さて異端審問官はどうでるでしょうか。

 翌日、オルナバスと異端審問官は馬車で工房にやって来ました。


 こちらは私とホルトルーデ、そしてクリスに一号から三号までです。




 お茶請けは昨日がリンゴのクッキーだったので、今日はカステラにしました。


 お茶は東方から輸入しているものを用意します。




「さて、そちらが噂になっているケルベロスを使役している冒険者ですか」




「そうです」




「まず、その怪しげな仮面を取って素顔を見たいところですな」




 異端審問官の言葉に従い、一号たちが仮面を外しました。


 もちろん私と同じ顔がみっつ、並ぶことになります。




「な、なんだと――?」




 動揺しているのは異端審問官のみならずオルナバスもです。


 そりゃ私が余分に三人もいたら驚きますよね。




「これはどういうことですか? 説明を求めます」




「この三人はドッペルゲンガーという悪魔です。私の姿形を写し取っています」




「ドッペルゲンガー……! なるほど、そういうことでしたか」




 異端審問官が納得の色を見せる一方で、涼しい顔をしているクリスを睨みつけるオルナバス。




「クリス様は知っておられたのですか?」




「昨晩、聞いたばかりです。私も知ったときは驚きました」




「そうですか……」




 オルナバスは気を取り直して、カステラとお茶に手を付けます。


 さて異端審問官はどうでるでしょうか。




「フーレリアとドッペルゲンガーの三人に聞きます。悪魔召喚、そして契約の方法を誰か他の人に話しましたか?」




「……スロイス先生に話しましたね」




「「「私たちは誰にも喋っていません」」」




「スロイス先生、とは何者ですか?」




 異端審問官は不思議そうな顔で問いかけました。


 そしてオルナバスがスロイス先生の名を聞いて目を見開きます。




「スロイス先生に実際にご登場願いましょうか」




「どういうことだ、フーレリア。スロイス叔父さんはもう……」




 オルナバスの言葉は尻すぼみに消えていきます。


 一号が奥の工房からスロイス先生を呼びに行きました。




 すると宙をすべるようにして半透明のスロイス先生が現れたではありませんか。


 これには異端審問官もオルナバスも口をあんぐりと開けて呆けています。




「小生の出番でありますかな!?」




「す、スロイス叔父さん!? なぜ、……いやフーレリア。これは一体どういうことだ!?」




「死霊魔法です。墓地で漂っていたスロイス先生の霊魂から、スペクターを作り出しました」




 異端審問官が「死霊魔法だと!? 異端だ!!」と叫びだします。




「悪魔ばかりでなくアンデッドまで使役するとは、これが異端でなくてなんとする!!」




「おや、別にスロイス先生に悪事を働かせてはいませんよ。知恵をお借りしているだけです」




「そんなことはどうでもいいのだ! これを見逃したら、異端審問官として恥ずべき行為だ!」




「それはおかしいですね。悪魔召喚も死霊魔法も、悪用しなければ偉大なる古代の魔法を復活させた偉業に過ぎないと思うのですが」




「何を馬鹿な……」




 クリスは「フーレリア様は何も悪事を働いていない。それは昨日、そなたが質問して【真偽判定】の結果、分かったはずだ」と告げます。


 オルナバスも「確かに。驚かされたが、スロイス先生は善良な方だ。悪事を働くようなことはすまい」と援護してくれます。




 異端審問官は信じられないものを見るような目でふたりを見やり、ワナワナと震えています。




「そ、そのアンデッドに問います。この一ヶ月、王都へ行ったりしましたか?」




「小生がですか? いいえ、ずっと工房にて書物と格闘しておりましたぞ」




「そうですか……確かに悪事は働いていないようです。しかし王都の神殿には報告させていただきますからな」




 異端審問官はそう吐き捨てました。




 * * *




 結局、対策というほどの対策はとらないことになりました。


 正直に打ち明ければ、異端審問官は引き下がるだろう、というのが昨晩のクリスとの協議で得られた結論でしたから。


 もっとも、異端審問官は神殿に報告をするでしょうから、その後が問題になるとクリスは考えています。




 ……聖女が死んで神殿はそれどころじゃないんだけどね。




 それを知っているのは、今の所、私と神殿だけです。




 かくして異端審問官の審議は終わり、私たちには日常が戻ってきたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る