紅の殺戮人形と若様

土御門 響

序章

第1話

 百鬼夜行が道を行く。数多の命を吸い上げながら、ひゃらひゃらと嗤って群れを成す。

 人気のない田舎道。脇には水田が広がり、稲穂が夜風に揺れている。

 彼らの行く先には立派な屋敷があった。


 殺せ。

 殺せ。

 殺せ。


 歌うようにしゅを吐き出す。


 我らの同胞を殺した人間。

 かの一族を縊り殺せ。

 脳味噌は甘かろう。

 手足と胴は柔らかろう。

 臓腑を啜って宴会じゃ。

 殺せ。殺せ。

 憎き敵を引き千切ってくれようぞ。


 百鬼夜行が屋敷の手前までやって来た。


 さぁ、喰らい尽くしてくれる!


 刹那、百鬼夜行の中央に衝撃波が放たれた。


 何奴!


 夜行の一部が破壊された。また同胞が殺された。

 妖の怒りが湧き上がる。

 しかし、それは一瞬のことだった。

 百鬼夜行の真ん中に着地したのは、小柄な少女だった。身体の線がくっきりと出る丈の短い着物を纏い、腕や脚には防具が填められている。口元を布で覆っていて、その表情は窺えない。

 少女は帯に刺した脇差を二本、引き抜いた。


 殺せ!


 妖の群れが少女に襲い掛かった。

 少女は動かなかった。ぎりぎりまで引き寄せてから、刃を一閃させる。

 百鬼夜行から悲鳴が上がった。少女は地面を蹴り、舞うように妖を斬り捨てていく。

 まさに演舞だった。異形の血飛沫を全身に浴びながら、狂ったように得物を振るう。その姿は悍ましいどころか、美しさすら感じられるほどに澄んだものだった。

 秋の夜長に披露される殺戮劇。観客は皆無。

 しかし、少女は舞台を降りない。最後の瞬間まで少女は舞を止めなかった。

 暫くして妖を殺し尽くすと、少女は動きを止めた。漆黒の髪は鮮血で斑に染まり、一部は既に乾燥してしている。着物にも血液が染み込んでいて、ずっしりと重くなっていた。

 少女は頬に付いた肉片を手の甲で拭った。無造作に拭ったせいで、取れるどころか更に広がった。

 息一つ乱すことなく、少女は屋敷を狙っていた百鬼夜行を殲滅してのけた。


「主様にお伝えせねば」


 少女が漸く発した言葉だった。

 任務を完遂し、危機は取り除いたと報告せねばならないと、使命感に駆られた呟きを零す。

 ふと、少女は視線を感じて振り返った。

 屋敷の門辺りに、人影がある。その人物を少女は知っていた。


「……若様」


 少女が主と呼ぶ者の孫にあたる青年だった。術者としてはまだまだ未熟者で、よく主に叱られている姿を見かけている。


「お疲れ様、紅姫べにひめ

「若様、お休みになられないのですか」


 妖の体液が滴り落ちる脇差を手にぶら下げたまま、紅姫と呼ばれた少女は青年に問う。


「もう寅の刻を過ぎております。夜更かしは身体に障り、霊気の循環をも滞らせることでしょう。また主様に叱られてしまいますよ?」

「俺がおじい様に叱られるのは年中行事さ。今更気にしたことではない」

「それだから、若様の独り立ちが遅れているのです。主様は遅々として成長なさらない若様の将来を大変憂いております」

「それは俺もだよ、紅姫」


 青年は汗と血と体液に塗れた少女を見て痛まし気に目を細めた。


「お前はいつまで、おじい様の式神でいるつもりだ」

「……? それは、主様が逝去なさるその瞬間までですが?」


 何を言っているのか理解できないと言いたげな紅姫は、昔からその姿を変えていない。それこそ、青年が少年、子供だった頃からずっと今の姿で、祖父の傍に付いていた。

 紅姫は祖父が造った式神だ。形代に精霊の類を宿らせて自我を持たせ、霊力で生成した人形。その姿は幼き頃の祖母を模したという。祖母は身体が弱く、青年の母を生んで間もなく亡くなった。因みに、青年の母も、彼を生んですぐに息を引き取った。

 この家に名を連ねる女は子を産むと命を落とす。祖父はそんな呪いを嘆くあまり、自らの手足である式神に、愛した女の姿を映してしまった。


「……俺は、とんでもないことを考えているのかもな」

「若様?」


 青年は紅姫の前まで進んで、その前で跪いた。


「どうされたというのです? 今宵の若様は様子がおかしい」

「紅姫、大事な話がある」

「はい?」


 青年は脇差を持ったままになっている小さな手を取り、握られた手の甲に唇を落とした。


「若様?」


 その声音に少しの動揺もないことが悔しくて仕方ない。

 当たり前だ。彼女は道具で、人ではない。人を模したモノなのだから。

 けれど、それを変えてみせる。


「次期当主、彰比古あきひこが誓う」


 祖父の哀しみと自己満足に縛られた少女を。


「式神が一人、紅姫。俺は、お前を娶る」


 その呪縛から、解放してみせる。


「俺の妻になってくれ、紅姫」

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