2. 廊下にて

 執務室から外に出ると、高い天井の廊下が弧を描いて続いていた。建物外側の壁はガラス張りになっていて、四階のすぐ外に見える巨大な魔法結界の緑の輪のさらに向こう側には、広大な麦畑が広がる西の国の平野全体が遠くまで見渡せた。うん、今日もとても良い天気だ。下はなるべく見たくないけど。


 ここ、中央図書館内の内観はちょっと変わっていて、先程の執筆室のような図書館チックな古風な雰囲気の場所と、今歩いている廊下の風景のように、基地のような先鋭的な雰囲気を持つ場所が存在する。エリア毎に内観が大きく異なるのだ。以前もこんなふうにジュノさんに連れられて歩いている時にふと不思議に思って、恐る恐るその理由を聞いてみたところ、気さくに丁寧に教えてくれた。


 曰く、この建物内の中で、本を扱うことが比較的少ないエリアは全て、北の国の設計の下で作られているのだそうだ。対して、本を取り扱うエリアの造りは西の国仕様になっている。そのためエリア毎にガラッとそのテイストが変わってしまうのだと言う。要は、西の"本の扱いに特化した建築様式"と、北の"緻密で堅牢な建築技術"をいいとこ取りした結果、ということみたいだ。


 ということで、今歩いているこの廊下は、北の国仕様ということになる。言われてみれば、自分がこれまで読んできた本の中で描かれていた北の国の天空都市、ポラリスヒルの街並みに、どこか通じるものがあった。ガラス張りの外壁や高い天井は、色んなところから光を取り入れていてとても開放的だし、白い内壁や床もまさに近未来空間! と言う雰囲気を演出している。


 こんな感じの街並みの中で、人間と自動人形オートマタが共に暮らしている世界。まさにおとぎ話で語られるような未来の世界が、まごうことなき北の国の現実なのだから驚きだ。しかもその都市が、ここよりさらにはるか上空、文字通りの天空に存在しているだなんて、ロマンの詰め込みにもほどがあると思う。


 西の国の少年たちはみんな天空都市に憧れていたけれど、ここを歩いているとその気持ちもなんとなく分かる、気がする。え、私? 私はここより高いところなんてできれば遠慮願いたいし、実物のオートマタを見るのも怖いから、本で読むだけでいいかな。


 しばらく歩いた後で建物の中心方向に曲がり、さらに進んで行くと、円錐の中央部の魔力機動エレベーターに突き当たる。このエレベーターも、かつて東の国と北の国が総力をあげて共同開発した、特注の発明品なのだそうだ。まだ汎用には至っていないらしく、ポラリスヒル以外で利用している施設は、世界広しといえどもここくらいらしい。


 私も実物を見るのはここに来た時が初めてだったので、最初はとんでもなく緊張していたけれど、研修期間などで何回も乗っている内にやっと慣れてきた。乗るたびに同期のコルルの袖を掴んでいたのが懐かしい。……向こうにとっちゃいい迷惑だったんだろうけど。今更だけど、ごめんねコルル。違う課に配属されてほとんど合わなくなった彼女は今どうしてるんだろう。


 このエレベーターのように、施設には最先端の技術だったり、はたまた太古の魔具だったり、色んな珍しいものが目白押しなので、子供たちの社会科見学やら遠足やらに利用されることも多いのだそうだ。


 そうした際には主に西の国、つまり私たちが案内や管理を受け持つことになっている。自分もいずれ担当することになるのだろう。とそこまで考えて、アテムさんが子供の先導をしている光景を想像してしまい、ちょっとクスッときてしまった。


 私たちを乗せると、エレベーターが四階から五階に上がっていく。音も振動もなく上がっていくのは快適だったけれど、私的にはやはり外の景色は見えないようにしておいてほしかった。


 しばらくして五階に到着したエレベーターが静かに止まった。ジュノさんの後に続いて廊下を歩き、一番手前の小さな会議室に入る。中にはすりガラスに囲まれた小さなスペースに、白い机と椅子が数個用意されていた。ここも北の国仕様みたいだ。


 そういえば就職活動の最中にここに来た時には、この部屋で面接を受けた気がする。その時やらかした苦い記憶が脳内で暴れ出しそうだったので、すぐに叩き潰した。


 叩き潰したのだから、大事なところで噛んじゃったとか、「えーっと」ばっかり言ってしまったとか、ノックの回数間違えたとか、そんなことは全然、まったく、これっぽっちも思い出していない。思い出してないったら!


「リエルちゃーん、帰っておいでー」


 会議室入り口近辺で、うんうんとうなされながら、記憶との大乱闘を繰り広げていた私を、ジュノさんが現実に連れ戻す。ああ、また一つ戦わねばならない記憶が増えた。すみませんすみませんと何度も唱えながら、私は慌てて勧められた椅子に座ろうとして……躓いた。

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