魔王になりたい/なりたくない?

「――父上が亡くなったことで問題が一つ出てきたのよ」


「ふうん。それで? その問題ってのはなに? 幹部たちへの給料が払えないとかそういうこと? だからあたしの稼ぎを寄こせって言うわけ? 嫌よそんなの。

 そもそも父上がいなくなれば勇者勢力と争うこともないのだから、人件費だって削減できるでしょ。昔からの因縁かなにか知らないけど、父上さえいなければ火種もなくなるわけだし――」


「父上を恨んだ勇者勢力が、娘の私たちへ標的をずらすこともあり得るでしょ。元凶がいなくなったからと言って、私怨をしまい込めることができると思う? 無理ね、質よりも量の話よ。

 数百年も世界を支配し続けていた父上——魔王を恨む人間は数え切れないほどいるわ」


「……問題って、それ? 父上がいなくなったから、手薄になった警備を抜けて人間たちが魔王城を制圧しにやってくるって? なら住居を変えればいいだけでしょ? 

 築・数百年の家を手離すくらいどうってことないわよ。個人で稼いだお金があるんだから、あたしたちも個別で部屋くらい借りれるでしょ?」


「それも問題の内にあるけど……優先されるべきことは別にあるわ。便宜上でも――書類上でもいいのだけど、次の魔王をどっちがやるのか、よ。先に言っておくと私は嫌よ。

 権力、人材、資金、力を得たところで遠慮しておきたいポジションだわ」


「アンタがやると思っていたけど……、普通、姉がやるべき役目じゃない? 

 便宜上でいいならアンタがやればいいじゃない」


「ならあなたでもいいでしょう? 姉の命令よ、妹のあなたがやりなさい」


「その立ち振る舞いが既に魔王っぽいけど……」



 むむむ、と睨み合う魔王の娘たち……、

 髪型を揃えてしまえば区別がつかない二人だ。


 姉は紫色の髪を腰まで伸ばしており、妹は同色の髪を左右で結んでいる。


 ベッドの上にうつ伏せになって、お菓子を食べながらパソコンをいじっている妹は、足をぱたぱたとさせてのんきなものだった――(高いヒールを履いている……寝転ぶなら脱げばいいのに)。……口に出してこそいないが、二人とも魔王になったことによるデメリットを理解している。だからこそ魔王という立場に就いたことで得られる、あらゆる特典を切り捨ててでも就きたくないと言い張っているのだ。


「幹部を昇進させて魔王にさせちゃえば? 

 あたしたちが言えば納得するでしょ。血族しか魔王になれない決まりでもあるの?」


「あるのよ、実はね。影武者として、表舞台に幹部を立たせることはできるけど……結局、本命の魔王は決めないといけないの。そういう意味でも、私とあなたのどっちを魔王として登録させるかの相談にきているわけ。……別に魔王になったところで変化はないわ。魔王としての仕事は私がやっておくし、力仕事も部下に任せれば――」


「じゃあアンタがやればいいでしょ。

 ポジションにだけあたしが収まるって、気持ち悪いじゃない。名前を貸すだけって……、そこにアンタの名前を登録したところで困ることはないはずだけど」


「そうやってパソコンをいじっているだけの毎日なんだから、名前くらい貸しなさいよ。どうせこの城に金貨の一枚だって落とさないんだから……っ」


「古い建物でも設備は比較的、新しいのはどうしてだと思う? あたしがちょくちょく改築していたからでしょ。アンタは知らないかもしれないけど。

 ……ねえ、そろそろ隠さずに言えば? 魔王をやりたくない理由。あたしにも関係あることだから言いたくないのは分かるけど、あたしだってバカじゃないんだからデメリットくらい理解しているから。便宜上でも魔王になってしまえば、狙われるから――でしょ?」


「……幹部で周りを囲えば、奇襲も狙撃も防げるはずよ。徹底して身を隠せば勇者勢力……、でなくとも、ただの人間に私たちを傷つけられるとも思えないわ」


「それが分かっていてもアンタが魔王にならないところに、完全な安全を保証できるわけがないと証明しているわけだけど? ……魔王不在でいいでしょ。父上の代で魔王は完全に途絶えました、世界は勇者勢力が支配します――それでもいいじゃない」


「あなた、殺されるわよ?」

「守りを固めれば安心だって言ってたけど」


「魔王勢力に殺されるわ。数百年も世界を支配することを維持し、積み重ねてきた功績を私たちの代で台無しにすれば、昔からついてきてくれていた魔族に殺されるわ。

 だから魔王に就かないどころか、偏った勢力図を完全に相手に明け渡してしまうことはあり得ない。どっち道、勇者勢力が世界を支配すれば、魔族は根絶やしにされるだろうけど……」


「魔王に就けば敵対勢力に狙われるし、魔王の席を空けて勢力図を敗北に傾ければ、味方のはずの魔族から狙われる……? 八方ふさがりじゃん、こんなの最悪よ……っ」


「道はあるけどね。つまり私たちは父上が残したものをそのまま流用して、現状維持をしていかないといけないわけ。

 時代が進んでも、やるべき役目は変わらないのよ。そして勇者勢力も年々、力をつけているし……、だからこそ勢力図も傾けられている……。父上以上の労力が必要になってくる」


「うわあ……めんどくさい……」


「もっと父上の隣で仕事を見ておけば良かったわね……、急に病気でいなくなるとは思わなかったから……まったく、なにも分からないわ。なにをどうしたらいいのか――、

 トップがあたふたしていると下に伝わるし……それが内部分裂を生み出すことになる。私たちへの非難が増えれば、結局、内外から命を狙われるのと同じことよ」


「じゃあ、逃げる?」


「どこへ? 魔界に隠れたところで広くもないのだから見つかるわ。

 だからって勇者勢力に助けを求める? ……無警戒で引き入れてくれるわけがない。

 縛られて、痛めつけられて殺されて、終わりよ」


「じゃあ魔王の座に就くしかないじゃない」

「だから最初から言っているでしょ」


「うん、アンタがやって」

「あなたがやりなさい」


 ぐぐぐ、と睨み合いから、気づけば胸倉を掴み合っていた魔王の娘……。


 力仕事を多少はしている分、姉が妹をベッドに押し倒して優勢だった。


「……死にたくない」


「私も一緒よ」


「勇者勢力に、あたしはなにもしていないもん! そりゃ、ネットの世界でちょっとはバカにしたり、安いものを高く売りつけたりしたけど……! 父上よりも上の世代がやってきたことをっ、今更あたしたちに向けて非難をして、復讐してやるって言われてもしらないもんっ! 

 じゃあなによ、謝ればいいの!? それで許してくれるの!? やってもいないことで謝っても、誠意なんて込められるわけがない! 謝られて嘘だと分かるのは相手側じゃない! 誠意が伝わらないって言われても、あたしにとっては込められるわけがないんだもんっっ!!」


 妹の泣き顔に、姉が、うぐ、と顔を引いた。


「……泣かないでよ。私だって同じ気持ちなんだから……」


「反省文でも書いて勇者勢力にでも送る?

『娘のあたしたちは知りません、全て父上が独断でやったことです。これからはあたしたちが魔王ですけど命を狙わないでください、お願いします』――って言ったって、どうせ聞く耳なんて持ってくれないでしょ」


「文章だと、そうね……直接、顔を出して口頭で言うしか……」

「眉間を狙撃されて終わりよ」


 映像を送ったとしても、顔を出さないことで誠意が伝わらないと言われたら同じだ。


 殺されたくないための行動で、殺されにいくのは本末転倒だ。


「どうしてあたしたちがこんな目に遭わないといけないの……?」

「…………」


「正しいことをしていたわけじゃない――でも! 他人を傷つけたりはしなかったはずよ! 世間が知る魔王勢力のイメージとは真逆だったはず! 普通に生きて、大きな幸せを得たいわけじゃなく、小さな自分の世界で小さな幸せを得たいだけなのに、どうしてこんな、越えられない大きな試練が迫ってきているの!? あたし、なにか悪いことしたのかなあっ!?」


「……魔王の娘として生まれたのが……——」


 間違いだった、とは、姉は言えなかった。


 それを否定したら、妹との出会いが後悔だったと言っているようなものだった。


「…………」


「やだ……」


 ベッドの上で涙を流す妹が、目の前にいる。


 小さい頃はこんな風に胸倉を掴むのではなく、抱きしめてあげることで安心させていたはずだ……、妹が泣き止んで、眠るまで、傍にいてあげた……。


 それがいつからだろう――互いに干渉をしなくなったのは。


 いつぶりだろう……、こんな風に同じベッドの上で寝転がるのは。



「魔王になんて、なりたくないよぉ……」


「……………………はぁ」

 


 ぎゅっと妹を抱きしめる。

 ばくばくと鼓動していた心臓の音がよく聞こえる……、それは恐怖のせいなのか。


 命を狙われる。

 ……怖くないわけがない。


 妹は涙を流しながら――、やがて寝息を立て始めた。


 激しく鼓動していた心臓も、今は落ち着きを取り戻している。


 姉の胸に顔を埋めたことで安心したのだろう……、


 姉もまた、そこで覚悟が決まった。



 ちょろい、と思われるかもしれない。でも、妹の涙は見たくない。人を小馬鹿にして、世間をなめているあの妹が好きで、叱りながらも内心では可愛いと微笑んでいたのは誰だった?


「……忙しくなるわね」


 魔王になんてなりたくない。それは今も変わらない。だけど。


 ようは考え方次第なのだ。


 魔王勢力?

 勇者勢力?


 世界の支配? 力、資金、人材、権力? ――いるかそんなもの。

 

 命の危険を天秤に乗せてでも、欲しいものがある。


 ……妹のために。



「結局、この子の涙を見たら折れてしまうのは、私の悪癖よねえ……」



 だけどそれこそ。


 妹に好かれている、姉として誇るべき愛情である。

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