天国暴露
一年前に死んだ妹が目の前にいた。
俺のことを上から覗き込んで、人差し指で頬をつんつんとおっかなそうにつついている。これは夢か……。夢とは言え、生前と変わらない姿に涙が出そうになる。
元気そうな顔色を見ているだけで兄ちゃんは満足で二度寝しそうだ――。
「おい寝るな」
「痛ぇ!?」
ぐっと頬をつままれ、引っ張られ、激痛が走る。お前……ッ、爪を立てたら血が出るかもしれないだろ!? …………しかし痛い、ということは夢ではない……?
頬に触れて確認してみれば、血は出ていなかったので安心だが、夢でないとなると目の前の『これ』はなんだ?
妹ではないはず。
だって妹は一年前に死んだ、確実に。
今、見ている妹の綺麗な姿が――当時はかろうじて人の形が分かる程度の、黒焦げで顔が潰れてしまった、見るも無残な姿だったのだから。
真っ黒な『物体』が横に倒れているようにしか見えなかった。あれが妹だったと言われたところで、信じられなかった。家で待っていれば、「ただいまー」って、声が聞こえるだろうと思っていたけど、やっぱり妹は死んで、もう会えないのだ。
なのに目の前にいる。
夢でなければ現実か? それとも一年前の大火事が夢だった?
「お兄ちゃんが死んだだけなんだけどね……覚えてない? 寸前のこと」
よくよく見れば妹の姿は真っ白だ。分かりやすく額に△があるわけではないけど、白い装束でこれでもかと幽霊/死者であることをアピールしている。
学園祭の衣装にも見えるが、本物もやっぱりこんな感じなのか……、髪も色が落ちて真っ白だった。老いた白髪とは違う綺麗な白色だったから……死者は全員そうなるのだろうか?
黒焦げの死体を見た後だから尚更、白く見えるのかもしれないな――。
「寸前……、確か――」
爆音のクラクションを近距離で聞いて――意識が飛んだ。
その後の結末は、まあなんとなく分かるけど……。
「トラックに轢かれて、死んだ……?」
「正解。お兄ちゃんが悪いからね? 狭い道幅だからってスマホを見ながら信号を無視するからこうなっちゃうんだよ。見通しが良いからって、さすがにスマホを見ながら俯いて無視すれば轢かれるに決まってるじゃん……、あーあ。運転手さん、かわいそー。
百パーセントお兄ちゃんが悪いのに、これでも運転手さんが悪くなっちゃうのかなー」
それは悪いことをしたとは思うけど……、いやでも、俺が信号無視していてもあっちは前を見ているわけだから、止まれたはずでは? 歩行者は信号を無視するものだと最初から諦めていれば、想定できていた事故だったはずでは――?
「お兄ちゃん、さいてー」
「責めたりしないよ。俺が悪いってのは変わらないし……、結果、死んでるからいいじゃん。俺が生きていて、運転手を責め続けるならクズ野郎だけど、こうして死んでいるんだから、結果こそが罰なんじゃねえの? こうして妹に再会できたなら感謝こそしても責めるのは違うしな」
「でも、お母さんは責めるでしょ。立て続けに子供を失ったんだよ? 運転手さんには関係ない、私が死んだことも責める可能性だってあると思うし……」
「さすがにしないんじゃ……、……しないか?
追い詰められるとなにをしでかすか分からないのは母さんに限ったことじゃないしなあ……」
「じゃあ確認してみる?」
「え? どうやって?」
「下界に降りればお母さんの様子が見れるよ――、
干渉はできないけど、近くで寄り添って様子を見るくらいならできるし」
妹に手を引かれて、雲の上から降りる。俺が死んでから一週間ほどが経っていたらしい……。
死んでから『上』で目覚めるまで、それほどの時間が経っていたのか――時差がある? それとも幽霊となって上にいくまでに、それくらいの時間がかかるのかもな。
懐かしい、とは感じない一軒家。
母さんを探すと、俺の部屋で遺品整理をしていた。
開けたままの扉の外から、部屋を掃除している母さんを窺う……。
「向こうから私たちのことは見えないから、近くにいっても大丈夫だよ」
幽霊なんだから、と妹。
干渉できないのがルールだが、これが地縛霊だったり悪霊だったりすると、干渉できてしまうらしい……、それが俗に言う、心霊現象だったりするのだろう。
霊感がある人は悪霊の存在に気づくが、俺たちみたいな『ただの幽霊』には反応しないため、見放題なのだった。
長くいれば悪霊になってしまうことがあるため、長居はできないが……。
「……ちょっと待て」
「どうしたの? 隠していたエロ本がまとめられていることに動揺してる?」
「違う……いやそれもあるけど! そりゃ奥の方にしまっていたエロ本も箱ごとひっくり返されたらそりゃ見つかるけどさ! そうじゃなくて――ッ。俺たちと同じように窓から部屋を覗いているのって……、じいちゃんとばあちゃんか……?」
二人だけじゃない。親戚の人もいる……、俺が小さい頃に何度か会っただけの、そう親しくもない相手だ。顔を覚えているのは、葬式にいったから遺影のまま覚えているってだけで……、そのままの姿だから記憶が簡単に引っ張り出された。
「みんな、母さんが心配で様子を見にきたのかな……」
「なくはないけど、元からいたよ? お兄ちゃんのことをずっと見守ってくれていたの――」
ずっと近くにいると悪霊になってしまうかもしれないから、天国へ上がったり地上へ降りたり、毎日のスーパーへの買いもの感覚で通っていたらしい。
で、妹もその内の一人だった。
「……じゃあ、お前もずっと近くで見守ってくれていたのか……。死んだ後まで俺のことを気にかけてくれなくてもいいのによ……、お前の電話を何度も無視したクズ兄貴なんだから」
妹が死んだ日。
何度もかかってきていた電話は、助けてのメッセージだったのかもしれない。
もしも一回目の着信で電話に出ていれば、妹は死ななかったのかもしれない――。
『面倒だから』で無視した俺のせいで、妹は死んだ、とも言えるわけだ。
「うん。だからちょっとした復讐もかねて、ね。親戚だけじゃなくて、周りを徘徊していた幽霊にも声をかけて、お兄ちゃんの部屋を監視していたの」
「……は?」
監視?
今みたいに、大勢の幽霊たちが俺の部屋を覗いていたって?
路上パフォーマンスを注目させるみたいに呼び込みをしたのか……お前がッ!
「ていうか、俺の私生活を覗き見したって面白くないだろ。
テレビタレントでも芸人でもないんだからさ。面白いことなんて起こらなかっただろ?」
「テレビってさ、ヤバイところは編集でカットするものでしょ? たとえば放送できないようなことをしていたら当然、そこは電波に乗らないわけで――。
でもお兄ちゃんの場合は、全てを包み隠さず幽霊たちは見ているわけなんだよね」
ぽん、と肩を叩かれ、振り向いてみると、知らない男性が立っていた。
この人も幽霊……、だよな。衣装も同じだし、後ろの壁紙と同化するくらいの白さだ。
「……なんですか」
「君とは趣味が合うからね――語り合いたいな」
「はい?」
「妹さんの前で言うのはあれだけど……でもこの子も知っているから関係ないか? ……まあいいか――君はドМだよね? だから一人で○○○に〇〇〇〇を突っ込んで、同時に〇〇を〇って楽しんでいたんだよね? ガクガク腰を震わせて〇っている姿を何度も見ていたから――」
「……おい、なんで知って――」
いや、そりゃそうか。
だって俺の部屋は、幽霊からすれば壁なんてあってないようなものだ。
プライベートルームは一気に透明のガラスケースに変わってしまっている。そこで俺が人に言えないようなデリケートなことをしていても、目隠しには一切ならない!!
「……妹よ、呼び込んだ、と言っていたよな……?」
「うん。私も……見ちゃった。お兄ちゃんが、○○〇〇、してるところ……」
「で、お前だけじゃなく、じいちゃんもばあちゃんも親戚も見ていると――」
「うん。私が教えたの。
全部を見て、お兄ちゃんが死んだ時に根掘り葉掘り聞いてやろうって」
「――最悪だッ!
じゃあなにか、この後、顔を合わせたらまずそこを掘られるってことかよ!?」
「掘ったのは○○〇じゃないか」
「うるせえ初対面! 趣味が合うならてめえも同じ穴の貉だろうがッ!」
「別に悪いことをしているわけじゃないし、いいじゃん。死んだ時に飽きるまでいじられるだけでさ。恥ずかしいの最初だけだから――ほらほら、いじられてきなよ。
私の電話を無視した罰を受け取りなさい――バカでえっちなお兄ちゃん?」
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