隣人のスパイ
某国のスパイが隣に引っ越してきた。某国は、敵国の世論をも工作によって思うがままに操ってしまうほどのスパイ強国だ。
そんな国のスパイを、なぜただの一般人に過ぎない僕が見破ることができたのか。
「隣に越してきたレナ・イヴァナウスカスです。スパイやってます!」
答えは簡単。彼女が、ドジだったからだ。開口一番にそう言い放った後で、
「あ、違う。記者をやってます。よろしくお願いします」
と訂正した。すかさず僕は追及する。
「え、今、スパイって言いましたよね」
「言ってませんが?」
彼女はしらを切った顔をする。なるほど、そういう態度で来るわけか。回り道をすることにした。
「そうなんですか、日本語お上手ですね」
「えへ、そうですか? 私頑張ったんです。『日本人は外人が日本語喋るだけで喜ぶ』って教官にもよく言われてましたから」
「その、教官ってのはスパイのですか?」
「そうですねえ――いや、あはは、違いますよ? あ、アニメの話ですか。日本ですもんね。私も好きですよアニメ。心臓を捧げよ!」
もはやこちらを欺くために逆にわざとドジを演じているのではとすら思えてきたが、一応あらためて尋ねた。
「スパイ、ですよね? 僕は騙せませんよ」
彼女の方から明かしてきたのだから、もちろん騙せない。誰も騙されないだろう。そこで彼女は虚を突かれたような顔をして、
「な、なぜ、それを!」
と驚く。こっちが驚きたい気分だった。
「日本はスパイ天国だから、初心者向けだって教官言ってたのに」
「たぶんその口の軽さは初心者以前の問題ですよ」
教官も頭を抱えていたことだろう。もう世間話ぐらいの気やすさで、僕は訊いた。
「ところで、何をスパイしに来たんです?」
「そんなこと、言うわけないじゃないですか。バカにしないでください」
意外にも、彼女はそう言った。
「我が国のソウルフードを、あの手この手でステマしようとしているなんて、言えるわけないじゃないですか。教官も、腹を抑えればこちらの勝ちだ、お前の働きにこの国の未来がかかってるって言ってくれたんですから」
そして、気勢を上げて、言い切った。彼女の瞳は、使命感に燃えているようだった。
もしや彼女は厄介払いを受けただけなのではないか。内心そう思ったが、口には出さなかった。
「まあ、頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。こちらも笑みを返したつもりだったが、苦笑いしか出てこなかった。頭を下げドアを閉めた。
一応、念のため、必要はないとは思うけども、それが仕事なので公安に報告だけはしておくことにした。
しかし、結構可愛かったな。僕は一人つぶやいた。
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