第10話 レイと勇者
F等級になって二週間。俺は、街から距離の離れた森のベースキャンプにいた。日々の薬草採取の報酬でコツコツ必要な物資を揃え、木の枝や葉で偽装したテントに、数日は滞在できる環境を築いた。
宿は酒場の二階にある安宿へ変え、怪しまれないように毎日宿には宿泊したものの、日中の殆どを、このベースキャンプで肉体の鍛錬と魔法の実験に時間を費やした。偶に酒場に足を運び、客同士の会話から情報の収集をしていたが、勇者の情報は一切耳に入ってこなかった。
――『オブライオン王国』――
今いるこの国が勇者を召喚した国で間違いなかった。一時は、別の国ではないかと危惧していたが、同じ国にいることが分かり安心した。だが、勇者はその存在が公表されていないのか、存在は勿論、勇者が召喚されたという話も一切聞こえてこなかった。
勇者の情報を得られないまま、鍛錬と実験、情報収集の日々を送っていたが、この日はある異変があった。
いつものように森で鍛錬していたら、探知魔法に人と思われる反応が引っかかったのだ。最近は探知の魔法も探知範囲が広がり、半径五百メートル程まで伸ばせるようになっていた。動く物体の詳細もある程度は分かるようになり、探知を発動しながらの行動は、森では常態化していた。
かなりのスピードで人間大の三つの反応と、五メートル程の大きさの物体が動いていた。それが途中で止まり一か所に集まった。三つの人間の反応が四つになり、五メートル程の物体はそのまま。合計で五つの反応。
「偶にある魔物の反応じゃないな。一つの大きい反応は魔物だろうが、残りは人間だ。襲われているのか?」
気になって、気配を消して様子を見に行くと、少年が女に馬乗りになり殴っていた。
胸糞悪い……。そう思ったが一瞬、少年達がターゲットである勇者達であることが分かり、思考を切り替える。この世界に来て初めて見る黒髪のアジア人顔。お揃いのブレザー、それに恐竜のような魔物。五メートル程の反応はあの恐竜だった。
脳内の情報とギルドの資料に照らし合わせると、
実際に見るのは初めてだが、意外に大きい。だが、明らかに見た目の体重と翼のバランスが釣り合ってない。あの巨体で一体どうやって飛べるのか疑問に思う。
背に人が乗る為の装具が取り付けられているので、誰かが乗っていたのだろう。探知した反応の謎がこれで分かった。
(空を飛べる生き物の使役か。……いいなアレ)
それに……。
(高校生?)
それにコイツらは、現在進行形で女を襲っている。殴りつけ、衣服を破いている。犯す気だ。
(コイツらの表情、これが初めてじゃないな……。なんとも下種なガキ共だ)
瞬時に思考を巡らし、殺す手段を考える。一人は生かして情報を得たい。
足元の石ころに目が行く。
(まずは小手調べといくか)
注意をこちらに向け、追ってきてもらった方が
まずは座って呑気に本を読んでる奴、次に飛竜、女に夢中の二人は後だ。
身体強化のギアを上げ、拳大の石を全力で投げると、本を読んでいた少年の頭が吹っ飛んだ。
一応、殺す気で投げたが、てっきり障壁やら結界やらのチートで防がれると思っていたのに拍子抜けだ。ちと力が強過ぎたか?
だが、飛竜の頑丈さはわからないので、同じ力で石を飛竜に投げる。飛竜の頭は吹き飛ばず、顔面が潰れただけだった。動きは止まったが、間髪入れずに強化のギアを更に上げて、もう一度石を投げる。今度は顔を貫通し、穴が開いた。
ようやく異変に気付いた残り二人の内、馬乗りになった下種野郎に石を投げ、頭を吹っ飛ばす。残った一人には、殺さないよう加減して、腹に向けて石を投げる。腹を押さえて悶絶している姿を確認した後、素早く気配を断ち、少年の裏へ回り込んで、素早く首を絞めて意識を奪う。
ズボンが下がっていて間抜けなことこの上ない。
実に呆気無い。本当にこいつら脅威なのか? 女神の見立てに些か疑問を感じる。
(うーん、他にも魔法を色々試したかったんだが……)
意識を失った少年を横目に、同じく意識が無い女に向かい、首筋に指をあてる。
(生きてはいる……が、酷いな。長い耳……。初めて見るがこれがエルフか?)
脳内にあった女神の知識にもあった亜人種、エルフだ。ファンタジー定番の長命で美しいとされる人種だが、女の顔からはその美しさは判別できない。見たところ、顔面以外にも、左腕と左足が折れている。顔への殴打で裂傷と腫れも酷い。前歯を中心に歯もいくつか割れ、欠損している。口内もズタズタだろう。ここまで酷い殴られようだと脳や頸椎の損傷もあるかもしれない。
チラリと殺した少年を見るが、とてもこんな膂力があるように見えない。身長百七十センチ程、やややせ型の体格。鍛えているようには見えない。本を読んでいた少年も同じような体格だ。気絶させた少年の身体は更に小さい。
女の容態を見て『回復魔法』が頭に浮かぶ。ここ最近取り組んできた魔法だ。外傷を治す魔法だが、欠損は復元できないし、失った血液や体力も回復しない。この世界で『回復魔法』は教会の専売特許のような魔法だ。一般的な魔法では無いが、実はそれほど難しいものじゃない。人体の構造と怪我が治るプロセスが分かっていれば、発現するのは簡単だ。それに、欠損を再生する魔法は、前世の知識を応用すればいける気がしていた。ただ、火や水を生み出すことに比べ、人体の修復は結構魔力を消費する。それに、怪我の程度によっては、診断と治療イメージが正確でないと正常に機能が回復しないリスクもある。切断された腕を繋げるだけなら簡単だが、神経や靭帯も正確につながなくては、くっ付いても指や腕が動かせなくなる。
自分で体を傷つけ何度か試したが、この女のような重傷の治療は流石に試してない。裂傷は傷跡が残らない様に治療するのに神経を使う程度だが、問題は骨折だ。恐らく骨が砕けてる。レントゲンやCTなんぞ当然無い。怪我した内部の状況がわからないと、正確に治療できるか分からない。探知魔法の応用で何とかなりそうだが確証は無い。骨折以外にも、脳や脊髄に損傷があった場合は完全にお手上げだ。そこまでの知識は持っていない。だが、いずれ重傷の治療方法は習得したいと考えていた。怪我を負った際に、いつでも教会に行けるかは分からないからだ。
(この女には悪いが実験台になってもらおう)
問題はまだある。治療した後のこの女の処遇だ。勇者に追われていた理由にも因るが、最悪、始末しなくてはならない。苦労して治療した後に始末するなど、流石にやりたくは無い。
(話をしてから考えるか……)
女の折れた手足を落ちている枝で添え木をして布で固定しておく。布は少年の着ていたブレザーの袖を裂いて作った。顔の裂傷には回復魔法を軽く掛けて止血しておく。破れた血管を塞ぐようなイメージで魔力を流すだけの簡易的なものだ。首と頭も固定しておきたいが、適当なものが無い。本格的な治療は後だ。
とりあえずの応急治療だけして女は一旦放置し、馬乗りになった少年の死体と、意識を失った少年の襟首を掴んで、本を読んでいた少年の死体の側まで引き摺っていく。
さて、尋問をはじめよう。
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