檻の付いた荷馬車に乗せられ運ばれていく。
「奴隷がいるのは人間の国だけ。理解できないわ」
「エルフの国にはいないのか?」
「いないわ。勿論、ドワーフの国『メルギド』にもね。他の亜人の国にも奴隷はいないわ」
「人の数が多いからだろう。人が増えれば、上に立つ者と下につく者に分かれる。人がやりたくない仕事をさせる為に、力の無い者、金の無い者にやらせた結果が『奴隷』なんだろうな」
「レイのいた国も奴隷はいたの?」
「いたよ。俺の国には明確に奴隷と言う身分はなかったが、金や暴力で自由を奪われ、酷使されている人間はいた。違法だったから一般人には認識されてはいなかったけどな」
極一部だが強制的に自由を奪われ、働かせられてる人間は日本にもいる。警察や行政、家族に駆け込む自由を奪われれば、平和な日本でも誰もがそんな立場になりうる。行方不明者の一部はそんな立場になってしまった人間だし、犯罪組織によって海外から連れて来られる者も多い。
「いつみても嫌な光景だわ」
「同感だ」
紅茶を飲み終え、俺達はレストランを出た。
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