第十一話:忍び込んだ悪

前回のあらすじ!



このような症例は見たことがない。半身を覆いつくす入れ墨? 焼き印?

アレクシア様から究明を命じられたが途方に暮れている。


――ある医師の日記 帝国歴末ごろ


ニキアス様、ご乱心か?

 ペルサキス軍警察関係者から本誌は興味深い内容を入手した。ニキアス様が大規模な犯罪撲滅作戦を計画しているとのこと。その作戦内容として(ここから先は血に濡れていて解読不能)


――『週刊ペルサキス』 帝国歴99年2月1週版原本。※表紙には「発禁」と大きく判子が押されている。




――帝国暦99年1月末 ペルサキス城執務室



「論文が盗まれた……のはまぁいいでしょう。報告に二ヶ月もかかった理由が知りたいのですが?」


 アレクシアは壮絶な頭痛をこらえるように額に手を当て、報告を持ってきた大学に務める若い研究者に詰問していた。

 研究者は彼女を直視できずに縮こまり、震え上がった素振りで俯いたまま黙りこくる。

 その様子を見たアレクシアは、呆れたように質問を打ち切った。


「話になりませんわ。貴方はクビで。今月分の給料が欲しかったら、何が盗まれたかを話しなさい」


「……消術、新薬の治験結果、それとドラグーンの設計図です……」


 怯えながら喋る彼。アレクシアはこれ以上は話すことはないとばかりに舌打ちをして。

 無言で手を振って彼を下がらせると、机に向かって頭を抱えた。


 新薬の治験結果……はどうでもいい。あんなものちょっと真面目に取り組めば誰だってたどり着く。

 ドラグーンの設計図も……まぁ同じ発想はエクスカリバーにも見られるからまぁいい。


「問題は消術ですわねぇ……」


 アレクシアの魔法理論を更に発展させた、『エネルギーを移し替える』魔法。

 二ヶ月前の時点では確かちょっとした振動を精神力に変換して吸収、更に別の魔法という形で放出するところまでは完成していたはず。


「あれが盗まれたとなると少し厄介ですわねぇ。……まぁ、個人で使う分にはそこまで大したことはできないと思うのですが」


 できてもせいぜい音を消すくらいだし……と彼女は頷く。

 ゆくゆくは完成した新国家の合唱の音圧も利用して魔法の効率を上げたり、衝撃を弱める鎧を開発しようとは思っていたが。


 ま、そこまで脅威ではないでしょう。と彼女は手を叩いて、思考を切り上げる。

 どうせ盗人。価値も分からずに腐らせるだけだろうと舐めてかかった彼女は、誰がそれを手に入れたか、それをまだ知らなかった。



――その頃、ペルサキス領繁華街では。


 

 アルバートは、彼の妻アンナとワシムたちを連れてきていた。

 先にエリザベスの見舞いに行ったが、まだ目覚めていないと追い返された彼ら。

 昨年繁華街を訪れたアルバート夫妻が元海賊たちを案内しながら歩いている。


「いやぁ……すごい……こんな街は初めてみました……」


 ワシムがため息をつく。

 コンクリート造りの、三階四階建ての店や民家が立ち並ぶ。ランカスターも、彼らの母国も木造で平屋かせいぜい二階建ての建物ばかりの中、このペルサキスは遥かに現代的な街並みが作られていた。

 身なりの良い貴族や商人、軍人たち、出稼ぎに来た平民たち。にぎやかな繁華街の通りでは今日も多くの人々が行き交っている。


「……どこか変だな……」


「ですね。前は子どもたちが走り回っていたと思うのですが……」


 きょろきょろとあたりを見回して、店を冷やかすワシムたち。

 しかしアルバート夫妻は首をかしげて通りを見渡す。


「冬だからでしょうか?」


「違うなこれは。ほら、あれ」


 アルバートが小さく指差した先、裏路地に入っていこうとする小道で、二人組がこそこそと話をしている。

 ペルサキス軍警察の制服を着た警官が一人、若い女と一緒に笑っているのが見えた。

 大して怪しいとは思えなかったアンナは、彼女の見解を話す。


「……娼婦でも買っているのでは?」


「昼間からか? よく見ろアンナ。金を受け取ったのは警官の方だ……少し尾行してくる。ワシムたちの案内を頼んだぞ」


「ちょっと、ボレアスさんと話をしてから……」


 止めようとするアンナを置き去りにしたアルバートは、マフラーで顔を隠して彼らの近くへ向かう。


「はぁ。まぁアルバートなら放っておいても大丈夫でしょうが……」


 置いていかれたアンナ。ふと、ワシムたちに目を向ける。商店の店先で見つけた珍しい菓子を、外国人向けのぼったくり価格で買わされそうになっている彼らを見て、彼女はため息をついた。



――裏路地



「……(警官が女と分かれたか。どちらを追うか……)」


 足音を立てないようにそっと歩く。建物の影に隠れながら追う彼は、周りを警戒しながら、目を離さないように注意を傾ける。

 身体強化を掛けて鋭敏になった五感。わずかに背筋に寒気が走ると、後ろから中年の男の声がした。


「やぁ! 見ない顔だね。引っ越しのご挨拶にでも来たのかな?」


「ッ!?」


 アルバートの理解が追いつかない。振り返った先には男の笑顔。

 自分の身体強化に絶対の自信を持っていた彼は、不意打ちで後ろを取られたことに心の底から驚いていた。

 それを見た男は穏やかに笑い、アルバートの肩を叩く。


「そんなに驚かなくてもいいじゃあないか……いや、ここはあまり治安の良いところじゃないからね。無理もないか。通りに戻れる道を案内しようか?」


「……いや、大丈夫です。貴方はここの住民ですか?」


「仕事で住んでいるんだ。さあ、向こうが出口だよ」


 笑顔の男に促されて、来た道を振り返る。

 アルバートの背中に、男が思い出したように声をかけた。


「君は……どこかで……あぁ。ラングビの……確か試合はなかったと思うんだが、どうしてペルサキスへ?」


 そう問いかけられて、アルバートの背筋を汗が滴る。

 この男は只者ではない。と直感した彼は、とっさに嘘をついた。


「観光ですよ。可愛い子が居たのでつい……」


「ふぅむ……まぁこの路地はおすすめしないよ。三軒先の通りの娼館にしたほうがいい。では、よい旅を」


「えぇ、ありがとうございます。そちらこそ、よい仕事を」


 首を傾げて、怪しむように自分を見る男に定型文で返答し、アルバートは皆のところへ歩く。

 途中で、今の男がどこから来たのか確かめようと考えて裏路地を振り返ったが、もう彼は居なかった。


「……確証はない……しかしあの通りは怪しいな……」


 アルバートはその通りの再調査を決めて、一旦離れることにした。



――



 先程の裏路地、その奥に佇む民家。女が一人、男の足元に跪いていた。

 アルバートに向けたにこやかな笑顔は面影すらなく、険しい顔で女を見下ろす男。

 彼は苛ついたような声で怒りを向ける。


「馬鹿め。尾行されていたぞ」


「申し訳ございませんゼノン様……」


「あの男……アルバートとか言ったはずだ。観光とは言っていたが……貴様はどう思う」


 ゼノンは首を傾げて、あごひげを撫でる。

 少なくとも買収した軍人からの情報はない。アルバートも男、行く先々の地方の女と寝ていることは聞いている。好みの女を追いかけただけ、というのはまぁ否定できないな。と彼は考えて、跪く女に問いかけた。


「恐れながらゼノン様。彼はランカスター軍の士官です。ペルサキス軍と協力関係にあってもおかしくはありませんが」


「……注意しておく必要はあるな。それで、ニキアスの側近は落とせんか?」


「ボレアスは相当な堅物で……賄賂も受け取らなければ相当な愛妻家で女にも手を出さないと」


 それを聞いたゼノンは少し頬を緩めて、あっぱれと言ったように軽く手を叩く。

 彼の周りの警備をしている男たちが思わず笑った。


「素晴らしい軍人だ。男としても敬意を表したいところだが、邪魔だな。奴の家族を攫う。屋敷を調査しておけ」


「はっ。仰せのままに」


 出ていった女を見送り、ゼノンは自分の側近に声をかけた。


「おい、アルバートはお前が調査しろ」


「承知しました」


 先程のやり取りを振り返るゼノン。

 音も気配も魔法で消したはず。それも、アレクシアの大学から盗んだ論文を参考にして練り上げたもの。

 絶対に奴が事前知識として持っているはずがない。それなのに、自分が声を掛ける前に反応していた。

 少し、探りを入れてみよう。と彼は考えた。


「念の為、だがな。無理はするな。山賊二十人だか一人で始末したやつだぞ」


「……承知しました」


 繰り返した男の額を、冷や汗が流れる。

 上手くやらなければどっちみち死ぬ。そう彼は理解して、身がすくんだ。


「早く行け。俺が気が短いのは知っているだろう」


「はっ!」


 ドスの利いた声で念を押された男が走り去る。

 ゼノンは背もたれに身体を預けると、他の部下たちを部屋から追い出し一人、酒のグラスを傾けていた。


「リブラ筆頭に商人組合は完全にあれの配下……反アレクシアだとか言っていた貴族も喧嘩を売ることには及び腰……威勢だけはいい奴らめ……本当に頼りにならん……」


 彼は実に失望していた。

 ペルサキスに入ってから一月。

 不良軍人や反ペルサキス家、反アレクシアの負け組貴族から情報を買うことはできても、彼らは特に何をするわけでもない。威勢のいい声だけ遠くから上げ、いつか誰かがそれを成し遂げるのを待っているだけ。


「アレクシアもそれは分かっている。といったところか……まぁいいさ。奴らを焚きつけるのが俺のやり方だ」


 そういった彼は、急にニヤニヤと笑う。


 それに都合のいい、面白いおもちゃもある。

 ドラグーンの設計図から作った簡易火砲、それに消術とやらはこの二ヶ月の実践を経て完璧に使いこなせるようになった。

 それに皇帝から横流しされた新薬は既にペルサキスの労働者にバラ撒いた。依存症を起こした使用者共は自分たちから薬を買うために、平気で悪事に手を染める。こちらはそれを利用して、気づいた時には手遅れになるように、静かに静かに進めていけばいい。


「ふふふ。アレクシア。お前がバラ撒いた薬は利用させてもらう。お前の頭脳も、お前の力も、全部お前を殺すために使わせてもらうぞ」

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