第14話 桐生隼人

「遅くね?」


 自由都市マサラにある、高級宿の一室に、召喚された勇者の一人『桐生隼人キリュウハヤト』がいた。


 上半身裸でソファに踏ん反り返り、手にはワインの入ったグラス。坊主がそのまま伸びたような髪は黒く、厚めの一重瞼からは黒い目が覗いていた。お世辞にも容姿が良いとは言えない顔だが、桐生隼人はプロのスカウトにも目を付けられている高校野球随一の強打者スラッガーである。百八十五センチの長身に体重九十キロ。プロのアスリート並みの鍛えられた肉体は、この世界の大人の戦闘職にも全く劣らない。


『勇者』の能力を持ち、クラスのカースト上位にいる桐生隼人は、パシリにしている高橋、本庄、須藤の三人が未だ帰ってこないことにイラついていた。


 部屋の隅には、奴隷の首輪を着けたエルフの女の死体が、首がくの字に折れた状態で放置されている。


「ったく、いつまでかかってんだよ!」


 覚えたての酒を煽り、放置した女の死体を見ながら淀んだ思考で考える。


「俺も行けばよかったか?」


 決して、三人を心配しての考えではない。この奴隷を殺したのを見られたを逃がすのは拙いと考えていた。フードで顔は見えなかったが、胸の大きな女だということは分かっていた。邪な思いと、このまま逃がしては拙いという思いが交差する。


 この国で奴隷は合法だが、殺すことは違法になる。法に触れたところでどうということもない桐生達だったが、奴隷を殺すと今後の購入が難しくなるのだ。所謂ブラックリストだ。権力者であってもこれに載れば、優良な奴隷は回ってこない。闇ルートの奴隷売買もあるらしいが、『勇者』が闇の奴隷を買っているというのは外聞が良くない。それに、他のクラスメイトに知られるのも拙かった。


 桐生は、このエルフの奴隷を購入するのに苦労した。この国は亜人が奴隷として滅多に入ってこない。国が亜人に対して差別的な体制を敷いているのが原因で、一般人でも亜人の入国者が殆どいないのだ。


 数年ぶりに『エルフの若い女』が入荷したと、懇意にしている奴隷商から連絡を受けた桐生達だったが、購入はこの街でのオークションで落札して欲しいとのことだった。


 ふざけるな、そう奴隷商人を恫喝した桐生だったが、今回の入荷は他の貴族達にも伝わっており、直接購入は無理だと泣きつかれた。仕方なくこの街まで来た桐生達だったが、想定外の金が掛かったのだ。落札したはいいものの、用意した金では全然足りず、桐生は慌てて高橋に飛竜で王宮まで金を取りに行かせた。


「国庫の金を使ったのがにバレたらかなり拙い……」


 国庫の金を使って奴隷を買ったことがバレても、エルフの女がいれば、助け出す為と言い訳ができた。桐生達がこの世界に来て初めて見る『亜人』、しかも『エルフ』だ。皆、納得するだろうと桐生は考えていた。



「ったく、あっさり死にやがって。ムカついてちょっと殴ったぐれーで、首が折れやがった。大体、なんでヤラせねぇのかが分かんねぇ。逆らえば死ぬってのに頑なに拒みやがって……」


 ―『お前のような醜いオークに体を許すくらいなら、死んだ方がマシだ!』―


 蔑んだ目で女に吐き捨てられて、桐生はカッとなって殴り殺してしまった。


 …

 

 桐生隼人はこの世界に来て、性欲と暴力に溺れた。


 中学時代、異性に興味が出てきても、女子と接することは出来無かった。野球で注目されファンも大勢いたが、練習が厳しく、接する機会は作れなかった。高校は名門校を選ばず、強豪校ではなかったが科学的なトレーニングでプロからも注目されてる高校に入学した。高額な入学金や授業料が免除だったのもあるが、何より練習時間が短かったのが大きかった。


 しかし、入った高校では、桐生より有名な者が大勢いた。大半の生徒が一般入試で入ってくるが、難関試験を突破する頭脳と、高額な入学金と授業料を支払える環境のある者が入学しており、皆勉強ができて金持ちが多かった。それに、特待生と言われる枠には、桐生と同じように各分野のエリートが入学していたが、既にプロとして活動している者や世界で活躍している者の方が多かった。その中で、いずれプロに成れるしれない桐生は、中学時代のような注目はされず、言い寄る女子もいなかった。


 だが、異世界に来て状況が変わった。


勇者ブレイブ』の能力スキル


 クラスの戦闘職でも上位に躍り出た。最強の剣と鎧、それと魔法。


 野球でプロに成るなんて目じゃない。自分は選ばれた人間、そう思えた。



 桐生隼人は増長し、欲望が弾けた。


 …


 この世界に来た当初、俺達には一人一人個室が用意され、最初に世話係として付いた侍女は、『勇者』の子種欲しさに毎晩体を求めてきた。後で知ったことだが、下級貴族の娘で、家長から勇者の子を孕むよう命令されてたらしい。だが、初めてのセックスに俺は夢中になった。しかも相手はハリウッド女優並みの美人だ。


 侍女の他にも大勢抱いた。夜会で目に着いた女も片っ端から抱いた。中には拒否された女もいたが、強引に抱いてやった。随分恨みも買ったが、勇者の力を見せつけてやるとすぐに黙った。中でも婚約者がいる女を寝取るのが最高に良かった。怒った婚約者が決闘を申し込むまでがセットで、女の前でぶちのめしてやってから、男の前で女を犯してやるのが堪らない快感だった。


 奴隷の女もいい。貴族の女と違い何でもやる。何人か奴隷を買ったが、皆、俺好みに仕上げている。


 このエルフもその一員ハーレムに入れるつもりだった……。


 何が、冒険者としての出品だ。護衛や探索用にお使いくださいだ? ナメてんのか?


 なんでも、このエルフの女は『冒険者』として出品されていて、性行為は出来ないというのだ。性奴隷とするには、別途調教が必要で、しかもそれは違法行為でかなりの高額料金を支払えと言うのだ。


 は? 意味がわからねー


 奴隷なんだから何でも言うこと聞くだろ?


 どうやら一般的な奴隷の首輪は、主人の命令に逆らうと、絞まって死ぬぐらいの機能しかないらしい。奴隷の望まぬ行為を強要する場合、違法行為なのは勿論、最悪自死されるか、自分が死ぬ覚悟で主人に害をなす恐れがあるらしい。この女は正規の『借金奴隷』で、自分の奴隷としての処遇をある程度決められるらしく、性行為は含まれていないそうだ。しかも三年という期限付き。あれだけ金を払って期限付きだと? ふざけてやがる。


 奴隷なら何でもしていいと思っていたが、奴隷にも種類があり、性奴隷として奴隷を買い求める場合、性行為を容認している奴隷か、奴隷商の方であらかじめ違法な調教を行った奴隷だけらしい。俺が今まで買った奴隷がソレだというのだ。心を折り、求める奴隷に仕上げるのも奴隷商人のウデなんだとか。……知るかよ。


 そんなことは当然無視してこのエルフをゲットしたものの、セックスは断固拒否。態度も醜いものでも見るような視線にムカついて、無理矢理ヤッてやろうとしたら、本気で抵抗されたので、思わず殺してしまった。


 その直後にあの女が部屋に飛び込んできた。何やら叫んで魔法を放とうとしていたが、本庄の結界に阻まれて、慌てて逃げて行った。一瞬の出来事だったが、状況が状況だったから本庄達三人に追わせたが、まだ帰ってきてない。


 国の金を使い込んだ挙句に、その金の目的が奴隷の購入。エルフだったとは言え、死んじまってもういない。おまけにカッとなって殺したなんて万一クラスメイトに知られたら流石にヤバい。


 奴隷商は何とかなるとしても、あの女にべらべら喋られたら誤魔化せない。



「あいつ等、逃げられてんじゃねぇだろうな……」



 本庄と須藤がいれば、そこらのヤツに負けることはない。だがこの世界に来て、やたら勘が鋭くなった気がする。何か行動しないと拙い、そんな気がした。


 しかし、あいつ等三人がどこに行ったか分からない。


「そう言えば、飛竜ワイバーンがいたな。二匹共乗って行って無ければまだ下の厩舎にいるはずだ」


 たしか、テイムした魔獣と高橋は繋がりがあるとか言っていた気がする。リンクしてるだっけか? 下に飛竜が残ってれば、高橋の元に行けるかもしれない。

 


 桐生隼人は、裸の上からブレザーを羽織り、部屋を後にした。

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