囚われもの/【ワンカット】

 万引き犯の烙印を押されて半月が経っても、僕への誹謗中傷は収まらない。


 クラス内だけで済むはずがなく、全校生徒にもばれてしまい、なんとも居心地が悪かった。


 クラスメイトから僕への態度は当然、険悪だ。

 汚物を見るような目で見てくるし、まともに口を利いてくれない。


「じゃあな、万引き犯っ」


 机に座る僕の肩を叩いて、教室を出ていくクラスメイトを横目で見る。


 女子たちのくすくす笑いが教室内を飛び交っていた。

 僕への陰口で盛り上がっているのだ。


 帰り支度をしてリュックを背負い、僕も教室を出ることにした。出たところで、僕の万引きは全校生徒に広まっているので、教室内での居心地の悪さが学校全体に広がるだけだ。


 下駄箱を目指している時、「きゃっ」という声が聞こえて階段の踊り場を見れば、女子生徒が運んでいたプリントの束を落としてしまったらしい。

 足下に散らばった大量のプリントを慌てて拾い集めている。


 どうせ通り道だし、手伝ってあげようか――あげた方がいいだろう……、だけど足は、気持ちは横へ逸れていた。この階段を使わなくても、遠回りにはなるが、下駄箱には辿り着ける。


 立ち止まって逡巡していると、踊り場の下の階から、女生徒の友達らしき人影が助けに入ったので、遠回りをすることに決めた。

 僕がここで出しゃばって助ける必要はなかった。手を差し伸べたら逆に向こうが困るかもしれない。悪名高い僕と接していれば、矛先が自然と彼女へ向いてしまうかもしれないのだから。

 助けなかったのが正解だ。こうして遠回りするのが正しい。


 助ける役は、僕でなくともいいのだ。



 慣れたもので、一人でこうして帰ることになんとも思わなくなった。


 元々、帰宅部なので、家に帰ったらなにをしようかと考えながら靴を履き替えていた時だ。


 後ろから呼び止められた。


「いっつも帰るの早いよね、部活もしてないみたいだし……バイト?」


 緩い校則のせいで制服を着崩す生徒が多く、彼女もその一人だ。

 短くしたスカート、ブレザーの下はワイシャツではなくパーカー。

 軽そうな小さなリュックを背負っている。


 僕が反応を示さないでいると、彼女の長い黒髪が首と一緒に横へ揺れた。


「どしたの?」

「いや……お前が……、君が喋りかけてくるなんて珍しいなって」


「なんでよ、同じ中学なんだからさー。当時はあんまり喋ってなかったけど」


 いや、喋ってはいた。積極的に彼女の方から何度も何度も。ただ、僕がくだらない対抗心を燃やしていたせいで、僕から彼女への態度は、八つ当たりのように攻撃的だったのだ。


 いつからか、彼女も僕に固執しなくなり、会話も減って、卒業を迎えた。


 同じ高校へ進学したのは、正直なところ偶然だ。僕は彼女の志望校を知らなかったし、彼女も僕の志望校を知るはずもない。

 入学式で彼女の姿を見つけた時は息が止まった。そのまま窒息しそうなほどだった。

 たぶん、向こうも気づいていただろうが、これまで特に接触もなかったし、触れない方がいいのかと思っていたのだが――このタイミングで接触してくる理由があるのだろうか?


 ……思い当たるのはあれしかないが……。


「バイト? コンビニ?」

「おい、それは僕をいじっているのか?」

「え……、なんで?」


 素の反応だった。……僕に説明をさせるのか……?


「僕が万引きをしたのは知ってるよな? 学校全体に広まってるだろ」

「あ。ああ、ああ! 広まってるよねー」


「……コンビニで万引きしたんだよ……ここから近いとこなんだけど……」

「交差点の?」


 登下校の途中にあるコンビニで、生徒の利用数が最も多い店舗だ。


 僕が万引きをしたことで他の生徒が買いづらくなった、という実害が出ている。


 僕への非難が長くて強いのは、日常的に不満を強いられているからかもしれない。


「そんな確認をするために話しかけてきたのか? 

 ……やめとけよ。僕と話していると、今度はお前に矛先が向くぞ」


 忠告したのにもかかわらず、彼女は僕の背中を押して下駄箱から移動させた。


 開けた場所に出てしまうと教室から見下ろせてしまう位置だ。


 誰が見ているか分かったものではないのに。


 だが、彼女は構わないとばかりに僕の隣に並ぶ。

 ……こういうところが、さぁ……。


「そもそもさ」


 それは、これまで決して聞かれたことがなかった質問だった。



「万引きしたの?」


「……してないよ」



 帰宅途中、まさにこの前、万引きしたコンビニに足を踏み入れた。

 店員は僕に気づいた様子もなく「いらっしゃいませー」と棒読みだった。


 お菓子コーナーで足を止め、彼女が屈んで商品を物色している。


「してないならそう言えばいいのに」

「誰が信じるんだよ、そんな言い分をさ」

「わたし」

「え?」

「わたし、信じるよ?」


 彼女がチョコを選んで僕に向けてくる……、おい、買えってことか……?


「信じるから奢れと? バレンタインでもないのにチョコなんか貰っても――」

「好意を届けるために、時期を待つ必要があるの?」


 彼女が持つ板チョコが、僕の頬をぐいぐいと押してくる。


「バレンタインでなくたって、チョコを渡して告白したっていいでしょ?」



 ―― 完全版 ――


「魔法使いと未来人が無人駅にいる。」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054918897129

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