寿命の仮想通貨化

 医療の進歩で、人の寿命はなくなった。


 いや、正しくはなくすことができた。金を払い処置を続ければ、細胞のテロメアを伸ばすことができ、少なくとも寿命で死ぬことはない。


 そのうち、その寿命を価値と見做す者が現れた。金で寿命を買えるのだからその逆もしかり、と考えたらしい。彼は〝Life〟という名の仮想通貨を作り上げた。


 寿命を投資し、金に変え、その金で寿命を伸ばすことができるので、投資家はこぞってこの通貨を買った。


 ある日、仕事の休憩時間に、今となっては絶滅危惧種の喫煙スペースにて、二人の男が話していた。〝Life〟についての話だった。


「また〝Life〟の値段が上がった。俺の今の暫定寿命は、1023年だ。笑いが止まらんよ」


 髪を整髪剤でオールバックにしている男は、実際、ニヤついた笑いを抑えられない様子だった。一方、無精髭を生やした男の方は、首を傾げている。


「未だに分からんのだが、かつての数多の仮想通貨のように、暴落したりはしないのかね。とてもじゃないが、僕は自分の寿命を投資するなんて、できないよ」


 オールバックは笑った。少し小馬鹿にした笑いだった。


「要らぬ心配ご苦労さんだな。こういうのはな、誰もが欲しがれば値段は上がり続けるんだよ。寿命が欲しくない奴がいるか?」


「うーむ……」


「まあ、今更買うには値段が高いから、そう腐したくなる気持ちも分かるがな」


 基本的に現代社会の人間は、寿命を全うできる。ガンなんかもすでに特効薬ができてたし、その他の病気の治療法は全て確立されてるから事故以外じゃ滅多に死なない。


 だから、〝Life〟で数世紀分の寿命を得ることに躊躇のある人間はいない、というわけだ。


 その点、この無精髭の男は、珍しい部類の人間だった。オールバックを変な生き物でも見るかのような顔つきをする。


「寿命なんて不確かなものに、投資するなんて僕にはできないよ」


「寿命は確かさ。人間様の医療技術の担保があるんだからな」


 休憩時間は終わり、二人はタバコの火を灰皿に押しつけて、喫煙スペースを出た。


 無精髭の男は、寿命がないってことは気が遠くなるほど長い時間をこうして働かなければならないんだろうなあ、とぼんやりと考えた。


 その次の年、世界は激震した。


 宇宙から飛来した隕石に、未知の病原菌が付着しており、それが全世界へと瞬く間に感染していったのだ。


 流石に発展した人類の医療技術でも、宇宙由来の未知の病原菌には、無力だった。


 さらに次の年には、人の主な死因が金のない人間の老衰からその病原菌によるものに塗り変わった。


 医療技術は、人の寿命を担保できなくなってしまったのだ。


 オールバックの膨れ上がった2022年分の寿命は、一瞬で、立ち消えとなった。

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