第六話:旧王国の遺産

前回のあらすじ!



せっかく買った新居の壁が。コールブランドは触らないほうがいいかもしれない……


――アルバートの日記 帝国暦99年12月27日



売れなかった、ってことにして返品しておくことにした。

僕はとてつもない過ちをしてしまったかもしれない。今は連合国の無事をただただ祈るのみだ。


――ニキアス=ペルサキスの日記 帝国暦99年12月27日



帝国暦末に起こったプロメテウス火山(当時)の大噴火は、アンドロメダ連合国、及び帝国北東部に多大な影響をもたらした。連合国、特に火山のあったアディル王国では農作物の収穫量が元に戻るまで100年以上の期間を要した。(中略)被害の少なかった帝国北東部ペルサキス市でも、一ヶ月以上降り続いた火山灰の影響で、長らくの間市民は呼吸器疾患に悩まされたと言われている。

この噴火は本来の噴火周期から大きく外れており、アレクシア大学による大規模調査(750年頃)、そして連合国で発見された文献(620年頃)により、現在では魔法による強い影響があったのではと推測される。


――『火口の街―アディル市の歴史―』 アンドロメダ出版 813年




――帝国暦98年12月下旬

  火山が噴火を起こす前日、アンドロメダ連合国、アルフェラッツ王国首都



 昼間だと言うのに雲は厚く、はらはらと降り積もる雪。

 対岸のペルサキスと違い、赤土のレンガ造りの建物が軒を連ねる市街の中心。

 アイオロスを連れ謝罪行脚に回って、やっとアルフェラッツまで戻ってきたエリザベス。

 寛大にも宿を貸してくれたアルフェラッツ王の城の客室で、温かな緑茶を飲みながら背中を丸めて暖炉にあたっていた。


「寒すぎる……北部の冬はほんとつらいわ……」


 一年中暖かなランカスター出身の彼女は、厚着しても尚身にしみる寒さに体を震わせる。

 酒を煽って体を温めても、数分で酔いが冷めてしまう。


「エリザベス殿、やはりお美しいですなぁ」


 彼女の後ろには、筆を持ちキャンバスに挑むアイオロス。

 先月ニキアスに貰って以来すっかり趣味で絵を描くようになった彼は、暖炉の前で縮こまるエリザベスをモデルに絵を描いていた。


「あんたねぇ……寒さに強いのは羨ましいけど、いくらなんでも元気すぎない?」


「まぁ慣れていますから! それより、なかなか素敵に描けたと思うのですがどうです?」


 呆れたように見るエリザベスに、アイオロスは彼の描いた絵を見せつける。

 暖炉の前で丸まった女の絵。元々才能があったのか横顔が随分綺麗に……と、彼女は感心して、同時に気恥ずかしくなった。


「……もっと美人に描いて後世に遺しなさいよ」


「そうですな! エリザベス殿の力強さ、美しさを表現するにはまだまだ精進が足りません」


 照れ隠しのように顔を隠し、文句をつけるエリザベス。明るい笑顔でそれに返すアイオロス。

 『画聖』アイオロス=クセナキス。彼が生涯想い続けた彼女をモチーフにした絵は、実に二百点以上が発見されている。


 二人が絵を見ながら喋っていてしばらく、扉を叩く音がした。

 どうぞ、とエリザベスが声を出すと、アルフェラッツ王が入ってきた。


「エリザベス=ランカスター、貴様に話がある」


 彼の威厳ある声に、はい! とエリザベスの背筋が自然に伸びて立ち上がる。

 アルフェラッツ王は一度アイオロスを睨みつけたが、誠実に謝罪を済ませた彼には既に敵意は無いようで、エリザベスを連れていった。

 

「あの……どちらへ……」


 王の背中について城内をしばらく歩き、地下へ向かう階段を降りながらエリザベスが尋ねた。


「書庫だ。貴様らランカスターについて、こちらの蔵書を贈ろう」


「はぁ……しかしなぜ……?」


「ニキアスから、ソロンに一泡吹かせたと聞いてな。その礼だ。いや、持ち主への返却と言ったほうが正しいかもしれんが」


 蔵書……と言われても。とエリザベスは困ったような顔をした。

 その彼女に、王は立ち止まって振り返ると、表情を緩めた。


「知らんのか。この大陸の魔法のほぼ全て……最近アレクシアが開発したものを除いて、貴様らランカスター家の遺産だ」


 アレクシアの謎の雷魔法に、彼女が連合国の学者と共同で開発している最中の数々の魔法。

 それ以外の、ランカスター王国語で唱えられる身体強化、風、火の魔法は全てかつて初代ランカスター王ただ一人によりもたらされたもの。

 エリザベスは当然それを知っているが。


「いや、それは確かに知っていますし、こちらにその蔵書はありますが……」


「他にもあるのだ。対岸がペルサキスと呼ばれる前、ランカスター王の別荘からこちら側に持ち出された呪文書がな」


 アルフェラッツに秘匿された魔法の数々。帝国との戦争に長年用いられてきたそれら。

 エリザベスはそれに興味を持った。



――アルフェラッツ王に案内された書庫の中、エリザベスは一人呪文書を漁る。



「……なるほど。これが王妃の……不死の魔法将軍の秘密……」


 古語もある程度は読める彼女は蝋燭の明かりの下、静かに読んでいた。


「人間の身体が小さな粒で出来ている……? そんなの聞いたこともないけど……」


 帝国には伝わっていない治療の魔法。人間の身体を構成している小さな粒を組み直して元に戻す。

 それを読んだエリザベスはその呪文を読み込むと、試しに自分の親指を強く噛んだ。

 血が滲んだそこをしっかり見定めて集中する。


「生の神よ。この生者の元の姿を……ヒール」


 挿絵に丁寧に描かれた、傷口が再生していく様子を自分の傷口で想像する。

 少し力が抜けた気がすると、親指がきれいに治っていた。

 

「……こんな小さな傷の割に疲れがすごいけど……使えるわね」


 満足したエリザベスはページをめくっていくと、一つの挿絵が目に止まった。

 

「これ……どこかで見たことあるわね……?」


 刃の無い剣と、その鞘の絵。


「……なんて読むのよこれ……エクス……カリバー……?」


 なんか似たようなものが城の倉庫にあったような……と思い返す。

 その項目を読んでいくと、剣に選ばれたものが鞘に書かれた呪文をなぞると、剣を執る王を信ずる者たちの力を束ねた光の刃が現れ、初代ランカスター王がこの地を支配していた神を斬ったという歴史の記述。

 そしてそれに必要なのは、強大な敵を打ち倒すという人の意志。


「これ……まさか……コールブランドのこと!?」


 思い出したエリザベスは愕然とした。

 アルバートに与えたあれは、儀礼用の剣などではなかったのか、とその呪文書を読み直す。

 柄の特徴は完全に一致しているし、その鞘も別の美術品として保管されていたはず。 


 美術品に全く興味を持たなかったことを少し後悔しつつ、彼女はなんとかしてランカスターへ帰らなければならない、と決意した。

 だが、しばらくは人質としてペルサキスにいなければならない。どうしたものか……


「まぁ帰る方法は追々考えるとして……今はここから必要なものを持って帰らないとね」



――その後も一晩中書庫で古代の呪文書を漁っていたエリザベスは、目の下に隈を作ってアルフェラッツ王に挨拶に来た。



「アルフェラッツ王、感謝いたします」


「良いものは見つかったか? それなら良かったのだが」


 エリザベスの嬉しそうな様子を見て満足したアルフェラッツ王の様子を見て、ところで……と切り出す彼女。


「アレクシア様に、この呪文書は……」


「当然、渡していない。これは俺の先祖が貴様らランカスター家から頂いたものだからな」


 それを聞いてエリザベスは安心した。

 いずれ倒す必要がある敵、アレクシア。彼女が自分たちの切り札となりうるコールブランドを知らないのはありがたい。


「ありがとうございます。あと、この『エクスカリバー』については何か知りませんか?」


 念の為聞いておく。再現されたものがあれば、それを利用する手もあるのだが。

 王は少し考えて、呆れたように口を開いた。


「神を斬った光の剣、だったか? 昔、再現にも失敗したようだから……ただのおとぎ話であろう。そもそもあんな物があれば戦争に勝っている。貴様らもそうだろうに」


「確かに……」


 自分の家に伝わる言い伝えでも、エクスカリバーなんて名前は聞いたことがない。

 しかしコールブランドと言う名前で本物がある以上、どこかで伝承が失われた、もしくは光の剣を発動する条件が満たせなくなっただけで、これは真実のはず。とエリザベスは推察した。


 しばらく考え込んだ様子の彼女に、アルフェラッツ王は笑顔を向ける。


「まぁよい、貴様は我々の遠い親戚……娘のようなものだ。事情は聞いているが、良ければ冬の間はゆっくりしていけ。ペルサキスもこちらにいる分には手出しはしないだろう」


 初代アルフェラッツ王の妻はランカスター家出身。それを聞いていたエリザベスも笑顔を返し、その言葉に甘えることにした。


 客室に戻ったエリザベスはアイオロスに声をかけられた。


「エリザベス殿、昨夜はお帰りになられませんでしたが、まさかアルフェラッツ王に……」


「下品なこと言ったらその口を縫い合わせて大河に放り込むわよ」


 本気で心配したように声を震わせる彼に、怒りの声で言葉を返す。

 アイオロスは大人しく黙ると、思い出したように手を打った。


「あぁ、そう言えば遠い親戚でしたな。父上に聞いていましたが」


「そうでもなきゃ許してもらえなかったでしょ。あんたも処刑されてたわね」


 胸をなでおろすアイオロスに残酷な真実を告げると、エリザベスは外出用の上着を羽織る。

 今日は気分もいいし、なにより暖かい。どこか外へ食事でも行こうとアイオロスを誘い、彼も喜んでそれに応えた。


 城を出て、二人で外を歩く。

 繁華街で見かけた連合国特産の蕎麦に舌鼓をうち、すっかり満腹に。

 久々に顔を出した太陽の穏やかな光を浴びて、エリザベスは大きく伸びをした。


「あ~、いい天気だわ今日は。毎日これなら冬を乗り切れる気がするんだけど」


「そうですなぁ。お? 雪合戦ですか。実に楽しそうで」


 のんびりとした声でアイオロスが指をさす。公園で雪合戦に興じる市民たち。

 連合国はもちろん、ペルサキスや帝国首都でも冬によく行われる、置かれた壁に隠れて雪玉を避けながら相手の陣地の旗を取る競技。

 久々に晴れたということで、市民たちは太陽神へ感謝を表すためと、ちょっとした大会を開いていたようだ。


「へー、面白そうねぇ。ルールとかあんの?」


「ラングビが出来ない時の娯楽ですから、もちろん知っています。ざっくりですが説明いたしましょう」


 指示役が一人に、フィールドに入ることができるのは七人、雪玉があたったら退場で……などアイオロスの説明を聞きながら、エリザベスが興味深そうにその様子を見つめる。

 しばらく見ていた彼女は、丁度負けたチームにつかつかと歩いていくと声をかけた。


「ねぇ、あたしに指揮させてくんない?」


「あんたみたいな美人さんに応援されたらそら嬉しいけど、指揮ってどういう……?」


「言った通りよ。次の試合までに早速打ち合わせするわ」


 偉そうに声をかけてきたそれなりに身なりの良い、気の強そうな異国風の美女。

 彼女の勢いと説得力に飲まれて、最初は半信半疑で話を聞いていた彼らも段々と真剣な表情になっていく。


「なるほど……そうやればいいのか……」


「さあ倒すわよ!! 次は勝つわ!!」


 腕を振り上げて檄を飛ばす。

 彼女の声に応えた彼らも雄叫びを上げた。



――



「左翼! まとめて投げろ! 後衛、旗を守れ!!」


 先程負けたチームとは思えない統率の取れた動きに、相手チームは次々と人数を減らしていく。

 帝国軍を退けた天才指揮官の本領が発揮され、彼らが敗者復活戦から駆け上がっていくのを誰も止められなかった。

 

「いやー、あんたすごいわ! 名前なんて言うんだい?」


「エリザベス=ランカスターよ。久々に楽しかったわ!」


「貴族様だったとは……」


「ランカスターって……王様のご先祖様じゃないですか!」


 日が沈みかけた頃には優勝を勝ち取り、彼女を讃える市民たちに囲まれハイタッチを交わして、満面の笑顔を浮かべるエリザベス。

 画材を買ってきていたアイオロスは、その光景を遠くから熱心に描いていた。


「流石お美しいですなぁ……」


「アイオロス! せっかくだからあんたも飲みなさいよ!」


 しばらくして、赤い顔をしたエリザベスが暖かい蒸留酒を持ってくる。

 彼女は彼の腕を引いて市民の輪に戻り、一緒になって太陽の神へ感謝を捧げる祝いに参加していた。


 しかし楽しいことは長くは続かないもの。

 すっかり日が落ちた通りで、僅かに地面が揺れるのを感じた。

 地震など殆ど起こらないこの地。驚いた市民たちが我先にと逃げ出す。


「避難するなら公園でいいのよ!! 中に入ったらだめだってば!!」


 建物に入ろうとする彼らを怒鳴りつけて、強い胸騒ぎを覚えたエリザベスは空を見上げた。


「なによアレ……」


 東の空遠くに向けて炎が飛び出し、あっけにとられたところに轟音が駆け抜ける。

 思わず耳をふさいでしゃがみ込んだ彼女は、音が止むとふらつきながら立ち上がった。


「これ結構まずいわね。早く城に戻るわよアイオロス!!」


「わかりました。急ぎましょう」



――城に戻った二人は、救助のための遠征に向かうアルフェラッツ軍の準備を手伝っていた。

  治癒魔法を極める王妃が軍医たちを引き連れて向かう前、二人に手伝いの礼を述べて、軽く挨拶をする。


「エリザベスちゃん、気をつけてね。アイオロスくんは……まぁお元気で」


「王妃こそ、どうかご無事で」


「えぇ、どうかご無事で」


 エリザベスに対しては笑顔で、アイオロスに対しては仏頂面で。

 露骨に態度を変えられたアイオロスであったが、自業自得なので何も言えずに儀礼的に返した。


「ペルサキスに帰るしか無いわねぇ……」


 流石にこんな状況で厄介になるわけにはいかない。と荷物をまとめて港へ向かうエリザベス。

 それについていったアイオロスが遠見の魔法で対岸を見ると、向こうから小さな帆船が近づいてきた。


「エリザベス! アイオロス! 無事でなによりですの! この船で帰りなさい!」 


 アレクシア様! と二人は揃って驚いた。

 まさか直々に見に来るなどとは思っていなかった彼らは言われるがままに船に乗る。


「直々にアルフェラッツに来られるとは。流石皇女殿下にございます」


「……あ、当たり前ですの。友好国の民の命、我々にも助ける義務がありますのよ」


 アイオロスがそう褒めると、アレクシアは一瞬詰まって返答した。

 何か隠している……? とエリザベスは直感したが、その理由はよくわからなかった。


「と、ともかく早く帰りなさい。ほら船頭、また港が凍る前に出すんですのよ!!」


 叫ぶアレクシアに焚き付けられて船が出る。

 小さくなっていくアルフェラッツを見ながら、エリザベスは人々の無事を祈った。

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