作者冥利に尽きるというものですね。
スーザンちゃんの店の左隣は魔法具屋でした。
店主は口ひげがダンディな紳士で、迷宮都市らしくダンジョンで役立つような魔法具が多かったです。
スーザンちゃんの店の右隣は靴屋さんでした。
お向かいの仕立て屋さんとコラボしているのか、既製品も置いてありましたがオーダーメイドで作ってくれるみたいですね。
店主はまだ若い青年でした。
さてクッキーの余りはひとまずラッピングしてから〈ストレージ〉に仕舞っておきましょう。
時間経過がないので、クッキーが悪くなることはありません。
さて今日は〈ストレージ〉に入っている家具を部屋に配置しましょうか。
どうやらお仕事をもらえる気配もありますし、早めに引っ越しの荷物整理を済ませるべきでしょう。
そう思って工房を閉めていると、お向かいのスーザンちゃんが店から飛び出してきました。
「美味しいよ! ……じゃなかった、ありがとうフーレリアお姉ちゃん! クッキー、すっごく美味しかったです!」
「あら、お口に合ったなら良かった」
「口に合うに決まってるよ! お父さんが黙ってどんどん食べちゃうんだもん! お菓子を食べるお父さんなんて始めて見た!!」
「男の人だってお菓子は食べますよ?」
「うん。でもウチのお父さんは食べるの見たことなかったからビックリしたよ。お母さんも『甘いものは好きじゃないのに』って驚いてたもん!」
「それは……辛党なだけでは?」
「辛いものが好き……?」
「ああ、違う違う。甘党は甘いものが好きな人のことだけど、辛党っていうのはお酒が好きな人のことを言うのよ」
「そうなんだ! じゃあお父さんは辛党だよ! でもお姉ちゃんのクッキーはバクバク食べてたの!」
「そう。お口に合って良かったわ」
「もうもう! 凄いのに! お姉ちゃんのクッキー凄い美味しいの! ねえ、お姉ちゃんのお店はお菓子屋さんなの!?」
「雑貨屋にするつもり。お菓子も取り扱うかは考え中」
「絶対、売って! お小遣い貯めて買うから!」
「そっか。ならお菓子も置いちゃおうかな」
スーザンちゃんはその後もいかにクッキーが美味しいかを語って、最後にはヘトヘトになりながらお店に戻っていった。
よほど美味しかったらしい。
作者冥利に尽きるというものですね。
ひとまず今日は工房を閉めて家具の配置です。
実家から持ってきた家具はどれも高級品ですが、売る当てもないのでそのまま使いましょう。
プライベートスペースなので誰かが見ることもないでしょうし。
天蓋付きのベッドは流石にどうかと思うので、明日は普通の家具屋に行って普通のベッドを購入しましょうか。
* * *
翌日の朝。
家具を買いに工房を出たところで、斜向いの魔法具店の店主が、こちらに速歩きでやって来ました。
「おはようございます、フーレリアさん」
「おはようございます。どうかなされましたか?」
「どうもこうも……あのクッキー、美味しすぎます。芳醇なリンゴの香りを閉じ込めたようなクッキー、あれは売り物ですか?」
「はい。お向かいのスーザンちゃんも気に入ってくれたようなので、工房の売り物にしようかと思っています」
「買います。もし余っている分があるなら、それか新規に作って頂けるのであれば、すべて買います」
「すべて? そんなに多くのクッキーをどうされるんですか?」
「あ、はい。実は店では上客が来店されたときのためにお茶を出すのですが、あのリンゴのクッキーはお茶請けに出すのに相応しい出来だといても立ってもいられず、こうして声をお掛けしたのです」
なるほど、お客さんにお茶を出すこともあるのですか。
そういえば魔法具は高価な品も多くあります。
客単価が高いため、お茶を出すようなサービスも行っているのでしょう。
「分かりました、そういうことでしたら余っている分があるのでお売りしますよ」
「本当ですか! ありがたい!」
「では一度、家の方に戻って取ってきますね」
そう行って私は工房に戻りました。
〈ストレージ〉から余っていたラッピングされた紙袋を取り出します。
さて、これを幾らで売るのか、それが問題です。
駄菓子ではないので、銅貨数枚では売れません。
貴重な〈加速の魔法陣〉を用いたものですし、材料費と人件費を考えると安売りできません。
高級路線で行くか……。
「お待たせしました。リンゴのクッキー、六袋、ひとつ銀貨一枚です」
「銀貨六枚ですね。購入させて頂きます」
迷う素振りもなく即決でしたね。
値付けが甘かったとは思いません。
それだけクッキーの味を認めてくださっているのでしょう。
私はクッキーの袋と銀貨を交換しました。
まさか雑貨屋で初めて売れた商品がお菓子とは。
まあいいです。
取り敢えず在庫がなくなってしまったので、後で市場にも寄って素材を集めてこなければ。
スーザンちゃんがお小遣いを貯めて買うには少しお高い値段設定ですが、適正価格だと思うのでこればかりはどうしようもありません。
せめて在庫を切らさないようにはしてあげましょう。
この判断は後に正しかったことが判明します。
リンゴのクッキーは、お裾分けされた職人街の女性たちを中心に評判となり、買い求める人が後を絶たなかったのです。
作った端から売れていくので、腕が痛いですね。
嬉しい悲鳴でした。
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