映画館最終日
「最近の子って、映画は倍速で見るんだってな」
「らしいですね」
「そんなに急いで、どうしようってんだろうね」
老人がぼやく。
ゆうに五十人は座れるように用意してある座席には、今、二人しか座っていない。
情報が氾濫した社会での弊害が、ある小さな町の小さな映画館にやってきていた。映画より刺激的で手取り払い娯楽は世間に溢れ、仮に映画を見るとしてもサブスクで好きな時に好きなだけ見れるようになったから、わざわざ映画館に来てまで時間を潰すような奇特な人間は、いなくなってしまったのだ。
「映画の製作者も、間とか台詞の緩急とかいろいろ、計算して作ってるのにそれを倍速しちゃあねえ」
「映画を楽しむ、というよりは、話題についていくことの方が重大で、深刻な問題なのでしょう」
老人は「最近の子はけしからん」というようなベタな調子で言っているが、実際のところ、仕方のない部分もあるのだと思う。
僕が子どもの頃はわざわざ友人の家の電話にかけて、親に取り次いでもらって遊びの約束をしていた。
老人が子どもの頃はわざわざ友人の家に出向いて呼び出しをかけたり、いつもの集合場所にいるかいないのかも分からないのに集まって遊びに行っていた。
その頃と今は大きく違っている。
今の子は、ほとんどの時間を、SNSやメッセージアプリで知り合いと繋がっている。常に会話をしているようなものだ。自然、話題の移り変わりは激しくなりコミュニケーションも高速化されていくのだろう。
映画はその変化のスピードについていけなくなった、それだけの話だ。
若者の活字離れが叫ばれて久しいが、それが映画にも来たというだけの話だ。
と、頭では理解していても、やはり納得できるものではない。
「しかし、悔しいですね」
思わず呟いていた。老人はにわかに気色ばんで、
「君も、そう思うか」
と言った。
「僕は青春をここで過ごしましたからね。無くなるとなると、悲しいものがあります」
老人は遠い目をして、前方の巨大なモニターに目をやった。
「変わらないものなんて、こうやって淘汰されちまうんだろうな」
「……」
「さて、最後に何か見るとするか」
老人は立ち上がり、力なく微笑んだ。
「……ですね」
前を見たまま、僕は同意した。
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