第七話:復讐の皇女
前回のあらすじ!
身分違いよりも高い壁がありました。私はエリザベスを愛していたのに、彼女は母国を愛していた。
きっとあの出会いがなければ恋をしていなかったのに、あの出会いのせいで永遠に結ばれることはなかったのでしょう。だから私は絵に描いたのです。理想の未来を。
――アイオロス=クセナキス 50年頃、週刊誌のインタビューにて
毎日毎日何度も何度も求婚してこられると流石にぐらついてくるけれど。私にはやることがあるのよね。
この魔法は、帝国の誰も知り得ない。この力は、きっと誰も持っていない。
無事に帰ることができた、それを神に感謝する。運命は私の味方をしている。
――エリザベス=ランカスターの手記 帝国暦99年頃
――帝国暦99年、1月中旬、ペルサキス領、ペルサキス城執務室。
相変わらず降り積もる火山灰。真っ暗な闇、それがもたらす極寒の中、最悪の新年を迎えたペルサキス。アルフェラッツからやっと戻ったアレクシアは書類仕事をしていたが、彼女の下には次々と悪い知らせが届く。
「……ふざけんなクズどもが!! ですわ!!」
食料や物資の暴騰、紙幣価値の暴落。これはまだいい。領地の封鎖をして領内で回せる分でなんとかなる。幸いなことに被害を受けていないらしいランカスターからは春の収穫も期待できる。
最大の問題は領外、特に首都近郊の中央貴族たちの領地から訪れる、連合国民を狙った盗賊などの悪党達。
人口の多いペルサキス中心街から離れた所に作られた避難民の仮設キャンプが被害にあっていると、軍を引き連れて直接討伐に向かっているニキアスが手紙をよこしていた。
「奴らにそんな組織的な行動が取れるはずは……」
犯罪者に対しては二度とペルサキスに手出しできないように、首都で数少ない新薬を奪い合うように、新薬の実験がてら薬漬けにして送り返したはず……と顎に手を当てて考えるアレクシアの後ろから、シェアトがどこか入ってきたのかすっと顔を出す。
「なるほど、これはアレクシアの敵に、統率者がいますね」
軽くため息をついたアレクシアはシェアトに向き直り聞いた。
「シェアト……いや、もう良いんですが。わたくしの敵……というのはやはり?」
まぁ冷静に考えてみれば中央貴族とかその辺だろうな。と一旦落ち着く。
アレクシアは、シェアトの話を聞いて現状の再確認をすることにした。
「わたしたち連合国に、あなたたちペルサキス。どちらも嫌いなのは当然皇帝でしょうに。わたしたちによる粛清の混乱に乗じて、奴らがあなたの背教者を送りつけてきたんでしょう。実に腹立たしい……」
うん? とアレクシアは違和感を覚えた。
そもそもこの間の噴火は、エクスカリバーの鞘にかかっていた魔法を、自分が発動させたからでは? と首をかしげる。
「……お父様の話は一旦置いといて、ですわ。貴女たち司祭が、粛清を?」
聞き返したアレクシアに、シェアトは笑顔でうなずいた。
「昨年貰いました火の呪文書……信じてはいましたが、まさか本当に火山を揺り動かすなんて……」
確かに書いて渡した覚えはある。連合国の古語を言われるがままに書き記した呪文書。
あれで、何をした? とアレクシアは声を震わせる。
「……どういうことですの?」
シェアトは恍惚の表情で天を仰ぐ。
「あれは火山の神への祈り……我々司祭があなたという神の力を借りて唱える大魔法……噴火は素晴らしいものでした。見事に背教者達の国を一瞬で炎の海に……」
うっとりとした様子で、続けて長々と語るシェアト。呆然としたアレクシアは最後まで聞いていなかったが、自分のせいじゃないと気づいて、安堵のため息が漏れるとともに膝から崩れ落ちる。
「そう……あれは貴女達の……魔法……」
どっちにしろ自分のせいじゃ? とは一瞬考えたが、手を下したのが自分じゃないなら別に良い。
こいつら連合国司祭が自分を騙して書かせて使った大魔法が原因なんだ、と自分に言い聞かせて立ち上がるアレクシア。
「……それ、詳しく聞かせて頂けます?」
立ち上がった頃には、彼女の興味は別の所に向けられていた。
集団意志の魔法の制御。それを目の前の司祭は、司祭たちは自分より先に完成させたのだ。
「もちろんです! アレクシアの助けになれば!」
狂信者は満面の笑顔を浮かべると、彼女の神に全てを話した。
――黒い女神を見たあと、火山が噴火した。
シェアトはそう語った。新薬を皆で服用し、この世の絶頂と言わんばかりの多幸感の中、一斉にアレクシアの書いた呪文書を高らかに謳い上げた司祭たち。
そして彼らを統率するものとして司祭たちの力を集約した彼女は、薄れゆく意識の中で確かに見たと言う。
その時の幸福感を思い出してか、シェアトの薄桃色の唇の端から涎が滴り、豊かな胸元にこぼれ落ちた。
真剣な眼差しで聞く自らの女神の視線を受け止めた彼女は我に返り、慌ててそれを拭うと話を続ける。
「……失礼しました。あれは、たしかにアレクシアだったと思うのです」
「わたくしは、この通りですが」
自分を指差すアレクシア。髪は白金、どこからどう見ても黒いところなど一つもない彼女。
シェアトは不思議そうに、顎に手を当てて首をかしげる。
「少なくとも、あの場にいた司祭たちは全員アレクシアだと言いました。黒い女神が誰なのか……言われてみれば不思議ですね」
そもそも違和感に気づいていなかった様子のシェアトが語る。
アレクシアは少し考えると、シェアトの唇に人差し指を当てて、自分の悪夢の話をした。
「此処から先はわたくしと貴女の秘密ですが、その女神とやらに心当たりがありますのよ」
今度はシェアトが真剣な眼差しで、アレクシアの夢の話を聞いた。
少しだけ脚色をして、その黒い女神に自分が神の器であると諭された話。
それを聞き終わったシェアトの瞳が喜びに輝き、机を叩いて立ち上がる。
「素晴らしい! ついに目覚めていただいたのですね!! アレクシア! わたしの女神!」
「声が大きいですのよ」
呆れた顔でシェアトを制し、椅子に座り直させたアレクシア。
あれはやはり人の力。意志の力。と彼女は確信していた。それを思い通りに扱うために、この司祭たちの成功を利用する。
その実験に、丁度いい障害があるじゃないか。とアレクシアの心が囁く。
「そういうことでシェアト。連合国からの避難民を救うために、この力を使おうと思うのですが」
「本当ですか!? ぜひご協力させて頂きます!」
喜ぶシェアトの幸せそうな顔を見て満足したアレクシア。
皇帝の前座としては物足りないが、犯罪者共の粛清という大義名分のもとであれば、人々も動かしやすいだろう。と考える。
「彼らを粛清するには、人々の力を借りなければいけませんわね。しかし、後ろにいるであろう統率者はいったい……」
しかしまず誰が、彼らの後ろにいるのか。
簡単に領境を通過できているとすれば、少なくとも中央貴族達とグルであることは事実。
そして、連合国から避難民が来ている地域を知っていて的確に襲っているのなら、確実にそれは身分の高いものの仕業。しかも恐らく、既に領内で情報を得ているはず。
ソロンや中央貴族の誰か個人ではないことは確実だ。奴らが犯罪者達を組織するなどということはないはずだし、ペルサキスまで来ることはありえない。
だが、アレクシアは心当たりがあった。犯罪者の王などと戯言をのたまう下郎を一人知っている。
「まさかとは思いますが……叔父様かしら……? お母様に続いてわたくしにまで手を出すとは……」
ぶつぶつと呟くアレクシアを心配するように、シェアトが口を挟んだ。
「アレクシア……? おじさまとは誰でしょう?」
「ゼノン……あのクズが……!!」
その名前に感情を抑えきれず、怒りを帯びた声を発した瞬間、アレクシアの周囲に紫電が走る。
シェアトは呪文も唱えずに魔法を使う彼女の様子に、感動したように手を合わせ、喜びに声を上げた。
「あぁ……やはりあなたが! 地に降りた女神……!」
「シェアト、貴女はわたくしの側で手伝いをお願いしますわ。集団魔法を完成させますのよ」
「全てはあなたの思いのままに、アレクシア」
胸に手を当て、忠誠を誓うシェアト。
アレクシアは外の侍従に声を掛けると、エリザベスを呼んで来るように指示を出す。
しばらくしてエリザベスが入ってきた頃には、アレクシアの手元にはゼノンの人相書きが出来ていた。
「アレクシア様。参りました」
「あぁ、エリザベス。貴女の指揮官としての実力を買って、仕事を与えますわ」
入ってきてそうそうエリザベスは冷や汗をかいた。
どうせろくな用事ではないんだろうなぁ……とは覚悟していたが。
「了解です。何の仕事でしょうか?」
「これ、似顔絵ですの。連合国からの避難民を襲わせている主犯ですわね。こいつを探し出して連れてきなさい」
似顔絵を見せられたエリザベスは目が点になった。
記憶の中にある皇帝によく似た顔。まさか皇帝の血縁者を、首都まで行って捕まえてこい? 冗談じゃないと声が震える。
「お父様の弟、ゼノンですわ。犯罪者の王などとのたまう不届き者ですの。ペルサキスのどこかにいるはずですわ。こいつを捕まえて、処刑しますので」
エリザベスの震える声を聞き、吐き捨てるように言うアレクシア。
なるほど……とエリザベスはその似顔絵を見直しながら、念の為聞いておく。
「探しますが、この広いペルサキス領で……?」
「中心街に絞って問題ないはずですわ。連合国からの避難民がどこへ行くか。それをいち早く知るとしたら、この近所でしょうから。どれくらい人が必要か教えていただけると」
ふむ……とエリザベスは顎に手を当てる。
犯罪者の王、ということはおそらく大規模に人を動かしても捕まらないような相手だろう。
感づかれないように、内通者を出さないような少人数のほうが望ましいな。と彼女は考えていた。
ついでにいずれ戦う可能性もあるペルサキスだし、自分のところの軍を呼べないか、聞いてみるだけ聞いてみようと口に出した。
「このゼノンというのが以前からこの地にいるのであれば、警察隊は買収されている可能性もありますし、信用できませんから。道案内にペルサキス軍を数人。なるべくランカスター軍から人を使いたいですね」
「……確かにその方が良いかもしれませんわねぇ」
ランカスター軍をペルサキスに入れるという提案に、少し嫌そうな顔をして見えたアレクシアだったが、渋々了承した。
「それと、既に取り込まれている市民の扱いはどうしましょう」
「殺して構いません」
即答するアレクシアに、エリザベスは肝を冷やす。
「……承知しました」
一言だけ返答し、好き放題やっていいということか、とエリザベスは理解した。
もちろん、やりすぎないようにしなければならないのだが。
「抗争、と言うにはいささか大きなものになるかもしれません。その点は?」
「ゼノンの抹殺を優先しなさい。アレは……いや、いいでしょう。貴女には関係ありませんから」
「……? わかりました。それでは」
一礼して部屋を出て、廊下を歩くエリザベス。
えらく不機嫌そうだったなとアレクシアの苦々しい顔を思い出す。
もしかしたら、あのゼノンってのは使えるかもしれないわね……と考えた彼女は翼竜大隊にランカスター行きの郵便を頼むと、部屋に戻って作戦を立てることにした。
一方、去って行くエリザベスを見送ったアレクシア。
彼女は珍しく冷静さを欠いていた。
「ゼノン……ネズミのように地下を這いずり回っているのであれば見逃しましたが……太陽のもとに出てきたのであれば、わたくしはお母様の仇を取りますわよ。お父様と違って、わたくしは甘くないところを思い知らせてやりますわ……!」
怒りに燃え、虹色に輝く髪と瞳。
隣にいるシェアトは恍惚の表情で彼女を見つめて聞いた。
「アレクシア、あのエリザベスという方は信用できるのです?」
「別に失敗しようが構いませんが。まぁランカスター家の人間ですし、いい線は行くと思いますの。それより公開処刑の準備をしなければ……」
「まぁ、あのお方が……それはそれは……」
シェアトの呟きを、アレクシアは聞いていなかった。
本来の、帝国への復讐の前。自分の母の仇に気を取られた彼女は、準備と考えを巡らせる。
シェアトがふと考えを話した。
「公開処刑でしたらアレクシアの雷で……そうですね。雷神への祈りを考えておきましょう」
「お願いしますわ。沢山の庶民が唱えられるように覚えやすく……そうですわね……」
その考えに賛成し、沢山の庶民と自分で言って、アレクシアの頭によぎったのはラングビの試合。
観客が高らかに歌い上げるチャント……応援歌という祈り。
「歌ですわ! シェアト、呪文を歌に乗せてわたくしへの祈りにしましょう!」
「なるほど、良い考えだと思います。すぐに作らせましょう」
「それができたら音楽祭を開きますのよ。ペルサキスの国歌として庶民に浸透させましょうか」
音楽祭などと、兄ベネディクトの真似をするのは癪だが、この最悪の冬の景気づけには悪くないだろう。とアレクシアは考えた。
この寒さではラングビの試合もしばらくは行えないから競技場の予定も空いている。
わかりました! と音もなく走って出ていくシェアトを送り出して、アレクシアは暗く笑う。
「ふふふ……庶民を勇気づけ、悪党を討伐。まるで物語の勇者のようですわね」
燭台の火に照らされて、彼女の虹色の瞳がぎらぎらと輝いていた。
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