異文化交流

 ひょんなことから仕事の同僚であるイタリア人の家で、ランチをいただくことになった。「イタリア式のランチを食わせてやるよ!」とやたら自信ありげに同僚が言うので、一度も日本から外へ出たことのない私は、それなりの楽しみを持ってその家へと向かった。


 同僚の家につくと、玄関から上がってすぐ、同僚の妻が迎えに出た。そして、私の目の前で同僚とその妻は熱烈なキスを交わした。彼らは新婚らしいが、それにしても日本ではあまり見受けられない光景に、若干の気遅れを覚えてしまう。ようやくキスが終わると妻が案内をしてくれて、居間へと通された。居間には同居しているらしい同僚の祖父母と、小走りに駆け回る子どもたちがいて、なかなかに賑やかな様子だった。


 子どもたちは物珍しい来訪者に興味津々のようで、笑顔を見せながら私に話しかけてきた。何を言っているかはわからなかったので、曖昧な笑みを返した。


「では、ゆっくりしていってくれ」


 居間のテーブルに促されて椅子に座るとキッチンから料理が運ばれてきた。ご存知パスタに始まり、色とりどりのサラダ、グラタンのようなひき肉とチーズを使った料理に、トマトスープなどが所狭しとテーブルに並べられた。


「イタリアでは、朝食の時に昼食はなにを食べるか、昼食の時に夕食はなにを食べるか決めるんだ」


 と同僚。「さあ、食べてくれ」私はそれを合図に食べようとした。


 しかし、マナーが気になった。イタリアではなんとなくだがテーブルマナーがなっていないと舐められてしまうのではないか、という疑念が頭をよぎったのだ。同僚がそんな人間ではないというのは頭ではわかっているのだが、私は臆病な人間だった。


 そこで、目の前でゆっくりとした動作で食事を摂ろうとしている老人に目をつけた。彼の動作を真似れば間違いないだろう。さっそく実行に移した。


 老人は大皿のおかずをまず、取り皿に小さく取った。私はそれを真似した。


 老人は、パスタをトングで絡め取り、取り皿に乗せた。私は自信満々にそれを真似した。


 最後に老人はサラダを乗せて、お子様ランチのようなプレートを作ると、一旦動きを止めた。私は少しニヤつきながらそれを真似した。


 どこからか同僚の妻が眠そうにしている4、5歳ぐらいの少女を連れてきた。


 老人は取り皿に小分けして盛ったお子様ランチをその少女へとゆっくりと手渡した。


 同僚が不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「日本では、一旦小分けしてから食べるのが普通なのかい?」


 私は取り皿に乗せた料理を少し眺めて、それからにっこりと微笑んだ。


「日本では常識だよ」

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