エリクサーと賢者の石

どう考えたって、話が合うはずがない。(byカミーリア)

 私の人生、順風満帆すぎ。


 そんな風に思っていたからかな。


 足元をすくわれたのは。




 私には学院を卒業してから結婚する予定の婚約者がいた。


 人当たりが良くて家柄もよくて、なんと言っても見目が良いと三拍子揃った人だった。


 だからモテた。


 私は婚約者だから多少は不満にも思ったけど、なんていうのかな、近づいてくる子たちよりあの人の将来、隣にいるのは私だって優越感の方が勝っていたの。




 だから多少の嫉妬で済んだのよ。


 婚約者のいる異性に近づくのはマナー違反だけど、見逃してあげていたのに。




 なのに、学院の卒業間近のある日の晩餐で、私の皿のスープには毒が入っていた。


 それもとびきり厄介な石化の毒が。




 徐々に身体が動かなくなっていく恐怖。


 周囲の家族や使用人たちが慌てる姿が目に、耳に残っている。


 結局、完全に石になることになっちゃって、その後がどうなったのかは分からないけれど。




 そのときはまだ、自分の人生に起きたちょっとしたアクシデントだと思っていたのかなあ。




 * * *




 目覚めたのはそれから五年ほどの歳月を経た後だった。


 石化が解けて覚醒した私を、どこか見覚えのある男性が安堵したように微笑んだ。


 そしていささか老け込んだ両親に抱きしめられ、私は人生の階段を踏み違えたことにようやく気づき始めていた。




「さあオルナバスも」




「……えっ」




 知らない男性かと思っていたら、弟のオルナバスだった。


 そんなことってある?


 私、オルナバスに年齢を追い越されていたなんて。




 よく見れば部屋の調度も少し変わっている。


 壁際に立っている使用人に見慣れない者がいる。




 だからすぐに気づいたんだ。


 ああ、私の人生、順風満帆じゃなくなったんだな、ってね。




 * * *




 石化の呪いから解かれたことを知った元婚約者からは祝いの品が届けられた。


 元婚約者……そう、私が石化で眠っている間に別の女と結婚した裏切り者。


 いけしゃあしゃあと第二夫人にどうか、なんて手紙にあったのは背筋が寒くなるほどおぞましいことだったわ。


 第一夫人と第二夫人とでは扱いに雲泥の差がある。


 あの人の隣に常に立てないのなら、そんな結婚に意味なんてない。




 彼と結婚したのは、当時、彼に近づいてきていたファンのひとり。


 もっと気をつけておくべきだったの?


 それとも、気をつけておいたところで、石化していた五年間で婚約を破棄されるのは運命づけられていたの?




 婚約者だけじゃない、友人たちも皆、学院を卒業して五年の間に結婚して子供をもうけていた。


 呪いが解けた祝いの品が届き、「またお茶でも」という形式張った定型文が添えられているのを見る度に、彼女たちの現在を知って気が遠のいていく気がしたの。




 結婚して子供がいて、五歳も年上の元同級生。


 どう考えたって、話が合うはずがない。




 絶望的な気分になる。


 この世界でひとりぼっちになったような、孤独感。




 そして今日は私を治した命の恩人に礼を言うことになっている。


 学院を卒業したばかりの少女だそうだ。


 友人になるなら、同じくらいの年頃の方が話が合うかもしれない。




 私はオルナバスからその少女、フーレリアのことを聞いた。


 なんと王太子と婚約者だったにも関わらず、学院の卒業を機に婚約を破棄されたというのだ。




 ああ、仲間がいる。


 人生を踏み外した絶望感を共有できる仲間が。




 でもフーレリアは婚約破棄にも関わらず、迷宮都市でひとり、錬金術師として成功を収めていた。


 どうしてそんなに強いのかしら。




 友人になって、話をしたら分かるだろうか、彼女の強さの秘密が。


 命の恩人に会うのが楽しみになっていた。

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