〝小説の場所〟

 僕は自分だけの雑誌を持っている。僕の、僕による、僕のための雑誌だ。


 つまりどういうことかというと僕の脳内雑誌ということである。


 「なんだ脳内かよ、つまりただの妄想じゃん」と同級生のタカシくんはバカにしたが、彼が考えているような、そんなちゃちなものではない。僕の雑誌には僕の考えた小説が15も連載されているし、面白さの順に掲載順が決まり、つまらなかったら打ち切りの憂き目にあう。日々生き残りをかけて小説同士が争っているのでそのラインナップはそうそうたるメンツである。繰り返すが脳内での話だが。


 そんな普通の雑誌と遜色ない脳内雑誌なのだから当然、立派なタイトルだってある。タイトルはずばり〝小説の場所〟だ。


 今日、その〝小説の場所〟の看板タイトルである作品が堂々の完結を迎える。主人公が拐われたヒロインを救うために、巨悪との戦いの道を行く冒険小説である。



 理不尽に人を虐げ暴力でもって人を支配する巨悪との決着がついにつき、主人公はヒロインを取り戻して大団円を迎えるのだ。今からでも感動の涙が出る予感がしてならなかった。


 僕は脳内で、最終話の構築を始めた。


 しかし、それを中断するように、玄関の扉が開いて、父親が帰ってきた。今はまだ夕方であるが、父は完全に酔っ払っていて顔が赤く、酒臭さを身にまとっていた。


「おい、帰ったぞ! 飯!」


 リビングにひっそりと座っていた母は黙ってキッチンへと向かい、冷蔵庫から何かを取り出し始めた。父がこっちに来る前に、自室に戻ろうとしたが、間に合わなかった。


「おお、ヒロト。帰ったぞ」


「……」


 動揺して、返事を返すのが遅れた。父は、それだけで気分を害したようで、低い声を出した。


「おい、おかえりなさいが言えないのか。よおヒロト」


「お、おかえりなさ――」


「聞こえねーよ! 俺の子ならはっきり喋れや!」


 と言って僕の耳を引っ張ったので、痛みから懇願するように父を見た。しかし、それがまた気に入らなかったらしかった。


「おい、なんだその目は。反抗する気か」


「ううん、そんなこと――」


 突然、衝撃が襲ってきて、肺の中の空気が全て出ていった。息苦しさで座り込み、それから徐々に腹のあたりがズキズキと痛む感覚を覚えた。父が僕を殴ったのだ。それから、一発二発とおまけとでも言うように殴りつけられた。やっと治りかけていた腹のアザが、また増えるのだろうな、とぼんやり考えていた。


 なにも反応を示さない僕に興が醒めたのか父は悪態をつきながら自室へと戻っていった。母は何も言わずにそれを見つめている。我が家では暴力が常態化していたのだ。


 しかし、僕はなにも悲観するところはなかった。父がいくら暴力を振るってこようとも、母が僕に何ら興味を抱かずとも、そんなことは些末な現実に過ぎなかった。


 〝小説の場所〟は誰にも侵すことはできないし、そこにいる間の僕は、何にでもなれるのだから。

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