10. 東の窓口

「ルーガルお兄ちゃーーん」


 その後もしばらく多少ギクシャクしながらも雑談を続けていた私たちの元に、そんな無邪気な少年の声が飛び込んできた。ジュノさん、私、ルーガルさんが声のする方向に目をやる。


 三人の視線の先に見えたのは、雑踏をかいくぐってひらひらと飛んでくる紙飛行機だった。機体の上には小人が乗っている。あれがおそらく先程の声の主だろう。


「あら、エンジ君直々に来たのね。よかったわねー、今お迎えが来たからもう大丈夫よー」


 ジュノさんが優しくそう語りかけながら、少女の頭を優しく撫でる。私たちの前でふわりと静止した紙飛行機は、ひとりでに元の紙に戻って急速に小さくなり、乗っていた小人の着物の袖の下にするすると吸い込まれていった。おそらく折り紙型の魔具なのだろうけれど、私には見たことも聞いたこともないような技術だった。


 紙を袖の中に収めた小人は、そのままちょこんとルーガルさんの手の上に着地する。えんじ色の着物を身に纏い、背中に等身大くらいの縫い針を背負った小人の少年は、ルーガルさんにペコリと頭を下げた。頭の後ろでポニーテールのように留めた髪も一緒に揺れる。


「ボクの国の子の面倒を見てくれてありがとう、ルーガルお兄ちゃん。あの子のお母さんはボクの窓口に来てるから、そのまま送って帰れば大丈夫だよー」


「そうであったか。それならばよかった」


「うん! あとはボクに任せて! あ、ジュノお姉ちゃんもいる!」


「エンジ君お久しぶりね。その紙飛行機は新作?」


「そうなの!」


 ジュノさんの言葉に、待ってましたと言わんばかりにエンジノヒコさんがはしゃぐ。目をキラキラと輝かせ、ルーガルさんの掌の上でピョンピョンとジャンプして、満面の笑みを浮かべている。なんだこの可愛らしすぎる生き物は。


「この前シュロノヒメの工房が持ってきてくれた試作品なんだー。よくできてるからその内ジュノお姉ちゃんに色々書いてもらうことになるかも! あれ? そっちのお姉ちゃんは?」


 嬉しそうに先程の紙飛行機について語っていたエンジノヒコさんが、途中で私のことに気づき、興味津々といった様子で、つぶらな瞳をこちらに向けてきた。なんなのだこの愛くるしい顔は。


「え、えっと、リエル・クレールです。ジュノさんの部署に新たに配属になりました。よろしくお願いします!」


「リエルお姉ちゃんっていうんだ! よろしくね! ボクの名前はエンジノヒコ。中央図書館先端技術課と、東の国の窓口代表を担当してる小人だよ。東の国のことでわからないことがあったらなんでもボクに聞いてね!」


 エッヘン、と小さな胸を張るエンジノヒコさん。やることなすこと全てが無邪気で可愛らしい。こんな子達と一緒に暮らしている東の国の人たちが羨ましいなと痛烈に感じた。


 ただ、小人族がものすごいのはその可愛らしい見た目だけではない。西の国が魔導書によって魔力を行使するように、東の国では魔具という魔術的な力の宿った道具を作り、それらを使用することで魔力を行使している。そうした魔具の生成を可能にしているのは、人間よりも遥かに優れた知恵と技術を持つ、小人たちなのだ。


 東の国の人間たちは、小人たちが担えない大きなものを扱う仕事を担当しているだけで、ほとんどの魔具作成は小人の指揮の下で行われる。先程少し話が出た魔具を作成する施設である"工房"は東の国の各所に点在しているけれど、その大半が小人を棟梁としてトップに据えることで成立している。


 小人たちは基本的に皆、エンジノヒコさんのようにどこかあどけない部分があって、自分よりも大きい人間や獣人たちのことをお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ぶらしい。と『東の国大全』の130ページには書いてあったけれど、こうして実際に呼ばれるまで、まさか本当だとは思わなかった。


 聡明で、純粋で、人当たりがよくて、社交的。その辺りが、獣人と同じように人間よりも優れた種族であるにも関わらず、獣人にはできなかった人との共存を可能にしている要素なのかもしれない。


「リエルお姉ちゃん、手を出して!」


「え? は、はい」


 私が慌てて出した両手の上に、エンジノヒコさんがぴょんと跳び乗る。そして


「はい、これからよろしくの握手ー」


 トコトコと人差し指の先端まで移動し、人差し指に自分の両手を重ねてこちらを振り返り、ニッコリと笑いかけてきた。


 ……ああ、もう本当に、このまま拉致して一家に一人置いておきたいくらいの可愛さだ……。

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