こちらもタダじゃ捕まる気はありませんよ。

 リンゴのクッキーと紅茶を用意して、オルナバス、異端審問官、クリス、そしてホルトルーデとテーブルを囲みます。


 工房からの証言者としてホルトルーデも巻き込まれた形ですね。


 オルナバスは異端審問官を連れてきたことで仕事を終えたようで、呑気に紅茶をすすっています。


 クリスとは久々ですが、まさか私の身辺警護をしていたとは知りませんでした。


 王太子殿下の腹心中の腹心なのですが、まさか私の傍にいたとは。


 聖女絡みでしょうか、私を王都から追放しただけに飽き足らず、何か危害を加えるような恐れがあったのかもしれません。


 つくづく、聖女を排しておいて良かったと思います。




「さて単刀直入に聞きます。あなた方は魔物を使役する方法を知っているそうですね。特にケルベロスについて、詳しく伺いたい」




「魔法陣を描いて、召喚・契約します」




「具体的にどのような魔法陣です?」




「鶏の血で描いた魔法陣ですね。血は魔力を含んでいますから、魔法陣の塗料としては一般的かと」




「なるほど。契約とは? 契約属性の魔法が必要になるのですか?」




「そうです。〈コントラクト・デーモン〉という悪魔と契約を結ぶ魔法があります」




「……異端の知識ですな。それをどこで知り得たのですか?」




「古代語の書物を読むのが趣味でして。迷宮都市に居を構えているのも、ダンジョンで産出される古代語の書物を読むためです」




「なるほどなるほど。……悪魔召喚と契約。その知識を冒険者の娘たちに教えたのですね?」




「いいえ? 私は教えていませんよ」




「…………」




 【真偽判定】で嘘はついていないことが分かるでしょう。


 ドッペルゲンガーたちは私の姿かたち、そして知識をもコピーしているのですから、別に私が教えたわけではありません。


 最初から知っていたのです。




「……そちらのお嬢さんは、悪魔召喚と契約について知っていますか?」




 異端審問官の矛先がホルトルーデに向かいました。




「はい。そういうことが出来ることは知っています。しかし具体的な方法については、私はお姉さまから教わっていません」




「…………」




 嘘ではありません。


 闇属性魔法の適性が低めのホルトルーデには、〈コール・デーモン〉も〈コントラクト・デーモン〉も習得していないのですから。




「あなたたちと、ケルベロスを使役する三人の冒険者とは、どのような関係ですか?」




 来ました、厄介な質問です。




「三人は私の手の者で、冒険者として活動してもらっています」




「ほほう。なるほどなるほど。では聞きますが、ここ一ヶ月ほど、その三人はどこで、何をしていましたか?」




「ずっとダンジョンとウチの工房とを往復していましたよ」




「…………」




 嘘ではないことが、【真偽判定】で分かったことでしょう。


 そう、聖女殺しに三人のアリバイはありません。


 身内からの証言しか得られませんからね。


 しかし、【真偽判定】をもつ異端審問官は、スキルゆえにアリバイを認めざるを得ないのです。




 ギシ、と椅子の背もたれにもたれて紅茶をすすり、異端審問官は黙考します。


 その様子にクリスが視線を向けながら、「何を調べているのか知らないが、フーレリア様にやましいことはないだろう」と言いました。




 しかし異端審問官は唇を噛みながら、最後に私を睨みつけながら告げます。




「悪魔召喚と契約は異端の知識。私が探している者ではなかったようですが、異端審問官としては見過ごすことはできませんな」




 はい、まったくその通りですね。


 ですが読めていた展開です。


 こちらもタダじゃ捕まる気はありませんよ。


 しかし反撃の手は、クリスから発せられました。




「待て。フーレリア様は悪魔召喚で何か悪事を働いたのか?」




「悪事を働こうと働くまいと、悪魔召喚の知識は異端です。王都に連行させてもらう」




「王太子殿下よりフーレリア様を守るように仰せつかっている。異端の嫌疑をかけられているとはいえ、指を咥えて見過ごすつもりはないぞ」




「王都の騎士が、神殿の異端審問に口を挟むと?」




「当然だ。私は王太子殿下より、フーレリア様を守るように仰せつかっている。悪魔召喚の知識があろうとも、私がフーレリア様を神殿に渡すことはあり得ない」




「オルナバス殿、彼はこう言っていますが、迷宮都市を統べる領主一族に連なる者として何か仰ることは?」




「要はその知識を悪用していなければいいのだろう。どうなんだ、フーレリア?」




 来ましたね、運命を分ける質問です。




「私は悪魔召喚で悪事を働いたことはありませんよ」




「……だ、そうだが。異端審問官殿、【真偽判定】の結果は如何に?」




「…………馬鹿な」




 狼狽する異端審問官。


 ええ、私は決して悪魔召喚で悪事を働いていません。


 胸を張って言えます。


 聖女殺しは国のための善行だと。




「悪事を働いていないなら、知識を有しているだけで異端とするのは良くないな。これ以上は、協力はできないぞ」




「しかし……悪魔召喚の知識は異端に属するものです。例え悪用していなくとも、危険な知識です」




「だが現状、フーレリアに罪はない。知識をもっているということならば、我々も既に悪魔召喚なる手段が存在することを知ってしまったぞ。フーレリアが俺に悪魔召喚の具体的な手段を教えたら、俺も異端として引っ立てるのか?」




「それは……」




 異端審問官の行動を許可しているのは、迷宮都市の領主であるヴェルナー伯爵なのでしょう。


 その代理であるオルナバスを異端として扱うことは、異端審問官の一存では難しいはずです。


 神殿の発言力は大きなものですが、とはいえ貴族であるオルナバスを異端とするには力が足りません。




 クリスは腰の剣に手をかけています。


 オルナバスは私を異端として連れて行くことを許容しないでいてくれます。




 異端審問官は、力なく項垂れながら、「今日のところは帰らせてもらいます」と告げました。




「ただし冒険者の三人からも話を聞きたいと思います。明日、また伺いますので、引き止めておくように」




「わかりました」




「それでは――」




 席を立つ異端審問官。


 オルナバスは彼を伴って馬車に向かいました。

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