空へ

 少年が頭上を見上げると、そこには大空が広がっていた。目に優しくない青色で、不気味なほど雲一つなく、不安になる程広い空が。


 少年はそのことをいかに気味悪く思っているか、言葉を尽くしてまわりの大人たちに説明したが、彼らは笑うだけで真面目に取り合ってはくれなかった。


「空は青いもので、広いものじゃないか。雲に関しては日によってまちまちだが、それが一つもないのも、清々しくていい」


 実際、本で読む限りでは大人の言っていることは間違っていなかった。となると、間違っているのは少年の方ということになる。少年の理性はそう訴えるが、どこかで心がそれを否定していた。


 それからしばらく経った。ついに少年は行動を起こした。空へ昇って、自分好みに塗り替えてしまおうと考えたのだ。


 それは、子どもながらの空想的なもので、ろくに計画立てられたものではなかった。しかし、彼は確かな意志で実行に移した。リュックには日持ちのする、完全栄養食のタブレットを詰め込んで。


 街の外縁部に取り付けられた作業員の乗り込む昇降機に紛れ込み、少年は空に近づいた。タブレットを一粒飲んだ。


 非常用らしい階段を見つけた。そこを駆け上がり、また空へと近づいた。タブレットを一粒飲んだ。


 酸素が薄くなり、呼吸がしづらくなったことに少年は気づいた。作業員が乗り込んでいる〝舟〟を奪って空へと近づいた。タブレットは残り少なくなっていた。


 気づけば少年は青年へと変わっていた。当初思っていたよりも長い旅路になった。少年の目的も空を塗り替えることから、この旅路の果てになにを見ることになるのか、そちらに興味が移っていた。


 青年は空の底についた。これはおかしいと青年は思った。本で読んだ空には底がないはずで、その先には宇宙があるはずだった。


 そこに思い至って青年は歓喜した。少年の頃、自身の覚えた空への感想は正しく、大人たちが間違っていたのだ、と。子供の頃見上げた空は偽物だったのだ。


 青年は最後のタブレットを口にして呟くように言った。


「人生は棒に振ったけれど、僕は間違ってなかったんだ……」


 数年後、ある少年が空を見上げて言った。


「あの空の向こうには、何があるのだろう」

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