第13話 治療①

 高橋を放置し、エルフの女の元へ行く。


浄化魔法ピュリフィケーション』を女に掛けてやると、血や土で汚れた体が綺麗になった。


 この魔法は、便所スライムの間引きの依頼で、教会に行った際にシスターに掛けてもらい覚えた魔法だ。


 この世界に来て、まず気になったのが衛生面だ。水は魔法で生み出して清潔なものを利用できるが、宿の食事や食器、便所などが気になった。戦闘を行う者として、治療手段の確保は必須だが、それとは別に日常生活で体調を崩したら元も子もない。怪我とは違い、この世界で病気になったらほぼアウトだ。一応、病気に対応した薬草や薬は存在するが、とても高価な上、症状を緩和するだけの効果しかない。それに、常備されてるものでもなく、地球の薬と違い使用期限がかなり短い。この世界で病気になった場合、森から薬草を採ってきて薬を作るというプロセスを踏まなくてはならない。最低でも数日は症状を我慢しなくてはならない上、病気が治る保証も無い。寄生虫なんかは、体内に入った時点でもう諦めるしかない。普段から予防はしっかりした方がいい。


 以前、石鹸が欲しくて街で探してみたが、かなりの高級品で、最低でも金貨一枚もするので購入はできていない。原料や作り方は分かるが、材料の配合比率までは知らないし、一々実験して作ってる暇など無い。モノが存在するなら金を稼いで買う方が遥かに早い。

 

 シスターの『洗浄魔法』は、確かに臭いが取れて清潔になってはいるが、効果の詳細は分からない。シスターに聞いても、元々は対不死者アンデット用の魔法だったらしいが、物を綺麗にする魔法としても用いられるようになったとしか説明はされなかった。何度聞いても「不浄なモノを浄化する魔法です」としか言わない。科学的に理解してはいないだろう。


 信じたくないが、「キレイにな~れ、キレイにな~れ~」とイメージしてやってるとしか思えない。この世界の人達は、目に映る汚れや臭いが無くなれば綺麗になったと思っている。まあある意味間違いじゃないんだが、細菌やウイルスなんかの知識は無いのだ。


 現象の理屈を理解して無くても魔法の発動が可能なのをこの時はじめて知ったが、他の魔法使いも「火よ出ろ」とか「水よ出ろ」的な適当さで魔法を使ってるかもしれない。


(ひょっとして俺が色々考えすぎなのか?)


 ともかく『浄化魔法』は、人体や物に付着した有害な物質を分解除去する魔法と解釈した。魔法を掛けられても服が分解しなかったので、分解する物質をどう選別できているのかは自分でも良く理解していないが、考え得る有害物質の除去をイメージして魔法を発動している。宿泊している街では、酒はあるが蒸留技術がまだ無いのか、アルコール度数が低いエールやワインなどの醸造酒しか手に入らないので消毒には使えない。まあ酒が消毒に適しているかと言えば、仕方なく、なのだが。


 外傷の治療に、この『浄化魔法』と『回復魔法』を併用すると、何故か傷跡が残らない。不思議な現象だが、俺も医者じゃないので詳しくは分からない。


 因みにこの魔法を施すと、肌がカッサカサになる。人体に有用な菌や油脂まで除去してしまう。多用は避けたい。特に頭皮には注意が必要だ。毛根に汚れや油は大敵だが、油脂を除去し過ぎるのも良くない。……そう、良くない。


 …

 

 エルフの女を軽く診察すると、左足と左腕の骨折。顔面の裂傷と打撲、口腔内裂傷。顔の骨も折れてるだろう。脳や頸椎の損傷は不明。少し見ただけでも酷い有様だ。


 上半身の服は破られ、胸が露わになっているので、外套を脱いで被せてやる。なるべく顔は見られたくなかったが、まあ仕方ない。

 

 動かすのは止めた方がいいが、血の匂いが凄い。魔物や獣が寄ってきそうだ。高橋への実験で、回復魔法を使用中は、探知魔法を展開する余裕が無いことが分かった。治療中は外敵の接近に気付けない。高橋は否定していたが、もう一人、コイツらと一緒にいた奴が追ってくることも考えられる。


 できれば設営したベースキャンプまで行きたいが、このまま動かすのは危険だ。


 女の頭を両腿で挟んで固定し、『透視(スキャン)』して先ずは頭部の損傷をチェックする。医者じゃないから詳細な診断なんてできないが、骨折や、頭蓋内の出血の有無ぐらいは分かる。頭部の異常がないことを確認し、同じように頸椎もチェックする。神経や骨にも異常は無いみたいだ。


「意外と頑丈な女だ」


 頭部や首に異常は無さそうなので、足の骨折の治療を先に済ませる。『透視』して診たが、とくに大きな破片もなく、きれいに折れている。回復魔法で骨を継ぎ、内出血を塞いで腫れを取る。


「逃げたきゃこれで逃げられるだろう」


 続いて腕を診てみる。かなり酷い。何度も殴られた所為か、骨が砕けてグニャグニャだ。顔の怪我もそうだが大量の魔力と集中する時間が必要だ。内部を『透視』して正確に治療しなければ、治っても正常に動かすことが出来なくなるかもしれない。


「やはりキャンプに戻った方がいいな」


 二週間で揃えた物資やテントがベースキャンプにはある。原始的だが周囲を警戒できる仕掛けもある。あそこならここよりは落ち着いて治療できるだろう。


 被せた外套で女を包み、移動の準備をする。


「高橋はどうするか…… 」


 出来れば勇者達全員、能力が知れずとも一人一人の性格や行動パターンも知りたい。


(連れてくか?)


 だが女以上にリスクが高い。誰かに見られたら女は言い訳できるが、コイツは無理だ。


(殺しとくか……)


 先にコイツらの持ち物を漁る。荷物は無く、ポケットに金貨が全員で四十枚もあった。最初に頭を吹っ飛ばした少年の手には本が握られていた。魔導書のようだが日本語でびっしり翻訳したようなメモ書きがされている。ひょっとしてこの世界の文字は読めないのだろうか? 会話はこの世界の言葉で出来ていた。殺す前に聞いておこう。


 もう少し話を聞こうと高橋を起こそうと足で小突いていたら、不意に上空から声を掛けられた。

 

「おい」


(何っ!)


「お前何してんだ?」


 油断した。治療の為に随分前に探知を切ったままだった。もう一人の存在は頭にあったが、早過ぎる。いや、高橋の言葉を鵜呑みにした俺が馬鹿だった。


 声のした上空を見ると飛竜に乗った少年がこちらを睨んでいた。

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