第5話 冒険者ギルド①

 翌朝。


 昨夜に場所を把握しておいた『冒険者ギルド』の建物の前に来た。


 建物の看板には、竜の体に剣と弓、杖が交差したマークがあり、その下に「冒険者ギルド ロメル支部」と書かれている。


(ロメル支部? この街の名前か?)


 建物の扉を開き中に入ると、入ってすぐに大きなホールがあり、フードコートのようにテーブルやイスが所々に配置されていた。各テーブルには冒険者だろうか、武装した男女が疎らにおり、それぞれがテーブルを囲んで談笑している。部屋の壁には大きな掲示板があり、メモのような紙が複数貼られている。板毎にA~Fと分かれていて、AとBの板には張り紙が無い。受付のような掲示板の横にカウンターが見え、若い女性達が揃いの制服で作業している。


 カウンターに向かうと、受付にいる女性から声を掛けられた。


「いらっしゃいませ、ご依頼ですか?」


「いや、冒険者になりたいのだが」


「冒険者登録ですか? 成人はされていますか?」


「一応、16歳なんだが大丈夫か?」


 適当に嘘をつく。


「はい。15歳以上で犯罪歴が無ければどなたでも登録できます。こちらの用紙に名前と年齢、特技などを書いて下さい。代筆は必要ですか?」


「必要ない。大丈夫だ」


 藁半紙のような用紙を受け取り、同時に渡された羽ペンで記入する。羽ペンなんて使うのは初めてだが、まあなんとかなる。日本で読み書きできますか? なんて言われたら発狂する奴がいそうだが、文明が遅れていればまああるだろう。地球の先進国だって貧困層は字が書けない読めない人間は普通にいる。日本が異常な識字率なだけだ。俺も複数の国の言葉は話せるが、読み書きが出来るのは日本語と英語だけだ。


 名前と年齢を記入し、特技の欄で手が止まる。


「別に無ければ、空欄のままで大丈夫ですよ」


 受付嬢が助け舟を出してくれる。


 馬鹿正直に書くことも無いので、特技は空欄のまま用紙を提出する。


「それではレイさん、ですね。念の為、お伺いしますが犯罪歴はありますか?」


「無い」


「後ほど発覚した場合は、資格のはく奪と罰金等の罰則がありますのでご注意下さい。それではこちらをどうぞ」


 受付の女性から木片にひもが通してある首掛けを受け取る。これが冒険者証だろうか? 木片には『G』の文字が書かれてある。


「初めに簡単ではありますが、『冒険者』の説明を致します。冒険者になられた方は、一部例外を除き、G等級から始めてもらいます。但し、G等級は言わば『冒険者見習い』です。G等級の依頼を十件達成後に正式に冒険者として登録されます。『冒険者見習い』は未成年でもなれますが、正式登録は成人後になります。レイさんは成人しておりますので、規定の依頼数を達成後、F等級として正式登録できます。正式登録は、登録料として銀貨一枚掛かりますので登録の際にご用意下さい」


「詳しい規則などは後日、初期講習にて説明させて頂きます。この講習の受講も正式登録の条件に入ってますので必ず受けて下さい。今月の開催日は……明日ですね。受講されますか? 因みに次回の講習日は来月になります」


「明日受講する」


「承知しました。それでは明日の午後、こちらまでお越し下さい」


「了解した。この辺りでお勧めの宿とかはあるだろうか?」


「この辺りですと、皆さん隣にある酒場の二階の宿か、ギルドを出てすぐにある『くつろぎ亭』に泊まられますね。酒場の二階の宿は大部屋の雑魚寝で、素泊まり一泊で大銅貨一枚。『くつろぎ亭』は個室の一泊二食付きで銀貨一枚ですよ」


「ありがとう。参考にする」


 宿の場所を聞いた後、受付嬢に礼を言い、木片を首に掛けてシャツの中に仕舞いギルドを出る。ホールにいる他の冒険者達は掲示板を見たり、仲間と談笑したりしていたが、何人かはこちらを観察するように視線を送る者もいた。


(絡まれるようなテンプレイベントが無くて何よりだ)


 …


 ポケットの中の小銭を見て、個室の宿『くつろぎ亭』に向かう。


(銀貨一枚か。日本円で一万円ぐらいだろうか? 三日はいけるな)


 それらしい建物と『くつろぎ亭』の文字が入った看板を見つけて中に入る。


「宿泊したい。空き部屋はあるだろうか?」


 受付の中年女性に声をかける。


「あいよ。一泊二食、朝食と夕食が付いて銀貨一枚だよ」


「とりあえず三泊で頼む」


「三泊ね。銀貨三枚だよ。部屋は二階の二〇四号室。これが鍵ね。退室は四日目の朝に受付に来て鍵を返しなね。不在だった場合、部屋の荷物はこっちで処分するからね」


「わかった。朝食は今から頼めるか?」


「ああ、まだ大丈夫だよ。食堂で食べていきな。水は裏に井戸があるから自由に使いな」


 鍵を受け取り、食堂に向かう。ゴツイ中年男性が、厨房で洗い物をしている。給仕の人間はいないようなので、厨房にいる男に声を掛ける。


「今日から三日間世話になる。まだ朝食が食えると聞いたんだが……」


「ん? 客か? 今用意するからちょっと待ってろ」


 トレイにパンとスープが置かれ、渡される。近くのテーブルで食べてみると、スープは塩ベースの野菜スープで肉が申し訳程度に入っている。一体何の肉だろうか? パンは固く、スープに浸しながらでないと固くて食べられない。


 日本の食事情に慣れた者にはキツイだろうが、紛争地域の食事なんかはこれと似たようなものだ。だが、この身体が成長期の肉体なら、このような食事だけで日々過ごすのは、あまり好ましくない。栄養バランスの良い食事に関しても今後考えなくてはならないだろう。



 食事を終え、二階の部屋に向かうとまあ普通の部屋だ。風呂やトイレは無く、ベッドと机、椅子があるだけだ。トイレは井戸の側に小屋があり、男女共用だ。


(トイレが井戸の側とかマジかよ……。さっきのスープ、井戸水で作ったんじゃないだろうな?)


 井戸の側にトイレを作るとか、衛生的に有り得ないと思ったが、トイレに入って驚いた。トイレは所謂ぼっとん便所だが、底にスライム? がいた。アメーバのような粘性のある動く生き物が排泄物を食べている。排泄物の処理がこの空間で完結しているので、側の井戸に影響はないようだ。まさにファンタジーだ。


(用を足してる時に上がってこないよな?)


 だが、今後は念の為、魔法で作った水を飲もう。


 風呂は無く、井戸に置いてあった桶に水を汲んで、布で体を拭くスタイルだ。宿の受付に聞いたら風呂のある宿はかなり高いらしいが、あるにはあるそうだ。日本人としては湯舟に浸かりたい思いはあるので、頑張って稼ごうと思う。


 勇者殺しの仕事が終わったら、女神には追加報酬として金を請求してやろう。

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