でも惜しい、犯人は私なのです。
セバスチャンが工房にやって来ました。
「こんにちは、セバスチャン。今日はどうしたの?」
「お嬢様、冒険者ギルドに異端審問官が現れ、ケルベロスを使役する三人のことを調べていますぞ」
「……ほう。詳しく話が聞きたいですね。上がっていってください」
私は新作のガトーショコラと紅茶を用意して、セバスチャンから詳しい話を聞き出しました。
といっても複雑な話ではなく、魔物使いを探しているというだけの情報です。
なぜ神殿がそのようなことをしているのかも、セバスチャンたち冒険者は分からないのだとか。
受付や冒険者たちへの聞き込みもしているようですが、そもそも滅多に冒険者ギルドに顔を出さない一号たちの情報を持っているのは、アルベリクさんとセバスチャンくらいのものです。
どうやら神殿は聖女殺しの犯人探しに躍起になっているようですね。
魔物を扱う術をもつ一号たちに目をつけたのはなかなかやります。
でも惜しい、犯人は私なのです。
「魔物を扱うことが危険な技だと神殿に睨まれるのは分からなくもないのですが、それにしても急ですな。今までは見逃されていたというのに、執拗に三人のことを嗅ぎ回っているのです」
「その異端審問官たちは、王都からやってきたのではなくて?」
「そうなのです。よく分かりましたね。お嬢様、さては何か心当たりが?」
「ええまあ少し。でもここから王都まで離れているというのに、よく迷宮都市に異端審問官を派遣したものね」
「ふむ……王都で何か変事があったということですか……」
セバスチャンが頭を巡らせています。
王都と迷宮都市とは、馬車で一週間の距離です。
一号ら三人はダンジョンと工房とを〈ディメンション・ゲート〉で往復しているだけなので、アリバイはありません。
それでもウチの工房に関係していると知っているのも、アルベリクさんとセバスチャンくらいのものですからね。
ふたりが口を割るとは思えないので、安全です。
……などと甘いことを考えていた私は、ちょっと異端審問官たちを舐めてましたね。
* * *
午後、工房の前に馬車が停まったかと思うと、オルナバスが神殿の者を連れてやって来ました。
「フーレリア。聞きたいのだが、冒険者でケルベロスを操る三人の仮面の女性……あれはお前の関係者か?」
「唐突ですね、オルナバス。一体なんのことでしょう?」
「いやなに。こちらの方々が王都からやって来ていてね。神殿に対して重大な罪を犯した者がいるそうなのだが、その者がどうも魔物を扱うようなのだ」
「それをなぜ私に?」
「最近、迷宮都市で変わったことが起きたとき、その中心には君がいる。やけに品質の良い礼服を仕立てるようになった隣の仕立て屋は、お前のお陰で素材の品質が上がったと言っていた。職人街のみならず、迷宮都市ではお前の工房のお菓子はちょっとした流行を見せている。スロイス叔父さんの死にも立ち会っていたな」
「いや、それはさすがに言いがかりでしょう。どれも偶然や、私の錬金術の腕が良いからですよ」
「そうだな。だがフーレリア、お前ならばケルベロスを使役する方法も知っているのではないか? それを三人の手の者に教え、冒険者に仕立て上げた……と俺は見ている」
「ケルベロスを? まさか」
薄ら寒いにこやかな笑みを浮かべた異端審問官のひとりが、進み出ました。
「【真偽判定】。――ふむ、嘘をついていますね。その娘、ケルベロスを扱う術を知っているようです」
マズいですね。
嘘を看破する【真偽判定】のスキルを有しているとは、さすが王都の異端審問官。
「……フーレリア。残念だ。詳しく話を聞かせてもらおうか」
オルナバスが言ったその直後、彼らの背後に見覚えのある騎士が立っていました。
王太子殿下の護衛騎士のクリスです。
なぜここに?
「フーレリア様に危害を加えることは王太子殿下が許さない。私も話し合いに同席させてもらおう」
「……クリス様。分かりました、どうぞ」
オルナバスは神妙な顔つきになってクリスの同席を赦しました。
異端審問官はクリスのことを知らないようで、オルナバスに「その者は誰です? 関係ない者を関わらせるつもりは我々にはないのですが」と告げました。
「王太子殿下の騎士だ。フーレリアの護衛を秘密裏にしている」
「ほう……王太子殿下の……」
異端審問官の目が細められました。
嘘ではないことは、【真偽判定】で分かることです。
「よろしい。では話を伺わせていただきましょうか」
さて、厄介なことになりましたね。
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