第27話 トラウマ

 深夜の森で、俺は静かに座禅を組んでいた。


 ――桐生隼人、本庄学、須藤雄一、高橋健斗――

 

 リディーナには昼間、勝てると言ったが、ヤツらとまともに戦った場合、考え得る限りのパターン、奴らが能力をフルに使用して連携してきた場合の勝率は、大分低かった。


(このままじゃ拙いな)


 あの聖剣と聖鎧、魔法無効、物理無効、使役魔獣。正直、一対一なら問題無い。問題は、パーティーを組まれて連携されることだ。聞き出した能力だけでも、組み合わせによっては、攻略の糸口が見つからないものもある。やはり一人一人、暗殺していくしかない。


 ヤツらが全員、元は普通の高校生なら、前世で扱った近代兵器を持ち込めていれば、すぐにカタがつく案件だ。しかし、無いものは仕方ない。情報も足りない状況では、今の自分にできることは手札を増やすことしかない。現状のままでは全員始末するのは厳しいだろう。



 当面、出来ることは、魔法の練度を上げること。前世の暗殺パターンの中で、魔法で再現できそうなものをモノにすることだ。魔法、魔力というモノは自由度が高い。その反面、魔力を練ったり、イメージを固定するのに時間が掛かる。冒険者の中にも魔術師はいるが、前衛に守られながら安全な後方から魔法を放つというのが一般的だ。一人で戦うことを考えれば、戦闘中に魔法を使うことは、今の俺では大きな隙を晒す。まだまだ発動の時間を短縮しなければならない。


 理想は、息を吐くように魔法を繰り出すこと。手足を動かすように火球を生み、風刃で薙ぐこと。


 前世で嗜んだ『新宮流』の型をゆっくり行いながら、同時に魔力とイメージを型に練り込む。


 何度も同じ動作を繰り返し、型に魔力を融合させる。



 身体強化魔法を展開しながら別の魔法を行使するのは、はじめは困難だった。身体強化を寝る時以外、常時展開し続け、ようやく自然に出来るようになった。使用する魔力量の増減で強化の段階を調節できるが、全魔力の三割の投入が限界だ。それ以上強化すれば、肉体に深刻なダメージが出る。だが、三割程度の魔力量で肉体を強化した場合、鉄製の武器では使用に耐えられない。メルギドに行けば、耐えられる武器が見つかるだろうか……。


 鍛錬を終えた後は、魔法の研究だ。女神の知識にある魔法は、一通りできるようにはなっておきたい。その上で、前世で扱い、知識として持っている近代兵器のイメージを魔法で発現できないかを試行錯誤していく。


 …

 ……

 ………


 鍛錬と魔法の練習を終え、魔石の回収とベースキャンプの後始末から宿に戻った俺は、誰もいないはずの自分の部屋から人の気配を察知する。


 ドアノブをそっと回すと鍵が掛かっていない。


 腰の短剣を抜き、気配を消して静かに部屋に入る。探知魔法を展開すると、部屋の隅に人の反応、一人だ。


 侵入者のシルエットを見て、警戒を解く。



「リディーナ、何してる?」


 毛布を被り、部屋の隅でしゃがんでいるリディーナ。顔が青く、少し震えている。


「どうした? 何かあったのか?」



「……どこに行ってたの?」


「森だ。魔石の回収と痕跡を消してきた。それよりどうやって入った? 鍵は掛けてたはずだが?」


「……風魔法で開けたわ」


(マジか、便利だな)


「ごめんなさい……怖いの。一人がこんなに怖いなんて初めてなの…… ごめんなさい…… ごめんなさい…… ごめんなさい……」


 毛布に包まりながら、細剣と自身を抱きしめ涙を流すリディーナ。



(……PTSD、心的外傷後ストレス障害か)


 リディーナがアイツらに襲われてそんなに時間は経って無い。怪我が治っても心に刻まれた恐怖はそう簡単に拭えない。死にかける体験をしたんだ、当然だ。思えば今日一日妙だった。腕を組んできたり、やたらテンションが高くておかしいと思ったが、無意識に恐怖を押さえ込んでいたのかもしれない。


 PTSDは何も心が弱いからなる訳じゃない。歴戦の兵士でも誰でもなり得る。戦場に限らず、災害に遭うなど死に直面した状況を体験することで、後にフラッシュバックのように思い出されたり、不安や不眠、動悸が乱れたりする。


 部屋に戻り、一人になってあの時の恐怖が蘇ったのかもしれない。


 正直、俺には症状の知識はあっても治療に関しては殆ど分からない。傭兵仲間に同じような症状を見たことがあるが、その多くは稼業を引退し、その後会うことも無かった。



 俺は毛布に包まるリディーナにそっと近づき、回復魔法で全身を包むように掛けてやった。


「安心しろリディーナ。大丈夫、大丈夫だから……」


 回復魔法には精神的な疾患を癒す効果はない。リディーナが助かった状況、安心させる為にこの魔法を使った。これが正解かは分からなかったが、助かった状況と同じ状況を再現してやり、落ち着かせるぐらいしか思いつかなかった。


 しがみつく様に項垂れてくるリディーナ。


 暫くして、表情が和らいだリディーナをベッドに運んでやり、俺は横の椅子に腰掛けた。


 回復魔法はまだ掛けている。手を握り、毛布を掛けてやる。


「もう寝ろ」



 リディーナが寝息を立てるまで、ずっと手を握ってやった。


(どうも、若返ったせいか、甘くなったな。俺も)


 まだ、治療は終わってない……か。柄にもない、そう自分で思ったが不思議と面倒だとは思わなかった。なんとかしてやりたい、何故だか分からなかったが、そう思えた。


 リディーナの寝顔を見ながら、側で腰掛けて外套を羽織り、俺は目を閉じた。


 …


 翌朝。


 何事もなかったように朝食を食べ、宿を出る。馬屋で手配した馬を借り、荷物を馬に括り付けて出発する。前にはリディーナ、後ろに俺が乗る。


 城門でリディーナが冒険者証を衛兵に見せ、そのまま街を出た。



「……昨日はありがと」


 前を見ながらリディーナが呟く。


「気にするな。怖くなったらまた言え。側にいてやる」


 リディーナの耳が後ろからでも分かる程に真っ赤になった。


「勘違いするな。治療だ、治療! それより、やっぱりC等級以上が欲しくなった」


「ど、どうしたの? 急に」


「いや、街を出るのがやけにスムーズだったからな」


 いつも薬草採取で街の外に出入りする時は、城門の衛兵に色々聞かれたりして面倒だった。それが、リディーナの冒険者証を見た途端、何も言わずに門を通された。


「それはそうよ。C等級なら兎も角、B等級よ私。そこらの兵士に止められる訳無いじゃない」


「そういうもんなのか?」


「うーん……なんて言えばいいかしら、B等級の場合、パーティーもしくは個人で野盗の討伐とか、高ランクの魔物の討伐なんかの、普通は領兵や騎士団の派遣が妥当な案件をこなすのよ。そこらの冒険者や兵士とは格が違うというか、B等級と知って態々揉めるような難癖付けたり、絡まれたりはしないわ」


「昨日、ギルドで絡まれたじゃないか」


「あれは私じゃなくて、F等級のレイがでしょ?」

 

「なら俺もB等級まで上げるかな。面倒が無くていい」


「フフフ、頑張って♪」


 

 暫く街道を進むと、一面に麦畑が見えてきた。穂先に実はなってるが、青々している。収穫はまだ先だろう。のどかな風景だ。馬の振動も合わさって、穏やかな空気が流れる。


「今更聞くのもなんだが、どこに向かってるんだ?」


「……自由都市マサラよ」

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