第6話 武器屋と雑貨屋

『くつろぎ亭』で朝食を摂り、部屋を確認した後、俺は街に出た。


 目的は、武器と生活用品の調達だ。


 女神は『剣と魔法の世界』と言っていたので、銃は存在しないだろう。


 俺は、前世で古武術を学び、その中で剣術や短刀術、体術を修めた。傭兵になってからは米国で軍事訓練を受け、銃器の扱いやサバイバル技術を習得している。


 若い時はボクシングや総合格闘などを街のジムで習ったが、人を殺傷するには効率が悪く、同じ体重の人間を想定した競技では、殺しには向かなかった。古武道に出会ったのは偶然だったが、師事した老人がたまたま化物級の達人だったので、病気が発覚するまでは、日本にいる間、定期的に道場で稽古をつけてもらっていた。


 師との稽古は真剣を用いた常軌を逸したものだったので、一応剣は扱える。この世界に日本刀は無いと思うが、応用はできるだろう。


 魔法の練習はするつもりだが、とりあえずの武器として剣か短剣を手に入れたい。


 …


 店頭の看板と雰囲気から、武器屋と思われる店に入ると、まさにファンタジーの武器屋といった様子の店内に、心なしかわくわくしてしまった。米国の銃器店もそうだが、武器満載の光景はいくつになっても男心をくすぐる。


 店内には両刃の西洋剣、大剣や片手剣、槍や弓などが所狭しと並んでいた。やはり日本刀は無い。できれば曲刀タイプの西洋刀サーベルなどがあればいいのだが、直刃の剣しか置いてないようだ。


「いらっしゃい、何かお探し?」


 カウンターにいる少年が声を掛けてきた。


(子供?)


 店番だろうか、店内の雰囲気に似合わない小学生ぐらいの子供がカウンター内にいて俺を見つけるや否や、声を掛けてきた。人を殺める武器を扱う店で、子供に店番をさせるなど、非常識にもほどがある。


「お兄さん、冒険者? 新人さん?」


(なんで上から目線なんだ? まあいい……)


「曲刀の剣があれば見たい。それと短剣ナイフ


「曲刀? 他国の剣は置いてないよ」


「なら普通の長剣ロングソードでいい」


「予算は?」


 ポケットから銀貨と銅貨数枚を出す。全財産だ。


「……お兄さん、それじゃ剣は買えないよ?」


 店番の子供は、呆れた顔で言う。


「最低いくら必要だ? すまんが、物価がわからないんでね」


「外国の人? 他国とあんまり変わらないと思うけど……。まあいいや」


「入口にある樽に入った中古ならどれでも銀貨五枚。あれが最安の剣。ただし、返品や苦情は受け付けないよ? 短剣なら銀貨一枚からだね」


「じゃあ、短剣を見せてくれ」


「その予算じゃこれくらいかな~」


 そう言って店番の子供は、数本の短剣を出してくる。ナイフは日常生活で使おうと思っていたから小ぶりでいいと思っていたが、剣が買えないとなると、戦闘にも使える大型のものがいい。地球で狩猟用のナイフなら刃の長さが最低でも二十センチは必要だ。その長さが無ければ、獣の心臓まで刃が届かないからだ。この世界の魔物や獣の大きさは分からないが、最低でもそれぐらいの長さがあればいいだろう。


「材質は鉄か?」


「そうだよ? 悪いけど、鋼鉄以上の物はこの辺じゃ手に入らないよ?」


(ということは、鋼鉄以上の材質が別にあるのか……。興味深い)


「それじゃあ、これと、後は砥石はあるか?」


 出された短剣の中から一番大型の物を手に取り、重さや握り、バランスを確かめる。材質がただの鉄なら毎日自分で研ぐことになるので切れ味は気にしない。これが刀剣なら研ぐのは素人では無理だ。研ぎ師か、鍛冶師に頼むことになるので、元の切れ味や材質は重視する。


「へぇ~ お兄さん、若いのに素人って感じしないね~」


(何わかったようなこと言ってんだ、このガキんちょは……)


 子供の言葉を無視して砥石を選ぶ。出された砥石は当たり前だが天然石だ。なるべく硬いものを選んで代金を支払い、短剣と砥石を受け取って店を出る。


「毎度あり~」


 カウンターに肘を付きながら掌をヒラヒラ仰いでいる店番の子供。これが治安の悪い国なら出されたナイフで殺され、強盗に遭うだろう。無防備にもほどがある。


(くっ! 漫画みたいに頑固オヤジが気に入ったから代金はいらねぇこいつを持ってけ! 的なイベントはないのか? 店番の子供に足元見られて軽くあしらわれるとは……。やはりどの世界も世の中、金か)


 

 残った銅貨数枚をポケットに仕舞い、今度は雑貨屋を覗く。金がないので見るだけだ。


 生活雑貨を扱う店のようだが、品物の半分は何に使うか分からない物ばかりだ。掌サイズの箱や棒状のものなどに見慣れない文字が刻まれている。魔法ルーン文字だ。女神の知識にある魔法文字と言われる文字で、一文字に魔法の効果を込めるものらしい。魔法文字が刻まれているということは魔法の効果がある魔導具ってやつだろう。


「それは水が出る魔導具、そっちは着火の魔導具だよ」


 カウンターにいる初老の女性が説明してくれる。


(やはり魔導具か。着火はともかく、水がでる魔導具は地球なら大変な価値がある)


「すまない、田舎者なんだ。魔導具を見るのは初めてだ」


「そうかい。で、何か探してるのかい?」


「いや、この街に来たばかりで見物だけだ。また後で買いに来るよ」


「それじゃあ、またおいで」


 魔導具は必要ないが、店内にあった干し肉のような保存食とコップ、タオルのような厚手の布を金ができたら購入しようと思う。石鹸が欲しいが、それらしいものは見当たらなかった。


 さっきの子供と違い、この女性はまともな対応だ。また来よう。


 …


 昼食は我慢し、街の広場のような場所で腰を下ろし、行き交う人々を観察した。


 生前読んだラノベには当たり前のように獣人やエルフ、ドワーフのようなファンタジーな人種がいたが、この街にはいないようだ。女神の情報の中には亜人の存在についての情報はあったので、この国、もしくはこの街にはいないのだろう。


 全員ではないが、容姿が整っている人間が多い気がする。男女比も女性が多い。髪は金髪から茶髪、赤毛など、単一の民族ではないようだ。瞳の色も様々だったが、黒髪黒目は見かけない。標的の『勇者』達は容姿と名前から、全員が日本人と思われる。この街の様子じゃ、出歩いてれば目立つだろう。


 宿には鏡があって、自分の姿を見たが、女神に見せられた肉体と違い、髪色は黒く、瞳は灰色グレーだった。人相も結構変わっていた。何が多少だ、女神め。前世の顔に少し似ている気がしたが、日本にいたら十人が十人振り返る容姿なのは変わらない。この世界の人間の美的感覚は分からないが、非常に遺憾だ。


(黒髪は目立つかもな……)


 フードを深く被り直し、観察を続ける。


 時折、大通りを馬車が通過する。馬は地球の馬と同じだ。この世界の移動は馬車がメインになるのだろうか? 流石に乗馬の経験は無い。国を自由に移動するなら馬か馬車の購入が必須かもしれないが、扱えないなら意味がない。どこかで覚える必要がありそうだ。


 そんなことを考えていると、一際高い塔から鐘がなった。昼を知らせる鐘だろうか。この街に来て、まだ時計らしきものを見ていない。女神の知識で、この惑星は太陽や月も、前の世界と同じ大きさと位置関係、自転と公転の周期も同じなのはわかっている。


(一日の時間を知らせるのはあの鐘になるのか。そういえば朝にも一度鐘が鳴ってたな。明日、ギルドには午後にと言われたが、昼の鐘がなった後に行けばいいのか)


 その後も暫く街を観察し、夕方の鐘の音を聞いてから宿に帰った。

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