あなたは知ってましたか

 尖った髪型の男は、隣の男に声をかけた。


「絶対俺の方が、有名だね。日本といえば俺、みたいなところあるから」


 隣の男は呆れたようなため息をついた。


「今どき、日本だからどうこうというものでもないだろう。最近ではどのサービスもほとんど海外製のものらしいじゃないか。過去の栄光にすがる男はみっともないよ」

「それでも、おまえよりは、有名に違いない。なんだっけ、おまえの名前。そもそも長ったらしくて覚えられないんだよ」

「それはキミの記憶力がお粗末なだけさ。キミなんてそもそも覚えられる以前に知られてすらなさそうじゃないか」


 彼らは近所ということもあって、このところ毎日こうして貶しあっていた。その内容も、変化に富んでいるわけでもなく、いつもどちらが有名かどうかというものだった。それ以外に争えるような所はなかったのかもしれない。

 隣の男は勝ち誇ったように言った。


「僕は、少なくとも世間の人々の役に立っている。僕がいなくなったら、みなはすぐに気付いて、そのありがたみを思い出すことだろう。その点キミはどうだ? いてもいなくても変わらないじゃないか。しょせんキミは、にぎやかしさ」

「見目がいいと言って欲しいね。なんだい、おまえのその無骨な外見は。面白みのかけらもないじゃないか。そんなんじゃモテやしない。知名度だって低いに違いない」

「……機能美と言って欲しいね。そもそもなんだ、キミは僕と張り合うには力不足なんだよ。ただの安価な偽物なんだからね」


 尖っている男はカッとなって語調を荒げた。


「キ、キサマ。言ってはならないことを言ったぞ……! 吐いた言葉はもう、帰らないからな!」

「図星を突かれたらすぐこれだ。緑色の顔が赤くなってら」


 ヒートアップして当初の目的すら忘れて罵りの言葉をぶつけ合っている二人を、諌めるようにまた別の、口先の赤い、黒い液体を内容する魚の形をしたプラスチックが言った。


「まあ、二人で言い争っても結論は出ないだろう。ここはひとつ、あそこの人間が知ってるかどうかで勝敗を決しようじゃないか」


 この意見は、とても建設的なものと思えたので、尖っていて緑色の刺身のパックに入っているアレと、食パンの袋の先を止めるアレはひとまず頷いた。

 スーパーで買い物をする夫婦らしき二人がそこへ近寄った。

 男の方が、ちょっと思いついたように女へ尋ねた。


「なあ、この刺身に入ってる緑のこれと、食パンのコレ。名前知ってるかい」


 好機とばかりにバランとバッグ・クロージャー、ついでにランチャームは少し身構える姿勢になった。

 女はぶっきらぼうに言った。


「いや、どっちも知らないけど……てか名前あんの、それ?」


 男はなにが面白いのか大口を開けて笑った。


「はは、まあ、俺も知らねえんだけど。まあ知らないところでなにも困らねえからな」


 あとに敗者だけを残して、その夫婦は食品売り場を去っていった。

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