第28話 襲撃
「自由都市マサラ?」
「本当はあまり寄りたく無いんだけど、通り道なのよ。敢えて迂回すると遠回りになるし、レイが良ければだけど、忘れ物もあるのよね」
「忘れ物?」
「妹の遺体。もう埋葬されてるだろうけど、葬られた場所を知りたいのと、私が泊まってた宿に荷物を取りに行きたいの」
「俺は構わないぞ? 特に急いでる訳じゃないし、気にしなくていい」
「ありがと」
「マサラに着くまでに宿が荷物を処分してなきゃいいんだけど……」
「荷物は大事な物なのか?」
「
「魔法の鞄?」
「そう。見た目以上の容量があって、物が沢山入る魔導具よ。私が持ってるのは、古代遺跡で見つけた超希少品で、時間停止の機能もあるから食料も入れておけるの。恐らく二度と手に入らないから取りに行きたいのよ」
「それは是非見てみたいな」
「私の魔力が登録してあるから中身は開けられてないと思うけど、中身より鞄自体が貴重だから、もし他人の手に渡っていたら力ずくでも取り返さなきゃ」
そう言ってリディーナは鼻息を荒げ、手綱を握りしめる。
「そりゃ気持ちは分かるけどな。ちょっと落ち着けよ」
「はぁ……。レイってホントに異世界人なのね。あのね、魔法の鞄って言ったら売れば白金貨百枚以上になるのよ? しかも私のは時間停止付きで、市場に出る前に国に押さえられちゃうから出回らないのよ? 中にはレイが使えそうな予備の武器もあるし、正直、妹の埋葬場所より優先度高いんですけど!」
(妹より重要なの、か……?)
リディーナの目が怖い。こういう時は、女の言う通りにしたほうがいい……はずだ。魔法の鞄があれば、今持っている大荷物を持たなくて済むなら、何が何でも取りに行きたい気持ちも分かる。それが二度と手に入らないような物であれば尚更か。
日が暮れてきたので、街道を少し外れて野営場所を確保する。馬を繋いで荷物から飼い葉を取り出し、魔法で水を出す。リディーナが馬の世話をしている間に、俺はテントと焚き火の準備だ。
「ねぇ、レイ。気づいてる?」
野営の準備をしながら、リディーナは真面目な顔して声を掛けてきた。
「ああ。リディーナも?」
「うん。風の精霊が騒いでる。レイはどうやって?」
「俺は街を出てから探知魔法を展開してるからな」
「嘘でしょ? 探知魔法? って何時間やってるのよ! ちょっと大丈夫?」
「極薄く展開してるから魔力の消費は最小限だ、問題無い。それより相手は八人だ。街から来た奴と森にいた奴が合流して、俺達の視界に入らないよう、一定間隔でつけてきてた。通りがかりじゃないな」
「そこまで分かるの? 凄いわね……。ちょっと後で教えて!」
「それはかまわない。それよりこういう場合はどうするんだ?」
「もちろん、
「同感だな。じゃあちょっと行ってくる。せっかく設営したからな。この辺で殺って汚したくない」
「待って、私も行くわ」
「平気なのか?」
「平気よ。大丈夫、やれるわ」
リディーナの表情を見たが、昨夜のような怯えた様子はない。荒療治かもしれないが、今後ずっとこういった事を避け続ける訳にはいかない。それに、B等級冒険者の実力も見てみたい。
「よし、じゃあ行くか。流石に連携なんかは確認してないからな。リディーナは好きにやってくれ。俺はフォローする」
「わかったわ」
そうして俺達は、静かに森へ入って行った。
…
……
………
日が沈み、周囲が急速に暗くなる。森の中は更に暗かったが、レイとリディーナは夜目が利いており、互いの姿はしっかり認識できていた。
レイは探知魔法で相手の位置は分かっていた。八人のうち、二人が先行して野営地に近づいてきており、レイはリディーナに敵のいる方向を手で示す。
リディーナは、それを見ると軽く頷き、囁くように詠唱をはじめる。
『風の精霊よ 我が声に従い その力を示せ
野営地のテントへ接近していた男の首が、音も無く切り裂かれ、その首が落ちる。
ドサッ
異変に気付いた別の男も、レイに背後から短剣で首を掻っ切られ、声も出せずに息絶えた。
斥候二名を瞬く間に殺した二人は、無音で森の奥へと進んでいった。
…
斥候の二人が森でレイとリディーナに殺されてるのも知らず、後方の森では六人の冒険者が待機していた。冒険者ギルドでレイに絡んだ貴族の少年、マルコ達四人の新人冒険者と、それを嗜めていた大人の冒険者二人だ。
「まだ行かないんですか?」
「焦んな坊ちゃん。斥候に出てる二人が戻ってきてからだ。ヤツらがメシ食って、休息しはじめたら行くからまだゆっくりしてていいぜ? ただし、静かにな」
少年達は緊張してるのか、そわそわして落ち付きが無い。
「オ、オレちょっと小便!」
「あ、ボクも!」
「ちっ! 静かにしろっ! とっと行ってこい素人がっ!」
俺もと言いかけたマルコは男の叱責にその言葉をグッと我慢する。
冒険者の男達は、マルコの実家、マルティン男爵家の四男という立場を保険として連れてきた。男達の行為は違法だ。森で襲うだけならその行為が発覚する可能性は低いが、男達はエルフのリディーナに目を付けていた。エルフを捕らえ、奴隷として売り捌くこと。奴隷自体は合法だが、不法に捕らえた人間を強制的に奴隷にすることは重罪だ。万一発覚した場合に備え、貴族の子息を共犯にすることで揉み消そうと考えていた。
しかし、『B等級冒険者』というリディーナの実力は頭から消えていた。
(エルフの女、しかも超がつく上玉だ。売れば一生遊んで暮らせるゼ。まあその前に楽しませてもらうけどな)
下卑た笑みを浮かべる男達。
…
レイは、並んで用を足している少年の一人に背後から手を回し、口を塞ぐ。同時に脇腹から心臓に向けて短剣を滑らす。
ビクンと跳ね、そのまま息絶えた少年。一方、その隣にいた少年の胸からは
「小便に行った二人が遅ぇな? 糞なら糞って言ってもらわねーとよ」
「知る訳ないだろ!」
戻らぬ少年達を
突如、四人の上に巨大な水の塊が発生し、その塊が四人に落ちた。
直径五メートルの『水球』。その水の塊は飛散することなく四人を閉じ込めた。
必死に手足をバタつかせ、藻掻いていた四人だったが、誰一人、巨大な水球から脱することはできず、暫く経つと全員が溺れ死んだ。
…
俺は水球を解除し、全員の死亡を確認する。
「これで全部?」
「他に反応はない。これで全員だ。……コイツらギルドで見たな。ほら、絡んできたヤツがいただろ?」
「あー、あの貴族の坊ちゃん?」
「そうアレ。この小汚い二人もギルドにいた」
「多分私ね。うっかりしてたわ」
「?」
「エルフは奴隷として高く売れるのよ。この国は亜人が珍しいし、いつもは偽装していたのに、昨日は偽装魔法を掛けるのをすっかり忘れてたわ。ギルドで登録した時にエルフだと知られて狙われたのね……。ごめんなさい」
「それはリディーナの所為じゃないだろ、謝るなよ」
「……うん」
胸糞悪い話だが、奴隷狩りは地球でもある。男は兵士に、女は性奴隷にする為だ。政府が機能しておらず、暴力が支配している国や地域では当たり前のように行われている。先進国であっても、誘拐されて強制的に奴隷にされる人間はいる。日本も例外ではなく、奴隷は存在している。暴力や借金で奴隷と変わらぬ扱いを受けている人間は意外にも多い。
「とりあえず死体を集めよう。まとめて燃やす」
全員の死体を集め、高温の火魔法で骨まで燃やす。冒険者証など身元が分かる物で燃えなかったものは地面に深く穴を掘って埋めておいた。地球のようにDNAや歯型を気にする必要は無く、顔と身分証が無ければ死体の身元を調べることは難しい。だが、死体をきちんと処理しないと魔物が寄ってきてしまうので、死体は念入りに燃やしておく。
…
「それにしても完全無詠唱であれだけの水球を作ったのもすごいけど、いきなりアイツらの上に出すなんて、どうやってるの?」
「距離の目測さえしっかりイメージできれば不可能ではない。勿論、自分の手前で発動する方が早いから、咄嗟にやるのは難しいがな。詠唱だってそうだ。発動の呪文も魔法の発動に必須じゃないぞ? 詠唱が必要だとかは全部思い込みだ。発動に必要なのは、明確なイメージと魔力のコントロールだけだ」
「そんなの聞いたことないわ。詠唱の短縮はできるけど、発動の呪文は必要よ」
「現象の理屈が解ってれば、必要ないぞ」
「理屈?」
「うーん、なんていえばいいかな。例えば、リディーナは『水』って何だと思う?」
「水は水でしょ? 何言ってるの?」
「質問が悪かったな。じゃあ、水はどうやってできるか知ってるか?」
「馬鹿にしてるでしょ? それくらい分かるわよ」
「なら説明してくれ」
「精霊が作るのよ!」
そうきたか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます