エデュケーション・バッド

「――頼むシアナっ! 怪我したこいつを助けてやってくれ!!」


「うぅ、痛ぇよ……ッ、右足が、噛み千切られて……ッッ」


「おい、横から割り込んできやがってふざけんなッ! 順番を守れよ! こっちだって腕を嚙み千切られてんだ……てめえだけが痛い思いをしていると思ったら大間違いだぞ!!」


「はいはい、喧嘩しないで。みんなまとめて治してあげるから。怒ると血がたくさん出て死んじゃうよ? いくらあたしでも、死んじゃったらどうにもできないからね。蘇生は無理だから」


 全身、真っ白な修道服を身に纏う十八歳の少女が、両手をそれぞれ怪我した冒険者へ向ける。


 光る手が怪我に触れると、気泡のようなものが空間を舞い、数十秒後には千切れてなくなった部位が復活していた。

 千切れた部位を持ってきてくっつけて繋げたのではなく、なにもないところに新しく生み出した――回復と言っていいものか、彼女のこの能力は、時間を巻き戻しているような――もしくは、新たに構築していると言った方が納得できる。


 彼女自身は昔から『回復魔法』だと言い張っているが……、



「そんなわけねえよな」


 と、列を作る怪我をした冒険者を横から眺めながら、青年が手の中でコインを転がす。


 冒険者——、世界各地で暴れる『魔獣』を退治する者たちをそう呼んでいる。

 適切な呼び名は『討伐者』、もしくは『狩猟者』の方が合っているが、昔からの名残だ。


 ここ最近、魔獣の活動が活発になっていき、魔獣が獰猛になっていったのだ。冒険者は『冒険』と『退治』を並行して進めていたが、優先的に退治の仕事が回ってくるようになった。


 冒険者は『冒険者』という名のまま、魔獣退治に特化してしまった、というわけだ。


 冒険は趣味、退治は仕事、という分け方が一般的だったが、退治が優先されたことで九割が仕事での活動になっている。

 冒険によって発見したお宝や『未踏領域』の情報、その内部のマッピングなどで得られる報酬よりも、魔獣を退治したことで得られる報酬の方が多い。

 冒険者からすれば稼ぎ時ではあるものの、同時に危険も付きまとう。報酬金額が高い分、危険も多く、命を落とすことも普通にあり得る。

 最近の獰猛になった魔獣相手では、五十人パーティでも必ず数人は死人が出るほどだ……、無傷で帰ってこれることの方が珍しいだろう。


 小さいものから大きいものまで、怪我は必ずついて回る。


 そこで、シアナの出番だった。

 死んでさえいなければ、どんな怪我でも治せる彼女は、常時、町で待機しており、戻ってきた冒険者パーティを回復している……。

 現場へ連れていけ、と提案した冒険者もいたが――確かに死者を出す前に現場で回復できれば被害も最小限にできるだろう……、しかし万が一にもシアナが現場で倒れてしまえば? 

 ――死んでしまえば? 

 自分のことは例外で治せないシアナがいなくなれば、冒険者にとって損失どころではない。


 シアナがいることで、気づけばいなくなっていた医者たちのことを考えれば、回復手段がほとんどなくなってしまうことを意味する……。

 素人の技術では、大怪我は治せない。回復アイテムも、あるにはあるが……、高額でありながら効果は薄い。これだって大怪我の程度によっては通用しないことだってあるのだ。


 現在、一定以上の怪我は、シアナにしか治せない。


 隣の町へいけば医者もいるだろうが……、しかし獰猛な魔獣が徘徊している以上は、簡単に町を出ることもできないわけだ……——シアナの存在は、ライフラインと一緒である。



「まさか、店で見つけたガキがこんな能力を持っているとは思わねえよな……」


 シアナは元・奴隷である。


 そして、そんな彼女を買い取った彼もまた、まともな人間ではない。



 長い列が段々と短くなっていくにつれて、日も傾いてくる。


 赤くなった空が黒くなる前に、最後の怪我人を回復し終えて……シアナが振り向いた。


「終わったよ、シンドウ!」

「おう、お疲れさん。腹、減っただろ? 飯、食いにいこうぜ」


「お肉が食べたい」

「ああ、分かったよ。……ったく、毎日毎日、魔法を使っているせいか? お前の食費がめちゃくちゃかかるんだよな……稼げてるからいいけどさ」


「シンドウの稼ぎ方が分からないんだけど……」


「お前が一日通して冒険者を回復している間、ギャンブルで稼いでんだよ。

 まあ、それだけじゃねえが……、稼ぎながらの投資だな。

 ここで仕込んでおくことで、新しいビジネスが始められるんだ」


「ビジネス?」


「ああ。……この町にとって、お前だけが『回復できる医者』だ……、なくなったら困るけど、代替案がないって状況を作ってしまえば、あとはこっちの無茶も大体が通るってわけだな」


「??」


「腹減ってんだろ? さっさと飯を食っちまおう」




 翌日、いつも通りに怪我人を待つシアナ……。

 だが、背後には彼女のあるじである青年・シンドウが腕を組んで立っていた。


「ねえ、シンドウ……やっぱり、今更それは酷いんじゃ……」


「いいんだよ。というか、今までがおかしかったんだからな? 少なからずお前は魔法を使うことで疲弊していたはずだ。体の内側でどんな異変があったか分からない。もしかしたら寿命を削って、魔法を使っていたかもしれないんだぞ? 数年後にぽっくりと死なれたら困るしな……ここで、あらためて理解してもらおうと思ってな。

 まるでそれが当たり前であるかのように捉えられていたら互いに良くねえよ。お前にとってはもちろんだが、冒険者にとってもな。回復してくれるから多少の怪我を前提に戦われても嫌だろ? 魔獣の一撃で死ぬかもしれない可能性を捨て切れない以上は、無傷で帰ってくる意識を取り戻させないとな――」


 すると、今日も怪我人がたくさん、列を作ってやってくる。

 血だらけの男たちがシアナの前へ倒れながら、手を伸ばす。


「頼むシアナっ、今日もいつものやつを――」

「え、と……それがね――」


「ういっす、悪いが今日からシアナの回復は有料だ。金を置いていけ」


 は? と一同が固まった。

 だが、一瞬後、決壊したように怒声が飛んでくる。


「――ふ、ふざけんなッ、こんな状態の俺たちから金を取る気か!?」


「今まで金を取らなかったことが、オレらの親切心だっただけだ。

 ――ここからはビジネスでやらせてもらう。

 この町にやってきて一年……、最初の一ヵ月で誰もシアナに感謝の礼を言わなくなったのは驚いたぜ。優しくて可愛い女の子だからってなめてんのか? 修道服を着ているからこの活動が当たり前だと思って、お礼を言う必要はないだろうと面倒くさがったか? それとも年下のガキに頭を下げることに嫌気が差したのか? なんでもいいが、『怪我してんだから早く治せよ』なんて態度でくるてめえら相手に、タダで行動するほどオレらは善人じゃねえよ」


「……チッ、悪かったよ、感謝してる、礼も言う、だから怪我を――」


「悪いが、しばらくは金を取るぜ。その間にお前らの態度が変わればまたタダに変えてやってもいい――、金がねえなら、ここに大量の借用書がある。簡単に踏み倒せねえところから金を借りられるから安心だぜ? 逃げ続けても追いかけてくるしつこさがある。ま、逃げて魔獣に喰われるか、追いつかれて殺されて、てめえの体で金に換えられるか、末路は知らねえが」


「て、てめえ……ッ、シアナはてめえのもんじゃねえだろうがッ!」


「いいや、オレのだ――オレが抱えて、ここまで育てたんだ。てめえらに使い潰されて苦しむこいつを見せられて、オレが


 這いつくばる男の前に屈んだシンドウが、冒険者の髪をくしゃっと握る。


「払えねえなら――払いたくないなら帰れ。お前がどこで死のうがオレには関係ねえからな。だが、死にたくないなら払え、簡単なことじゃねえか。

 ぐだぐだと文句を言って値切るのもなしだ。情に訴えても無駄だ。シアナを騙すてめえらを、オレは後ろで見てきたんだ、やり口は分かってる」


「……てめえは、まともな人間じゃ、ねえな……?」


「死にかけの人間を見捨てられる人間だ。見て見ぬフリも当然できるぜ。手を差し伸べて重荷を増やして、オレまで死んだら最悪だからな……、そういう世界で生きてきた」


 だからこそ、シンドウがシアナを買い取ったことが、周囲から驚かれたのだ。


 シアナの能力を事前に知っていたわけでもないのに――。


「で、どうする? 払うか死ぬか、てめえが選べ」


「…………分かったよ、死ぬより、借金地獄の方が、マシだ――」


「まいど」


 長蛇の列が続けば続くほど、シンドウが儲かるようになっている。

 一年前から考えていたビジネスであった……、医者をこの町から追い出し、獰猛な魔獣を町の外に誘き寄せ、怪我人が常に生まれる状況にする。

 そこでシアナの回復魔法を唯一の回復手段とし、しばらくは代価を取らないで活動を続けた。これにより、魔獣がいることによって町へ閉じ込められたようなものである冒険者たちは、シアナの回復魔法だけが頼りである。


 たとえ、いくら払ってでも受けたいサービスであれば……、需要は消えない。


 魔獣が退治されない限り、怪我人は増え続ける……。


 怪我人がいれば、シアナの回復が利用され、金が落とされる。


 さて、次はどこまで金額を上げられるか、だが――――




 


 二度、金額を上げたシンドウは、冒険者によって闇討ちされた。

 シンドウも戦えないわけではないが、しかし日頃から現場に出て戦っている冒険者が束になってかかってくれば、シンドウでも厳しい……。

 全身に切り傷、打撲を負ったシンドウは、足を引きずりながら、なんとか自宅へ戻ってきた。

 意識が朦朧としているが……、これはこのまま眠ったらまずい状態であると悟った。


 夜中だが、足音で目が覚めるシアナがすぐに駆け付けてくれるだろう。彼女の能力をあてにしていたのもある。だから少しだけ無茶をして、冒険者から逃げてきたのだから。


「おかえりシンドウ……って、すっごい怪我してる!」

「ああ……頼む、シアナ、怪我を治——」


「じゃあ、お金」


「………………は?」


「お金、くれないと回復魔法を使わないよ」


「て、め……ッ、オレから金を取るつもりか!? お前のご主人様だろうがッ!!」

「関係ないよ。嫌ならいいけど? そのまま這いつくばって死んじゃえば?」


「――誰が、ここまで育てたと……っ」

「感謝してるよ。だからこそね、シンドウのやり方は良くないと思ったから」


 シアナの指が、シンドウの顎をくいっと持ち上げ、



「――あたし、怒ってるからね?」



「……っ」

「こんなやり方で稼ぐのは違うよ。シンドウの敵を作るだけ」


「これが、オレの生き方なんだよ……これしか、オレにはできねえ……——」


「そんなわけないじゃん」


 シアナは知っている。

 あの時のシンドウは、とても優しい目をしていたのだから。


「多額の借金をしてでもあたしを買い取ったのは、金儲けのためじゃないでしょ? あたしがあと少しで殺処分されそうだったから――助けてくれた。

 身を犠牲にしてあたしを助けてくれるシンドウが、人を傷つけることでしか生きていけないなんてそんなの、あり得ないもん」


「……あー、はいはい、分かったよ。

 ……今後はもう、金は取らねえ。

 あとはお前が好きなように、あいつらを回復してやればいいじゃねえか」


「お金は取るよ? 確かにシンドウの言う通り、タダで回復してくれる状況が当たり前になっても困るし……、だから値引きしようかなって」


「もう、好きにしろ。

 ……金、オレも払うから、回復してくれ、頼む――そろそろマジでやべえから……っ」


「いいよ。でも……、値引き前の値段ね。それとも値引きするまで待つ?」


「いくらでも払うから早くしろッ! 小遣いが足りねえって訴えてんのか!?」


「足りないよっ!

 足りるかあんな金額で女の子が一日過ごせると思わないでよねっ!!」

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