第五話:コールブランドの鞘
前回のあらすじ!
いわゆるスポーツビジネスは、帝国暦70年ごろには普及していたラングビ賭博が先祖とされる。
同90年ごろに当時の皇太子ベネディクトが新聞社と手を組み、発足した初めての国内リーグで合法的に行われるようになり、(中略)帝国暦末にはニキアス=ペルサキスによりチームのグッズ販売や競技場に企業が広告を出す権利の販売が始まった。
帝国が滅亡してもラングビ人気は衰えず、10年には当時の大手新聞社が帝国に代わって主催を初め、20年に発明されたラジオ中継により……
――『スポーツビジネスの教科書』 天秤新聞社 840年 まえがきより抜粋。
アルバート……この歳になって好敵手たりうる男が現れるとは。長生きはしてみるものです。
彼と戦わぬことが一番だとわかっていても、戦場で相まみえたいと年甲斐もなく心が踊ります。
――ニケ=ペルサキスの日記 帝国暦99年11月12日。
この鞘、美術品とは思えないしアレクシアが興味を持ちそうだ。
彼女へのお土産は宝石よりも多分ドライフルーツとかココナッツ菓子のが喜ぶだろうな。
砂糖が沢山入ったやつにしておこう。僕は食べないけど。
――ニキアス=ペルサキスの日記 帝国暦99年12月21日。
――帝国暦98年12月下旬、ペルサキス城
ランカスターを出て一週間ほど船に揺られ、帰宅したニキアスは多数のお土産とともに鞘を見せる。
積み上がった書類と格闘していたアレクシアは面倒くさそうに見ると、それに書かれていた呪文に目を奪われた。
「こっちは年末の帳簿づくりにクッソ忙しいですのに……なんですのこれ……ん?」
初代ランカスター王の時代の言葉……しかも暗号化されていますわ……多分換字ですわね……とぶつぶつ呟き、ランカスターのアルファベット表を取り出してきた彼女は、丁寧にそれを指でさしながら、手元の紙に解読文をサラサラと書いていく。
しばらくして出来上がった文書を見て、アレクシアの目が点になる。しばらくふんふんと呪文を読んでいた彼女は、唾を飲み込むとニキアスに聞いた。
「……ドラグーンと全く同じ発想の兵器ですわこれ。剣の部分に魔法が付与されるみたいですわね。で、その剣はどこですの?」
「それが、なかったみたいなんだけど……何の魔法兵器なんだい?」
無いと聞いて少しがっかりした様子のアレクシアにニキアスが尋ねる。
彼女はとりあえず単語を翻訳して、軽く解説した。
「『叛逆の虹の刃』……『神を貫く光の剣』……対応した帝国語があるのはそれくらいですわね。あとここに書いてあるのが剣の名前……古代王国語の発音だと『エクスカリバー』って読むのかしら?」
「なるほど?」
現代王国語では……帝国語で読むと……と続けて解説しようとするアレクシアは、ニキアスがなんとなく退屈そうにしているのを見て、仕方なく先に話を進める。
「それで、恐らくこの『エクスカリバー』ってものを想像しながら呪文に触れると『虹の刃』ってのが展開されるんじゃないかしら」
すぐに分かるとは流石だなぁ……と舌を巻くニキアスに、好奇心を抑えられなくなったアレクシアがいたずらっぽく笑う。
「これ、今使ったらどうなるのかしら……?」
「剣の部分が無いから何も起こらないと思うけど……」
鞘に手を当てて、その名称から想像される自分の前世の記憶を思い出す。
なんかこう……すごい……光の……と雑に想像しながら呪文をなぞっていくと、書かれた呪文が一瞬だけ光を放ち、強烈な魔法が発動した感覚が身体を突き抜ける。
「ひゃっ!! これ絶対なんかありましたわ!!」
軽く悲鳴を上げたアレクシアは思わず逃げようとしてすっ転んだ。
「何も起こってないけど……」
不思議そうに眺めるニキアスが続けて触ってみたものの、なんの感触もしなかった彼は首を傾げた。
――そのころ、ランカスター王都、アルバートの家
「うおああああああああああああああああ!!!!!!!!」
アンナが夕食を作っている最中、手持ち無沙汰にコールブランドをいじっていたアルバートが、凄まじい爆音とともにいきなり悲鳴を上げた。
それを聞いて振り返った彼女は思わず食器を取り落し、床にシチューが溢れる。
「え、なんですかそれは」
呆気にとられた彼女はそれしか言えなかった。
「どうなってんだこれ!?」
アルバートがあたふたとコールブランドの切っ先を力づくで下に向ける。
柄から急に飛び出した、長大な虹色に輝く光の刃が家の壁を貫き轟音をたたせ、そして彼の剛力で無理やり下に向けられた事で地中深くまで突き刺さっていた。
壁の裂け目からはいきなりの爆音に驚いた近所の住民たちが覗き込み、アルバートの前に聳える虹色の輝きに目を奪われていた。
「これ、どうやったら止まるんだ!?」
「えぇと……とりあえず手を離してみたらどうです?」
わたわたと慌てるアルバートはアンナの助言に従うと、虹色の輝きが急に消えた。
床にできた亀裂に落ちそうになるコールブランドを拾った彼は、流れ出る冷や汗を拭きながら彼女に礼を言った。
「ありがとうアンナ……一体何が起こったんだ……」
「魔法でしょうけど……アルバートがやったことになりますねこれは」
えっ、とアンナの顔を見るアルバート。
不機嫌そうに自分を見る妻の目線が突き刺さる。
そして壁の外から覗き込んでいる住民たちが、表に空いた巨大な亀裂を指差しながら彼を見る。
「これ俺のせいなのか!?」
あんまりだろう!! と悲しい顔をするアルバート。
結局自分で埋め戻す羽目になったのであった。
――ペルサキス城
「何かあったとは思うんですけれどねぇ……」
「やっぱりただの美術品じゃないのかな」
アルバートに起こった悲劇などつゆ知らず、顎に手を当てて考え込むアレクシア。そして信じていないニキアス。
二人の前で不気味に沈黙する朱色の鞘。しばらく二人の間にも沈黙が流れていると、不意に窓の外から、山が動いたような轟音が鳴り響いた。
「やっぱり何かあったんじゃないですの!!」
「えぇ!? 本当に!?」
二人は揃って驚きながら音のしたほう、ハイマ大河の向こう側、連合国の方角の窓を開ける。
外を眺めると、冬の薄暗い夜空の向こうを真っ赤な炎が照らし、天を貫かんばかりの勢いで黒煙が立ち上っているのが見えた。
それが丁度自分の想像した、天に聳える光の剣のように見えたアレクシアは凍り付く。
「やっちまいましたわ……これ……こっそりランカスターに返してきましょう……」
「だねぇ……まぁバレないとは思うけど……連合国にはちゃんと支援しようか……」
「ですわね……」
よくわからない魔法を発動させてしまった自分のせいだと思いこんで肩を落とすアレクシア。
そしてそれを持ってきたニキアスも頬が引きつり、一緒にうなだれる。
「……朝になったら翼竜大隊をアルフェラッツに送ろう。あとエリザベスと……気は進まないがアイオロスの回収をしないとな……」
「アルフェラッツに、避難民はこちらでも受け入れる用意があると伝えましょう。わたくしが行ってきますわ。船はリブラ商会のを全部出しますのよ」
ふたりはてきぱきと行動を決めて、それぞれ軍と官僚、商人たちに命令を下す。
もこもこと厚着のアレクシアは港に向かい、連合国側からの船を待つところ。
流れの遅い場所が凍りついているため普段より港が狭いのを見て、苛々した彼女は久しぶりに本気の魔法を使うことにした。
「暴走……とか言ってられませんわね」
夢の黒い少女を思い出す。恥ずかしさに震えながら虹色の輝きを放つ白金の髪。
氷に閉ざされた箇所に意識を集中させ、それが溶けるように想像を膨らませる。
雷魔法の応用、水面から出る電磁波の増幅。想像するのは普段の港。手を翳した彼女は叫んだ。
「フォウルノス……ミクロキマトン!!」
氷の表面に閃光が走る。内部から瞬時に沸騰した氷が爆音を立てて弾け飛ぶ。
凄まじい湯気を立て、氷が崩れ落ちていく大河を前にして、彼女の連れてきた家臣や商人たちはぽかんと口を開けて呆気にとられていた。
「ボーッとしてる場合じゃありませんのよ!! さっさと船を動かしなさい!!」
アレクシアに発破をかけられ、我に返った彼らは慌てて仕事に向かう。
彼女も小さな帆船に飛び乗ると、一足先に急いで対岸へ渡った。
――アンドロメダ連合国、アルフェラッツ王国首都
「『天秤の女神』が直々にお出ましか」
「あの噴火を見たらそうなりますわ。既にアルフェラッツはペルサキスの兄弟、全力で援助させていただきますの」
「……礼を言う」
同じく雪の降りしきるアルフェラッツでは、軍人たちが馬をかき集めて慌ただしく遠征の準備をし、戒厳令の出された市街地は静まり返る。
アレクシアは自分の魔法のせいだとは言い出さなかったが、今回は一切の打算なく彼らを救わなければいけないと決め、アルフェラッツ王の前に立っていた。
「状況は全て共有する。神に誓って嘘は吐かん」
「こちらも、攻め込もうとかそういうのはありませんの。神祖にでも何にでも誓いますわ」
両者は固く握手を交わし、協力してこの大災害に対処することを誓い合う。
血相を変えて走っていった王妃には、すれ違うついでに軽く挨拶をしたが、連合国に帰ったはずのシェアトの姿は見かけなかった。大方司祭として真っ先に現地に向かったものだと思ったアレクシアは、軽い気持ちで尋ねた。
「王妃は先程お会いしましたが、シェアトは……?」
その質問を聞いて沈痛そうな表情を浮かべる王は、言葉少なく、一言だけ呟いた。
「……火山に礼拝に行っていた……」
そんな……とアレクシアは絶句した。軽い気持ちで使ったあの鞘のせいで、産まれて初めてできた同い年の友人を失ったのか……? と後悔ばかりが募る。
確かにお世辞にもまともな友人とは言えないが、それでもあんなに積極的に話しかけてくる人間は誰もいなかった。もし生きてたら、今度はちゃんと友人だと言おう。今度はちゃんと話を聞いてやろう。
そう思ったアレクシアは娘を失ったと確信する王に、凛とした声で告げた。
「まだ諦めるには早いですわ。きっと生きています。シェアトがただで死ぬとは思えませんのよ」
「慰めは良い。生きている民を救うのが先決だからな。あれが生きているかどうかはあれ次第だ」
その後年が明けても二週間の間、避難してくる民を勇気づけ食料を配り、ペルサキスへ逃し続けていたアレクシア。
エリザベスとアイオロスは運良くすぐに見つかって帰らせた。しかし次々と訪れる人の中にシェアトの姿はない。
雪に混じって降り続ける火山灰。街を覆うそれは彼女の心にも積もるかのように、暗い気持ちになっていく。
「……流石にそろそろ生存者が少なくなってきましたわね……」
避難を急ぐ馬車の中には遺体が混じるようになってきた。火山灰で閉ざされ、一筋の陽の光も差さない冬の空。一日中が夜になり、一度は救ったはずの命は移動する間に凍りつく。
沸かした湯すらたちまち凍る極寒の中、定期的に大河を融かし、港で避難民の船を割り振るアレクシアに、アルフェラッツ王が話をしに来ていた。
「火山地帯の天候が悪化しているそうだ。貴様らの翼竜大隊の……テオと言ったか。彼がもう飛べないと報告を持ってきた。俺の妻もまもなく引き上げてくるはずだ……貴様ももう帰ったほうが良い」
「シェアトはまだですの……?」
「……ペルサキスの助力に感謝する」
涙を堪えるように上を向き、拳を震わせる王をアレクシアは直視できなかった。
しかし、沈痛な二人の間に割って入ってきた老婦人と少女。
「なにを泣いているんですあなた。シェアトなら連れ帰りましたよ」
「わたしなら無事ですよお父様ったら……あら!!」
その声に目を丸くするアレクシアとアルフェラッツ王。
そしてアレクシアを目にして驚きを隠せないシェアト。
「おお……シェアト……生きていたのか……!」
抱擁しようとする父親をすり抜けて、シェアトはアレクシアの下へ真っ先に向かう。
「あら!! アレクシア!! 来てくださったのですね!!」
「ぐるじい……ですわ!!」
抱きしめられ、何度も上下に揺さぶられたアレクシアの顔が青くなる。
シェアトを振りほどいた彼女はその手を握ると、そのままへたり込んだ。
「本当に良かったですわ……貴女が死んでいたら……」
「そんな! わたしのことをそこまで想って……」
再会を喜び合う少女たち。それをにこやかに見守っていた王と王妃だったが、彼らにとって心配なのは自分たちの娘だけではない。
「……シェアト。よく帰ってきたが……国内は俺たちがなんとかする。お前はペルサキスに避難した者たちの世話をしろ」
「そうねぇ……アレクシアちゃんとニキアスくんに迷惑をかけるわけだし、手伝ってきなさいな」
両親にそう告げられたシェアトは黙って頷く。
それを聞いたアレクシアは罪悪感からあたふたと手を振って言葉を返した。
「いやいやいやいや、迷惑なんてことはありませんの!! そもそも……いや、助けるのは人として当然ですのよ!! シェアトも無理しなくて良いのですわ!!」
「いえ、アレクシア。ペルサキスに逃れた信徒たちは、わたしたち司祭が責任を持ちます。あなたがたにご迷惑がかからないように、精一杯務めさせていただきますので」
アレクシアは冷や汗をかいた。シェアトに今回の、エクスカリバーの鞘の件がバレたら……と思うと気が気でない。とりあえず来てしまうものはしょうがないから、なんとかして誤魔化さなければ……と必死に頭を回す。
「わ、わかりました。それではペルサキスはここで引き揚げますので、シェアトも一緒に……王、王妃。何かあればすぐにおっしゃって下さい」
いくら仇敵であっても今は友好国。やってはいけないことをした罪悪感が重くのしかかる彼女は、心の底から深々と頭を下げた。
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