第3話

 一方、祖父に追われる彰比古は近くの山中に逃げ込んでいた。

 ここは幼い頃から修行や遊びに使っている山で、構造は完璧に把握している。祖父もここに追跡を飛ばすだろうが、そこそこ入り組んでいるため時間稼ぎにはなるだろう。


「どうしたものか……もうすぐ日の出だし、朝になったら確実に見つかる」


 適当な木の上で今後の策を思案していると、ふと近くに気配が落ちた。


「ん?」


 隣の木に目を向けると、自分が座っているのと同じくらいの高さの枝に青年が立っていた。


「よ。比古」

宗昌むねまさ。どうしたんだ。まだ夜明け前だぞ」

「それはこっちの台詞だ。そんな薄着で何しに来た」


 指摘されて、彰比古は自分が寝間着のまま逃げ回っていることを思い出した。


「妙に山が騒がしいから見て来いと父上に言われたらこれだ。こっちは叩き起こされたんだぞ。俺の睡眠時間を返せ、この阿呆」

「おいおい、辛辣なこと言うなよ、従兄殿」

「黙れ、馬鹿が。また政彦まさひこ様の式神娘にちょっかい出して追い掛け回されてるんだろう」

「おお、流石の千里眼」


 おざなりな拍手を彰比古が送れば、宗昌は眉間に皺を寄せた。

 宗昌は彰比古の父方の従兄にあたる。あまり歳が変わらないので、昔からよくこの山で一緒に遊んで育った。因みに、政彦は彰比古の祖父の名である。

 宗昌は口が悪く、容赦ない物言いをするが、根は良いし、真面目な性格であるため人望も厚い。そして、紅姫の尻を追いかけてばかりの彰比古については言うまでもない。典型的なドラ息子ならぬドラ孫であった。


「こんなもの、お前と付き合いがある者なら誰でも予想できる。まだ、あの娘に懸想していたのか」

「当たり前だ。紅姫しか俺は妻にするつもりはないからな。さっき五年ぶりに求婚した」

「それでうちの敷地まで逃げてきたと」

「おう」


 この山は宗昌の一族が管理している。宗昌の父が当主を務めていて、宗昌は当主の命で侵入者の対応をしに来たということであった。

 空が明るくなってきている。夜明けが近づいていた。


「さて、どうしたものか」

「求婚された方の反応はどうだったんだ?」

「昔と変わらないさ。一蹴された。見向きもされない」

「そうか」

「なぁ、宗昌。式神を落とすにはどうすりゃいいと思う」

「俺が知るか。自分で考えろ」

「薄情な」

「薄情で結構」


 軽口を交わしながらも、彰比古は真剣に今後の方針を考えていた。彰比古もそろそろ当主になるため見合いをさせられて、知りもしない女を娶らされかねない。祖父は特に紅姫を独占したいが故に、積極的に見合いを持ってくる可能性が高い。

 宗昌の父は、彰比古の父の兄。つまりは、彰比古の伯父に当たる。彼も見合いを持ってくるかもしれないが、祖父に比べたらマシというものだろう。


「……おじい様がやはり厄介だな」

「比古」

「ん?」

「あの娘にとって、政彦様は主であり、生みの親みたいなものだろう」


 どうでもいいと散々言っておきながら、宗昌は至極尤もな見解を述べた。


「あの娘の生みの親、つまりお前にとって政彦様は祖父だけではなく、舅にも当たることになる」

「ほう」

「だから、敵対するのではなく、むしろ好印象を与えて紅姫の譲渡を容認させる方向で攻めたらいいんじゃないか?」

「……確かに。だが、譲渡と言うな。紅姫は妻にするんだ。単なる式神の譲渡と同じにしてくれるな」

「だが、式神だろう」

「いや、妻にする暁には受肉させる」

「……正気か、貴様」


 宗昌がまじまじと彰比古を見た。紅姫が絡むと殊の外阿呆になると思っていたが、まさかここまでとは。


「式神の受肉がどれだけ高等な技術か解っているのか」

「勿論」

「……お前」


 宗昌も術師だ。しかし、得意分野は占術の類で、戦闘や式に関する術は苦手としていた。何より、本来このような術は難易度が高く、身に付けられる者は優秀な術師と言える。彰比古の家系は、この手の術に精通する一族として名高く、中でも政彦は老いても歴代一の術師として名を轟かせている。

 だから、式神の受肉は最高難易度の術だ。それなりの代償も必要になるだろうし、下手を打てば式神を人間に出来たとしても、術を行使した術師が死亡する。


「礼を言う、宗昌」


 徐に彰比古は立ち上がった。

 日が昇ったらしく、木々の隙間から微かに明るい光が零れてくる。鳥や動物も活動を開始したようで、無数の小さな気配が感じられる。

 彰比古の表情は何かを決意した、晴れやかなものだった。


「お前のおかげで今後の策が決まった」

「ほう? どうするんだ」


 式神の少女に惚れ込んで、術師の修行以外は彼女のことばかりが頭の中を占めていた従弟。正直、あまりのにうんざりすることもあったが、この一途さは宗昌も嫌いではなかった。

 だから、どんなに辛辣なことを言っても、本音では彰比古を応援しているのだ。

 彰比古は宗昌を振り返った。木々の隙間から差し込む朝日が彰比古の横顔を照らし出した。


「俺も、おじい様の式神になる」

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