限りなく透明に近い集合住宅

 『限りなく透明に近い集合住宅』


 という謳い文句である団地が売りに出された。


 かつて個の尊重を推し進めた結果、国民一人一人の孤立が深まり、たとえ隣人が事件を犯したり死んでいたりしても無関心になっていた。


 このことを危惧した政府によって建てられた団地である。


 その内容は、一部のトイレや寝室などのプライベートスペースを除いて全ての場所が共用スペースとなっている、というものだった。つまり、巨大シェアハウスのようなものだ。


 キッチンは下手なレストランにもないような広々と充実した設備が整ったものが、設置されている。食堂も高級ホテルといった趣だ。風呂は大浴場になっていて、銭湯に行く必要を消滅させていた。リビングにあたる談話室には、居心地の良い空間が著名なデザイナーによって形作られていて、住民すべてが集まってもなお余裕のあるスペースが取られていた。


 設備も整っていたし、これは試験的なもので国からも補助金が出ていたから、家賃も安かった。そういうわけで、入居者はすぐに集まった。


 応募者の中にはあぶれてしまった者もいて、この団地に入れなかったことをとても悔しがった。逆に入れた者は優越感に浸った。


 この『限りなく透明に近い集合住宅』での新生活がはじまると、住民たちは口々にこの場所を褒めた。


 設備は整っているし、今のこの国では消滅しかけている「繋がり」というものが、この団地にはたしかに存在する。


 談話室に行けば誰かしらに会うことができるし、誰かと会話しながら作ったり食べる料理は社会人になるとなかなか得難いものだ。


 家賃も安いし。


 というわけで一ヶ月後、国の役人がアンケートを取ると、大変素晴らしいとの評価をもらうことになった。


 企業はこの結果を受けて、さっそく似たようなモデルケースの団地をそこかしこにポンポン作る計画を立てた。


 個の時代はもう終わりだ。これからは江戸の長屋に逆戻りして、共有し協力する時代なのだ。


 それからしばらくの時が経った。


「そういえば、一時期話題になったアレ、あの団地ってどうなったの?」


 ある日の午後、閑静なカフェでマダムたちがコーヒーを飲みながら例の団地の話題を出した。


「ああ、アレ。なんか今では住民のほとんどがプライベートスペースにこもって結局交流とかしてないらしいわよ」


「あらまあ」


 クスクス笑いながら言った。


「やっぱ大事なのは距離感なのねえ」

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