3. 会議室にて

 鼻歌混じりで会議室のセッティングを進めるジュノさんを見ながら、この部屋の勝手を何一つ知らない私は、縮こまって座っていることしかできなかった。


 お世辞にも体育会系とは言えない人種ではあるのだけれど、上司が動いているのに自分はのん気にそれを待っているというのはやっぱり居心地が悪い。せめてジュノさんの動きを見て、どこに何があるのかくらいはメモをとっておかなくちゃ。


「そんなに気合入れて観察しなくっても、後で色々教えてあげるから、楽にしてていいわよー」


 一挙手一投足を観察せんと鼻息荒く身構える私を見て、ジュノさんが笑顔のままヒラヒラと手を振る。明らかに気を遣われてしまった。また余計なことをしちゃったか、と自分の気の利かなさにげんなりしながら、構えたメモと羽根ペンをいそいそと手元に戻した。


 こういう時にいつも思うけど、楽にしててって誰かに言われた時、どうしてるのが正解なんだろうか。……きっとこんな風に色々悶々と考えてる時点で違うんだろうな。


 とか余計なことを脳内でぐるぐる回している間に、支度が終わったらしいジュノさんが目の前の椅子に座った。足を組み直して姿勢を正すその動作一つ取っても、やっぱり大人の女性って感じだ。


「さて、何回も聞いたかもしれないけれど、改めまして。リエルちゃん、西の国中央魔導書管理局にようこそー」


 わーパチパチパチ、と自分で言いながら笑顔で拍手するジュノさん。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。


「ということで、今日から数日はオリエンテーション。あなたがこれからどういう仕事を、どこで、どんな人としていくのか。色々知ってもらう期間とします」


「は、はい。よろしくお願いします」


「とは言っても、施設の紹介や細々したところまで、全部私が説明するのは時間の都合上できそうにないの。なので今日は、大まかな概要だけ私から説明して、それ以降は他の人に頼むことにするわ」


「他の人というと、アテムさんでしょうか?」


 できれば違う人がいいな。という思いは悟られないよう、おずおずと尋ねる。そんな私の様子を見たジュノさんは「アテム君ももう少し周りに愛想良くできないものかしらねえ」と苦笑しながら首を横に振った。


 一瞬で私の心の内がバレてしまったのは、ジュノさんがすごいのか、私がちょろすぎるのか。……どっちもだろうな、きっと。


「アテム君には主に業務について教えてもらう予定だけど、彼以外の人にも分担はするつもりよ。今日はこの後、その人たちに挨拶回りに行こうと思っているから、詳しくはその後でね」


 挨拶回りと聞いただけでちょっと緊張してきた。初めての人に会うというイベントは何回経験しても慣れない。いらない気を遣うくせに、その気遣いがことごとくズレてしまう自分にほとほと嫌気がさすからだ。


「ちなみに、オリエンテーションが終わった後、リエルちゃんには超重大任務をお任せすると思うから、そこまでに今日会う人たちとはある程度仲良くなっておくこと。OK?」


 超重大任務ってなんのことだろう、と不安そうな目線を向けてアピールしても、ジュノさんは含みを持った顔でイタズラっぽく笑っているだけだった。私をダシにして『魅力的な大人の女性になろう!』の50ページの3行目にあった一節『秘密のある女性は魅力的に見える』を実践するのはやめてほしい。


「ふふふ、そんなに小動物みたいに怯えなくても、重大任務の内容についてもおいおい言うから大丈夫よ。さて、まずはここの基本的な話をするにあたって、まず"始まりの詩"のお話からしましょうか。リエルちゃん、"始まりの詩"って分かるわよね?」


 自分が必死で発した「不安です」アピールをなんとも面白そうに煽りながら、ジュノさんが業務的なことについて話を振ってくる。


「は、はい。言えばいいですか?」


「あらすごい、空で言えるのね。じゃあ聞かせてくれる?」


「では、コホン」


 ついにアピールチャンスだ! そう心の中で息巻きながら、何度か歴史の資料で読んできたその詩を読み上げた。

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