白いワンボックスカー

 学期末ということで今日の授業は午前で終わった。開放感とともにまだ太陽が空高く位置する時間に家への帰途についた。


 幼なじみと連れ立って歩いていると、前方からゆっくりと白のワンボックスカーが走ってきた。


 狭い路地だったから、僕らは無意識の中なるたけブロック塀に体を寄せて車を避ける。


 既視感があった。


「あの車、昨日も来なかったっけ?」


 幼なじみがその答え合わせをする。僕は、つい昨日も同様の体験をしていたことに思い至る。


「そういや昨日も避けたな」


 同じ時間帯に同じ道を走る自動車。


 ずいぶんと規則正しく動くものだと思った。


 仕事か何かだとすれば納得も行くのだが、わざわざこんな小道を通っていく理由がわからない。何かの近道にでもなっているのだろうか。


 こんな狭い町で、こんな狭い道を通ってまで急いでいくようなところなどないだろうに。


 幼なじみが言った。


「誘拐犯だったりして」


「は?」


「誘拐の予行演習に、人通りのない道を巡回してるんだよ」


 幼なじみは、少々想像力がたくましい。なにか妙な出来事があると、すぐに事件に結びつける。


 平和な世界に生きているからこその、非日常を求める思考回路の産物だった。


「じゃあ、俺らは誘拐犯に目つけられちゃうわけ?」


 冗談まじりにそう言った。


「かもね」


 幼なじみもくふふと笑って、やはり本気でそんなことを言っているわけではないということを示す。


 きょうび、誘拐なんてニュースでも聴かないし、無意識下でもまさか自分たちにそんなことが降りかかるわけがないと思っていた。だってこれまで十年以上、そんな出来事に出くわしたことはなかったからだ。


 白いワンボックスカーについての話題はそれで終わった。小学生の話題の対象は移ろいやすいのだ。今は、道端に寝転ぶ猫へとその対象は移動していた。


「ここか? ここがええんか?」


 幼なじみが、猫の尻を撫でる。猫は気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らす。


 僕はその様子を後ろから眺めていた。道の向こうから車がやってきた。


 白いワンボックスカーだった。


「あれ、あの車」


 僕の声に、幼なじみは振り向いて、向こうからゆっくり近づいてくる白い車に目をやる。


「え、なんで……?」


 戸惑っているうちに、車は僕たちに近づいてきて、そして止まった。僕は思わず幼なじみの手を掴んで立ち上がらせる。それは意識してのことではなかったが、たぶんさっきの妄想話が後を引いていたことは確かだった。


 車から、中年の男が姿を現した。疲れた、無表情な顔をした男だった。そこで握った幼なじみの手のひらに力が入ったことに気づいた。


 僕はランドセルの防犯ベルに手をかけた。


 中年の男は、そんな僕らを見てから、真一文字に結んだ表情を破顔させた。


「ああ、怖がらせてすまん。おじさん、この辺りの道に詳しくなくてな。迷ってしまったんだ。○○公園って知ってるかい?」


 なるたけ不安にさせないよう気を遣った声で彼は言った。


 まごつきながら僕が教えると、おじさんは笑顔のまま車に乗って、去っていった。


 自動車を見送りながら、僕は息を吐くように言った。


「な? 誘拐なんてないだろ?」


「……しょうちゃんビビってたじゃん。防犯ベル握っちゃってさ」


「万が一に備えるのが、賢い男なのだ」


 それで、この話は終わった。この後、不自然なくらいに強引に話を変えたからだ。なぜかお互いにこの出来事を必要以上にネタにすることを避けているようだった。


 結局、非日常的な事件などに僕らは巻き込まれず、家の前へと着いた。幼なじみは向かいの一戸建てに住んでいるので、そこで手を振って分かれた。


 後日、ニュースで僕たちの住んでいる町の名前が出た。殺人犯が潜伏先の町で捕まったというニュースだった。


 そこに犯人として先日のおじさんの顔が写っていた。

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