旅する勇者がきらう町-イージー・モード-/【ワンカット】

#0/旅する勇者がきらう町【イージー・モード】



【旅団 荷台の上】/昼間・晴れ


 オットイ 頼まれた飲み物を取りにいき、戻る。


「遅いっつーの、ったく、とろいんだよ」

「ご、ごめん……」


「あら、頼んだのと違うようだけれど?」

「あっ……! す、すぐに取ってくるから――」


「いいわよこれで。注文通りに届くとは思っていなかったし」

「……ほんとごめん……」


 残った飲み物を最後に彼女へ渡す。


「…………」



【ひそひそ声で】 


「言い返せばいいのに」

「いや、僕が悪いんだしさ……」


「飲み物くらい、自分で取りにいかせればいいでしょ」


「ほら、みんなはさ、魔物退治で疲れてるだろうし、こういう雑用は僕の仕事だから」


「そんなルールないわよ。雑用はみんなで協力して、でしょ?」

「やりたくてやってるだけだからさ……ありがと」


「おい、オットイ! あたしの槍、綺麗に拭いておけよ」

「分かった、やっておくよ」


 少女の槍を取るオットイ。


「オットイ、分かってる? あんただって、勇者なのよ?」

「…………」


 勇者の刻印を見る。


(……ただ、勇者と呼ばれてるだけだよ)


「うん、そうだね」

「あっそ。じゃあ私のも拭いといてよね、大至急!」


「……乱暴だなあ、もう」



【武器を拭いている最中】 


「団長が言ってたんだけど、次は『遊ぶ町』って呼ばれてるんだってさ」

「楽しそうね」


 遊びの町ではなく、遊ぶ町。オットイは疑問に思う。


 拭き終えた武器を荷台へ運ぶ。跳ね上がる荷台——段差があった。


 オットイの体が跳ね、体がふわりと宙に浮く。


「え……っ?」


 馬車の中で、少女が呟く。


「……オットイ?」



【町の外】


「いったた……って、あッ!?」


「――待っ……みんな!」


 置き去りにされたオットイ。


「お、追いかけないと……!」


 荷物の全てを置いてきてしまったオットイ。

 手元になにもないまま、馬車を追いかける。



【町の中】夕方


「はぁ、はぁ……辿り、着いた……!」


 町の中、近くのお店へ入る。


「すみません……馬車に乗る旅団キャラバンがここを通りませんでしたか?」


「旅団? おいおい小僧、一体、どれのことを言っているんだ?」

「あ……っ」


「奇抜な見た目じゃねえと覚えてねえぞ。

 ところで小僧、その服装から見るに、この町の人間じゃねえな」


「ええっと……、そうです、仲間と、はぐれてしまって……」


「それで仲間の馬車を探してるわけかい。そういうことなら情報屋に頼るべきだろうな。

 ただまあ、いくら搾り取られるかは分からないがな。小僧、手持ちはあるのか?」


「…………ないです」


「そりゃあ災難だったな。

 とりあえず、金の確保だろうぜ、いい仲介屋があるんだ――そこを紹介してやろうか?」


「本当ですか!?」


「ああ、勿論だ。

 ただし、金が入ったら俺のところで買ってってくれや。それがお礼でいいぜ」


「ぜ、ぜひ! 絶対に買います!」



【仲介屋】


「いらっしゃいませー! って、なんだ、子供じゃないの」

「僕はこれでも今年で一六歳なんだけど……、君はもっと下じゃないの?」


 受付にいるのは少女だった。


「人を見た目で判断するのはよくないですよーだ」

「そ、そうだよね、実際はもっと年上なのかもしれないし――」


「一二歳よ」

「やっぱり下じゃないか……」


「お金に困ってるの? お母さんは? お父さんは?」


「今頃、故郷で妹と弟と暮らしてると思うよ。

 あの、仕事、あるかな? ええと、確かこんな風に、刻印を見せるんだよね?」


「はいはい、って、え!? は!? 君って勇者だったの!?」

「うん、まあ、一応ね」


「頼りねえー」


「よく言われるよ」


「……ふーん。怒られると思ったのに」

「え、なんで?」


「なんでもないよ。じゃあ、魔物退治とか、できるわよね? 勇者なんだから」


「……弱い魔物なら」


 ―― ――


【プロモーション小説/旅する勇者がきらう町】#1



 旅団の馬車から誤って落下してから二時間が経過している。


 荷物は全て馬車の中だ。

 そのため、この身一つで大地を歩く。


 武器は、道中で拾った木の棒であった。


 しばらくすると足を止め、握り締める手に力が込められる。

 後ろを向いて――無警戒な、小さな魔物がいたのだ。


 愛くるしい愛玩動物のようだが、牙が鋭く、炎も吐ける魔物である。


 少年がゆっくりと近づき、木の棒を振り上げ、魔物に襲いかかった。


 しかし、いち早く気づいた魔物が、機敏な動きで棒の射程距離外へ出てしまう。


 驚いた魔物が、少年に向かって炎を吐いた……——握り拳くらいの火の玉だ。


 容易に避けられる攻撃だ。それゆえに最弱の魔物として代表される相手なのだが、少年は結局、顔中を煤だらけにし、魔物を逃がしてしまった。


「また失敗だ……」


 たぶん、同じ相手だろう。つまり、連敗中であった。


 少年の名は――、オットイ。


 レベル1だが、一応、これでも勇者である。


 ―― ――


【プロモーション小説/旅する勇者がきらう町】#2



 少年の手に剣はない。

 握り締めるのは、道中で拾った木の棒である。


 目の前には、魔物がいた。


 これで五度目の出会い――、そして交戦だ。

 相手の動きもだいぶ見慣れてきた……はずだ。


 鋭い牙と、吐き出される火の玉が強力だ。

 しかも機敏な動きで姿を捉えにくい。


「シシャーッ!」


 鳴き声と同時、大地を疾走し、砂煙をあげ、視界不良の中で魔物が少年の真後ろへ。


 少年の反応が遅れた。

 振り向けば、眼前に魔物の爪が迫っていた。


 咄嗟に頭を後ろへ引き、偶然にも爪の脅威から逃れられた。


 だが、風を切る音が近距離で聞こえ、少年がかけていた丸メガネが吹き飛ぶ。


 地面の小さな石にかかとがつまづき、少年が尻もちをつく。

 額を踏み台にされ、晴天へ向くお腹へ、

 愛玩動物にも見える魔物が、後転した後にとすんと着地した。


 四足歩行の、毛玉のような小さな魔物である。


 真ん丸の瞳に――「まだまだだな、ひよっこ」と言われているような気分だった。


「あー、また負けた……」


 そして。


 容赦なく火の玉が吐き出され、少年の顔が煤だらけになった――。


 

 少年の名はオットイ。


 これでも選ばれし、レベル1の勇者である。


 ―― ――


【プロモーション小説/旅する勇者がきらう町】#3



「――やめといた方がいいと思うけど。せっかくオットイを取り戻してとんずらできるのに、わざわざ騒ぎを起こして、居場所がばれる可能性を高める必要もないと思うけど?」


 その指摘に、プリムムも言葉を詰まらせた。


 まずは、逃げ切る方が先決だと彼女も判断した。


「そうね……じゃあ逃げ切ってから」



「――逃げ切ってから、ティカを襲う、と?」



 勇者二人が、突然現れた気配に気づいて首を回す。


 壁に背中を預け、腕を組んだ一人の青年がいた。


 青年、だが、女性にも見える。

 その黒く長い髪が、性別を迷わせる。


 手の甲には、魔王勢力を示す、満月の真ん中がくり抜かれたようなマークが刻まれており、不気味に紫色となって輝いている。


 相対して、二人は僅かに腰を落として、口を閉じた。


「おれはいつだって、お前らを見ているよ。

 人質のオットイを連れて逃げて、おれからの指示を無視しようったって、そうはいかないな」


「……あんたが、自分でやればいいでしょ。指示なんかしないでも――」


「嫌だよ、嫌われたくないし」

「ふざけ――」


「でも、あの人の役にも立ちたい。そういうわけで、お前らが適任なんだ」


 すると、マイマイが、恐る恐る、口を開いた。


「……聞いていませんでしたけど、どうしてわたしたちを?」


「単純に、疑われるのはやった本人のお前らだし、あとは勇者勢力の信頼の失墜、か。

 ばれなきゃいいだけだから、お前らにもチャンスは残しておいたわけだが」


「……ようは、罪を擦り付けたいわけね」

「いや、実行犯はお前らだろ」


「脅したのはあんたでしょ!」


 プリムムの怒号に、青年が肩をすくめた。


「嫌なら断ればいい。オットイが死ぬだけだ」

「そんな――ッ」


「だけど、今オットイが死ぬと、ティカが悲しそうな顔をするしな……、

 お前の気持ち悪い趣味でも明かす、くらいの方がいいかもな」


「それだけはやめて!」


 マイマイは知らないが、プリムムと青年の間だけのやり取りがあった。


 プリムムは、絶対に明かされたくない弱みを握られている。


 彼女は両手で頭を抱えて、地面に膝をついてしまう。


「いや、よ、オットイに嫌われたくない……!」


「自覚があるようでなにより。……じゃあ、やってくれるよな?」


 プリムムは頷くしかない。

 しかし、隣のマイマイにとっては、オットイの死というだけで、それを受け入れてしまえば動く必要はないのだ。だが、彼女はそうしなかった。


 青年がこの場において最も力を持っていると分かっていれば――、

 たとえ人質がいなかったとしても、従っただろう。


「もう一人、そっちの……」

「はーい、やりますよー」


 と、マイマイが手を上げた。

 素直過ぎる挙手に、青年は裏を感じ取る。


 だが、マイマイは青年の疑念を否定し、


「勇者側に、特に執着はないのよね。たまたま勇者側に選ばれただけで」

「……なら、期待してみようか」


 はーい、と、マイマイが声を弾ませた。


 そして、指示と共に準備に取りかかる。



 ……足音は唐突だった。


 歩幅の狭い、子供が小走りしているような足音が洞窟内に響いている。


 遠くから、オットイがいるこの場所まで、駆けている音だった。


 たくさんの部屋があるのだろう、足音は走っては止まり、迷いながら、遠ざかったり近づいたりしていた。そして、足音が目の前まで迫っていた。やがて、オットイが見たのは――、


「……! い、いたぁ!」


「……ミサキ……? なんで、ここに……、」


 呼吸を整えないまま喋り出そうとして、ミサキが軽く嘔吐いていた。


 落ち着いて深呼吸し、呼吸を整えた彼女がオットイの元に近づいて屈んだ。


 クマ耳がついた被りものは、途中で落としてしまったのか、今はなかった。


「占い屋のお姉さんに頼んで、オットイの居場所を占ってもらったのよ!

 そしたらこの洞窟にいるって言うから、走ってきたの!」


 ミサキが走ってこれるということは、そう遠くはないということか。


 町が、外壁の外から見える程度の範囲にあるのが、濃厚だろう。


「どうして、僕を探してくれたの……?」


「はぁ!? 探すに決まってるでしょ!

 急にいなくなって、ティカがどれだけ不安にしていたか……!」


 言ってから、ミサキが慌てて口を押さえる。


 慌てて口を閉じても、しまったっ、と顔に出ていれば意味がない。


「……家族がいなくなったら、探すでしょ、普通」


 オットイだって、ティカが急に姿を消せば、たとえ何日かかっても探すだろう。


 つまり、そういうことである。


「……早く帰って、みんなを安心させて。……でも、あれ、なにこれ……っ」


 ミサキの声が弱々しくなっていく。

 ……さっきからミサキが必死に作業をしているのが分かっていたが、まったく変化がないのでおかしいとは思っていたのだ。


「……ミサキ、僕が縛られてるってことは……」


「そこまでは言われてなかったの! 

 だから縄を切る道具を持ってこなかったのよ!」


 ミサキの力では、縄は解けなかった。


 ぜえはあ、と手を地面につけるミサキは、椅子に手をかける。


「これを引きずって連れて帰れば――」


「無理無理っ! 縄を解けないのに引きずって連れていくなんて無理だよ!」


 一旦、知らせに戻った方が……、いや、そうこうしている間に、プリムムが戻ってきてしまうだろう。……それよりも――『燃やす』と言っていた、家はどうなったのか――。


 ミサキの様子を見ると、まだ『問題』は起こっていないようだが……。



 ―― 完全版 ――


「旅する勇者がきらう町」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054922119782

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