11. 終業

 私がエンジノヒコさんにメロメロになっている間に、ジュノさんが女の子に、今からお母さんの元に帰れることを説明してくれていた。安心した女の子の笑顔が弾ける。


「よーし。じゃあ紙飛行機、出発進行ー! お姉ちゃん、今度ははぐれないように、ついて来てねー!」


「うん! エンジノヒコさんありがとう! ジュノさんもありがとう!」


「それじゃあルーガルお兄ちゃん、ジュノお姉ちゃん、リエルお姉ちゃん、またねー」


 エンジノヒコさんは私たちが紙飛行機を目で追えなくなるまで、小さな身体をいっぱいに使ってこちらに手を振ってくれた。すっかり骨抜きにされてしまった気がする。エンジノヒコ、恐ろしい子だ。


「エンジ君もそうだけど、小人のみんなは本当に可愛いわよねー。この歳になってお姉ちゃんなんて、お世辞だと分かっててもなんだか嬉しくなっちゃうわ」


 ジュノさんが頬に手を当てながらうっとりしている。ジュノさんの年齢っていくつなんだろう? とふと疑問が生まれたけれど、最重要機密な雰囲気を察知したので、心の奥底に慌てて押し込んだ。


「では某もこれにて。ジュノ殿、先程は少女を見ていただき大変助かった。そしてリエル殿、某の話を真摯にお聞きくださったこと、感謝する」


 ルーガルさんも私たち一人ずつに律儀に一礼してから、窓口の業務の方に戻って行った。これで各国の窓口代表の方々全てに挨拶回りをしたことになる。


 ちょっとチャラめだけど、人当たりが良いマルクさん。びっくりするほどの美貌ですごく丁寧な物腰だけど、マルクさんにだけはやたらと当たりの強いベガさん。見た目は白狼でおっかないけれど、律儀で礼節を大事にしているルーガルさん。無邪気で可愛らしいけれど、とても頭の切れるエンジノヒコさん。


 窓口担当というだけあって、みんな気さくな人ばかりだったけど、全員とてもくせの強い人たちだったなあ。これでおしまいだという安心感から、一気に疲れがやってきた。


「さて、これで挨拶回りはおしまいね。どう? リエルちゃん。仲良くやって行けそうかしら?」


「はい。……たぶんですが……」


「そう。それなら良かった」


 ふふふ、とジュノさんが含みを持たせて笑う。そのイタズラっ子みたいな笑みを見て、会議室にいた時に彼女が言った、不穏なワードを思い出していた。


「えっと、会議室で言ってた超重大任務って結局一体なんなのでしょう?」


「ああ、あれね。今言ってもいいんだけど、リエルちゃんの狼狽える顔が面白いからまだ秘密」


 ジュノさんはそう言って楽しげに笑う。なんというか、こちらの不安な気持ちももう少し考えていただきたい。またも回答を焦らされてしまい、私の方はもやもやが少し残った気持ちのまま、二人で四階まで戻った。


 執務室に戻ると、アテムさんはすでに帰宅した後のようだった。研修時に配布された臨時の通行証は回収されて、代わりとなる執筆課の通行証がまだ手配されておらず、自由に施設内を移動することのできない私は、ジュノさんに西の国出口まで送ってもらう。


 二人で出口の近くまで来た時には、もう太陽は向こうに見える山の間からわずかに見えるくらいまで落ちていて、空が綺麗なグラデーションを作っていた。


「はい、今日はお疲れ様。通行証は出来次第なるべく早く渡す予定なのだけど、それまではこういう不自由な形で我慢してね」


 どちらかというと送り向かいしてもらっている私の方がご迷惑をおかけしていると思ったけれど、口にしていいものかわからなかったので何も返さず静かに頷く。


「はい、それじゃ、帰っていいわよー。業務日誌は明日私に提出してね」


「あ、はい。お疲れ様でした!」


「はーい。あ、忘れるところだった!」


 帰ろうとした私をジュノさんが一度呼び止める。今度はなんだろう。


「会議室で、明日以降は他の人にオリエンテーションをしてもらうって言ったわよね? ってことだから、まず明日の担当を今伝えておくわ」


 そういえばそうだった。私はカバンから急いでメモ帳を取り出し、身構える。


「明日はこの中央図書館の中の施設について、マルク君に色々教えてもらいます。なので、明日は一階西の国エントランス前でマルク君と落ち合ってください。彼の方にも、もう伝えてあるから」


 マルクさんが担当なのか。そう頭の中で思いながら、今日出会った彼の姿を思い浮かべる。……とりあえず背後からの驚かしには注意しておこう。


「マルクさんですね。了解しました」


「はい、それじゃ、明日もよろしくねー」


 業務連絡を終えたジュノさんは、そう言ってヒラヒラと手を振りながら、執務室の方へ帰って行った。しばらく頭を下げて見送った後、私は肩の力を抜く。初日から怒涛のような一日だったけど、なんとかやり切った。


「さて、早めに日誌を書いて、今日は早く寝よう」


 そう一人で呟きながら、黄昏の街並みを、家路に着いたのだった。

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