大口の取引は気持ちがいいですね。

 リンゴのクッキーばかりが売れていきましたが、そろそろ天然酵母のために使った蒸留水や、〈加速の魔法陣〉も作成しなければならなくなりました。




 蒸留水は井戸水を〈原質分解〉して水以外の形質をすべて取り除くことで作成可能です。


 これは割と簡単。




 ですが〈加速の魔法陣〉については量産は難しいと言わざるを得ません。


 手書きの魔法陣ですから、どうしたって一枚を描くのに一時間から二時間はかかるのです。




 このままでは在庫切れを起こしてしまいます……。




 〈複製〉の錬金術を使えばいいのですが、〈複製〉すると品質が下がるのが欠点なのですよね。


 品質が下がると効果も下がりますから、天然酵母の作成時間がやや伸びることになります。


 一時間の砂時計ピッタリにはならないので、勘で出来上がりを察することになり、天然酵母の品質までも落ちる可能性が……。




 やっぱり〈複製〉は止めましょう。


 手書きの魔法陣を頑張って描くのが良いですね。


 店を閉めてから、集中して一枚一枚、作っていくしかないでしょう。




 さてそんな決意を固めていたところ、お隣の薬屋のおばあちゃんが工房にやって来ました。




「こんにちは」




「いらっしゃいませ」




「リンゴのクッキーをお裾分けしたのだけど、どうも評判が広がりすぎちゃったわね。迷惑していないかしら?」




「大丈夫です。キッチリ対価を頂いておりますので、工房の経営的には嬉しい悲鳴を上げているところです」




「あら、それなら良かったわ。……それで、今日はポーションを錬成してもらいたくて来たのよ」




「ポーションですね。普通のポーションでよろしいですか?」




「ええ。まずはこれと同程度の品質のものを五十本、お願いするわ。依頼料は金貨二十五枚でどうかしら」




 そう言って見本のポーションをテーブルに置きました。


 ふむふむ、これはあまり質の良いポーションではありませんね。


 それともこのくらいのポーションが迷宮都市の標準なのでしょうか。




 ポーションを観察していると、薬屋のおばあちゃんは、金貨二十五枚をテーブルに積みます。


 ふむ、ポーションは一本が金貨一枚で売られているはずですから、おばあちゃんの儲けは金貨二十五枚ですね。


 対してこちらはポーションの素材費がかかる分だけ儲けが少なくなります。


 下請けの辛いところですね。




 とはいえクッキー作りにも飽きてきた頃です。


 依頼を受領しましょう。




「分かりました。これで受けさせてもらいます」




「そう? じゃあよろしく頼むわね」




 見本のポーションと依頼料を置いていった薬屋のおばあちゃん。


 さあ、まずは素材集めからですよ!




 * * *




 薬師ギルドで薬草を購入し、等級の適切な魔石を冒険者ギルドで購入します。


 薬師ギルドではギルドに勧誘されましたが、なんとか突っぱねて来ました。


 薬師ギルドに登録すると、薬草などの購入に割り引きがつくようになりますが、同時に年会費も支払わなければなりません。


 年会費は馬鹿にならない金額ですので、薬一本で食べていくような人でない限り、割り引きよりも年会費の方が重いのです。




 私は雑貨屋を目指しているので、薬だけを作るわけにはいきません。


 なので特定のギルドに加入するつもりはありません。




 さて素材が揃ったので、ポーションを作成しましょう。


 まず薬草の下ごしらえから。


 薬草は茎から葉をむしり取り、葉だけを使用するようにします。


 茎にも薬効はあるのですが、効果はさほどではなくむしろ品質を下げる要因となるので、取り除くのが正解。




 次に魔石をすり鉢で砕いて粉末状にします。


 何気に力仕事が多いですよね、錬金術。


 ゴリゴリと魔石を粉末状にしたら、完成です。




 さてお次は?


 安定剤を作成しましょう。


 素材は蒸留水、そして薬草の茎を使用します。


 ポーションの安定剤は水と植物から錬成できるため、薬草の茎を無駄なく使うためにも安定剤の素材になってもらいましょう。


 錬金釜に素材を投入して、魔力を流しながらかき混ぜます。


 魔力が通ったら、安定剤の完成です。




 さあ、いよいよポーションの作成です。


 薬草の葉、粉末状にした魔石、安定剤、そして蒸留水。


 これらの素材を錬金釜に投入して、魔力を流しながらひたすらかき混ぜます。




 ぐるぐる……うん、こんなもんかな?




 時折、錬金釜の中を確認しながらポーションの様子を見ます。


 出来上がりは勘になりますが、ポーションは割と何度も作ったことがあるので自信はあります。




 後は劣化防止の小瓶に移すだけですね。


 劣化防止の小瓶は以前、大量に〈複製〉して〈ストレージ〉に仕舞ってあるため、五十本程度は余裕で出せます。




 さてさて、出来上がったポーション五十本を見るに、見本よりだいぶ品質が高いものが出来てしまいました。


 品質が悪いよりは良いのですが、これをそのまま流通させるのも気が引けます。


 良質なポーションが品質の低いポーションと同価格で売られたら、トラブルの元になりそうですからね。


 ここは〈複製〉で品質をわざと下げることにしましょう。




 五本を五十本に変える〈複製〉を実行します。


 劣化防止の小瓶に入ったポーションを一本、錬金釜に投入。


 然る後に〈複製〉用の混ぜ棒で魔力を流しながらかき混ぜます。




 するとどうでしょう、錬金釜の中にあったポーションがふたつ、みっつと増えていきます。


 中のポーションが十本になったところで〈複製〉を止めて、錬金釜の中身を取り出しました。




 品質は……見本より若干ながら良い程度に収まりました。


 これなら誤差の範囲です。




 私は残り四本のポーションも〈複製〉して、合計で五十本の低品質ポーションを作成しました。




 結果から言えば素材に金貨五枚も費やしてしまいましたが、〈複製〉で水増ししたので次からの依頼があれば素材費はかからずに納品が可能です。


 まあ先行投資という意味では悪くなかったかな。


 何気に金貨二十枚の儲けですし。


 大口の取引は気持ちがいいですね。

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