第十二話:蠢動
前回のあらすじ!
似顔絵を見直したが、あまり似ていない。
あの男がゼノン? 確証はないが……
――アルバートの日記 帝国暦99年2月5日
ゼノンと面会した。皇女を討伐すると息巻いていたが、本当にできるのか?
我が○○○家が奪われた利権を取り戻すと約束されたが、皇帝の愚弟がこのペルサキスで何をするつもりなのだ?
――ある貴族の日記 帝国暦末ごろ。※日記帳に記されている家名や紋章が全て切り取られている為、改暦前の大粛清によって抹消された貴族だと思われる。
アレクシア様が考案し『消術』と名付けられた魔法は、我が国に技術革命をもたらしました。
研究が進みあらゆるエネルギーを変換できるようになった現在では、冷蔵庫やエアコン、バッテリーなど幅広い分野で使用されています。昨年、40年ぶりに帰還した恒星間有人航行船アレクサ号においても……
――『中等魔法学教科書』 69頁より
――帝国暦99年2月中旬、ペルサキス中心市街、アルバートの家
「いつになったら連絡が来るんでしょうか? それに繁華街の捜査も行かないなんて……」
「あそこは俺たちだけじゃダメだ。ボレアスとも協力しないと」
最初に繁華街へ向かってから十日ほど。怪しまれないようにと日雇いの仕事をしながら普通に生活していて、暇を持て余しているアルバート夫妻。
アンナは帰ってきたアルバートを迎えて夕食の準備、アルバートは泥だらけの身体を拭いて部屋着に着替えると、食卓へ座る。
「それよりアンナ、これ、なんだかわかるか?」
「……? なんですかそれ?」
「仕事仲間から貰ったんだ。疲労が取れて、目が覚める粉らしい。ランカスターの軟膏と同じような謳い文句だが」
そう言ってアルバートとアンナは、紙に包まれた粉薬を見る。
白い粉末を眺めてみて、特に変わった所は彼らには分からなかった。
「向こうにあるもので、ペルサキスに無いものは無いんですねほんと。羨ましい……」
そう言ってアンナが舐めてみようと指を伸ばすと、アルバートは彼女の手首を掴んでそれを止めた。
びっくりした彼女に、彼は慌てたように話す。
「駄目だ駄目。寄越した奴の顔が明らかにおかしかった。目が血走ってたし、もう一週間は寝ずに仕事をしているとか言っててな。そんなことができるはずないだろ?」
「それは確かに……ニキアス様に提出したほうがいいんじゃ?」
「そのつもりだ。明日一緒に行こう。ついでにボレアスの家にも、こっちから尋ねに行こうか」
――翌早朝、ペルサキス城
周囲を防衛するように作られた軍訓練場と飛行場、さらにその中央に聳えるペルサキス城。
中心街のどこからでも見える、近づくにつれてその巨大な姿を現す城を目印に夫妻はてくてくと歩を進め、訓練場を通り過ぎてやっと門前に辿り着いた。
「頼むよ入れてくれ。ニキアス様にお見せしなきゃいけないものがあるんだ」
「お忙しいニキアス様が平民と会うわけないだろ……入城許可証もないのにお前らは……ほら帰った帰った」
「アルバート、無理ですって……」
朝から出てきた二人が、ペルサキス城の門前で衛兵と問答をしていたところ。
途方にくれる二人の後ろから、白馬の牽く、豪奢な飾りのついた馬車が迫っていた。
「おい平民! アレクシア様の馬車だぞ避けろ!」
「あ、あぁ……」
怒鳴られて思わず飛び退いた二人。アレクシアの馬車と聞いてそちらを見ると、眠そうな顔をした絶世の美女が二人を見下ろしていた。
門から入って少し進んだ馬車が停まる。馬車から慌てた様子で降りた御者がこちらに走ってくるのが見えた。
「おい! 衛兵さん! その二人を入れろって! アレクシア様から!!」
「え? あ、そう。それならいいが……」
呆けた様子の衛兵に通された二人は軽く会釈をして、アレクシアの乗る馬車に追いつく。
馬車の客室の扉に手をかけようとしたアルバートを、血相を変えた御者が小突いた。
「お前は! 徒歩! 後ろを歩けバカ! 誰がお乗りだと思ってんだ!!」
「え、あぁ……すみません……」
エリザベス様やシェアト様はこういうところ気安かったんだなぁ……と思いながら、アルバートとアンナは馬車の後ろを歩く。
数分ほど行ったところで待たされ、家臣に手を引かれ降りたアレクシアが城に入ってしばらく、二人もやっと入城を許可された。
「……貴方のほうが貴族の作法になれているのでは?」
「いや、ここまでちゃんとしたのは……」
アンナが渋い顔でアルバートを見る。
確かに彼も客としての作法は知っているが、それはラングビの大スターとしての扱い。ここまであからさまに平民として扱われたことはなく、完全に面食らっていた。
ともあれ入る事を許された二人。城の家臣に言われるがままに一室に通されると、柔らかいソファに美味しい茶と菓子に喜んでいた……のだが。
――ペルサキス城応接室
「なあアンナ。この部屋で待て、ってもう何時間経った……? あ、それチェック」
「……一手戻させて下さい。もう昼近い気もしますけど。随分明るくなってきましたし」
やたらと多くの茶と菓子が出され、ついでにボードゲームまで用意されていたことで、二人は完全に嫌な予感がしていた。
早朝から来ていたはずだが既に天高く日は昇り、そろそろ腹も空いてきた頃。
実はアレクシアやニキアスの方も朝から会議に仕事に大忙しだったのだが、それを知る由も無いアルバート夫妻は待ちぼうけを食らっている。
ボードゲームで暇をつぶしていると、不意に扉が開いた。
「お待たせいたしました。アルバート様、アンナ様。これからアレクシア様がお越しになります。お食事をこちらで、あなた方と一緒に摂られますので、ご無礼の無いように」
入ってきた家臣がそう言って、応接室に次々と運び込まれる料理の数々。
え、こんなに食べるの……? と二人が目を丸くしていると、丸パンをかじりながらこの城の主が現れた。
「おまたせしましたわ。会議があったもので。それで? 何かあったから城に来たのでは?」
「え、あ、はい。ニキアス様へのご報告のつもりだったのですが……」
「失礼ですわね。わたくしに要件を言え、と言っていますの。できるだけ短く」
イライラとした様子のアレクシア。言葉の切れ目切れ目で積み上げられたエビフライを口に運びながら、アルバートを急かす。
申し訳ありません。と頭を下げた彼は、懐から紙に包まれた粉を取り出すと、彼女の前に差し出した。
「なんですのこれ。…………どこで、これを手に入れましたの?」
その粉を見た瞬間、アレクシアの食事の手が止まる。
アルバートは急にトーンの変わった声に少し恐れつつ、入手した経緯、そして自分に渡した男の事を話した。
「……なるほど。やってくれましたわねぇ……」
アレクシアはそう呟いて、残りの食事を下げて出ていくように侍女に指示を出す。
片付けが終わると、彼女は真剣な表情で二人に向き合った。
「これは、ペルサキスでは出回っていないものですわ。その男はどこからこれを入手したと?」
「……中心街の路地裏で売ってる、と言っていました。試すだけならタダ……とか言っていましたが……」
その言葉に、アレクシアの頬が一瞬引きつった。
彼女の髪が淡い虹色に光り、怒りを必死に噛み殺している表情にも見える。
「わかりました。お手柄ですわアルバート。……おふたりとも、その薬は使わないことをおすすめしますわ。死に瀕した人間が、その苦痛から逃れるための薬ですので」
そう話すアレクシアの表情と仕草に、アンナは僅かな違和感を覚えた。
本気で喋っているであろう目の前の皇女殿下はなぜ、それを知っているのか。なぜ、使うなと言い切れるのか。
アルバートはそれを心からの忠告だと受け取って小さく頷き、ついでにもう一つ聞きたいことが思い浮かんだ。
「それと、もう一つよろしいでしょうか?」
「えぇ、手短に」
「気配や物音を消す魔法ってあるんですか? 皇女殿下は帝国で一番魔法にお詳しいと伺っていますので……」
その問いに、アレクシアは小さくため息をついた。
確かに、今はある。盗まれた論文を誰かが悪用していると確信した彼女は、アルバートに詳細を話させることにした。
路地裏で逢った愛想のいい男の話をすると、彼女の目が鋭くなった。
「なるほど。理解しました。貴方の身体強化をすり抜けた……となると、相当強力な魔法のようですわねぇ。大学のいい研究課題になりそうですわ」
すっとぼけることにしたアレクシアははぐらかして、しかし有益な情報をもたらしたアルバートに手ぶらで帰らせるのは悪いと、一つだけヒントを与えることにした。
「わたくしの書いた魔法理論論文は難しくて読めないでしょうから。心当たりのある原理を一つ」
「……?」
「例えば貴方の身体強化は、誰よりも強い精神から誰よりも強い肉体を生み出すもの。それを逆にできるかどうか……まだそれは解明されていませんわね」
??? とアルバートの頭に疑問符が浮かぶ。強い精神って言われてもあまり心当たりは……と思いつつ、アレクシアの話に黙って頷くことしかできなかった。
横のアンナは何かに気づいた様子で、しかし口を挟むことは大変な無礼に当たると理解して、静かに黙っていた。
それでは予定がありますのでこれで。とアレクシアが一方的に打ち切って退出する。
二人も席を立ち、次は……とボレアスの住む住宅街へ向かった。
――ペルサキス城医務室
二人が城を出た頃、アレクシアは日課になったエリザベスの見舞いに訪れていた。
シェアトに代わった医者から未だいい報告を聞かないのだが、それよりも意味のわからない事態になっている。
「……で、エリザベスはまだ目が覚めませんの?」
「はい。もう十日以上……しかし完全に健康体です。飲まず食わずなのですが……」
点滴や呼吸器を着けて植物状態……ならまだ分かる。しかしそんなものが存在するわけがないというのに、昏睡状態のエリザベスは健康そうに眠り続けている。
動いても居ないのに床ずれの様子もなく、規則正しく寝息を上げ続ける彼女。アレクシアはひたすら首を傾げていた。
「入れ墨の魔法……? よくわかりませんわねぇ本当に。ま、起きたらすぐに呼んでくださいな。たとえ深夜でも早朝でもいつでも必ず、ですわよ」
そう言って部屋を出ていこうとするアレクシア。
ふと、何かの声を聞いた気がした。
『……アストライアの器……我らが宿敵……』
「ん? なにか言いましたの?」
「いえ? 何も……」
振り返り、医者と揃って首をかしげるアレクシア。
二人の視界の外で、エリザベスの右半身に刻まれた入れ墨が不気味に蠢いていた。
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