第四話:ニキアスの暗躍

前回のあらすじ!



副作用で死ぬ? あんな薬を使う人間なんて、すぐ死ぬか薬漬けになって死ぬかの違いしかありませんわ。


――アレクシア大学、教授会議議事録より。 帝国暦98年11月1日 発言者不明



どこで育て方を間違ったのか。あれの負けず嫌いは度を越している。

最後の仕事になる。奴が我々を脅かすというのなら。

ゼノンが正しかったのか? ディミトラが言ったように、法を曲げてでも皇帝に据えるべきだったのか?


――アポロン四世の日記 帝国暦98年ごろ?



ラングビシーズン再開!! 今年も熱狂の冬が訪れる!!

 度重なる不慮の事態を乗り越えて、今冬もラングビの冬がやってきた。

 第12節からの再開となる今シーズン、首位はトゥリア・レオタリア、2位は勝ち点1差でウラニオ・トクソティス(中略)優勝争いはホームでの試合を多く残すトゥリア・レオタリアが若干有利か。

 最終戦は例年より2ヶ月遅れて来年4月。経営者が大富豪ペルサキス家となったばかりの彼らはどう出るか。ここからも目が離せない。


――『月刊ラングビ12月号』 帝国暦11月15日発行より抜粋。





――帝国暦98年12月下旬、ランカスター王都、王立競技場



 木々も枯れる冬……とは言えここの冬は過ごしやすい。

 町中を厚着で歩くのはランカスター人、そして12月だと言うのに半袖で観光して回るのが帝国北部や連合国からの観光客とはっきり分かれている。

 すっかり平和になったこと、そしてペルサキス領となったことで、例年の数倍も訪れた観客達の注目を一身に浴びて、アルバートは立っていた。


「みんなありがとう!! この後のサイン会も来てくれよな!!」


 大歓声に手を振る。そして大きくガッツポーズをして、観客と一緒に歌を歌う。

 紙吹雪が舞い、爆竹の炸裂音に色とりどりの狼煙が上がる。


「本当にすごいな。いやまぁ色々売ったのはウチだが」


「酒とつまみと応援グッズ……これはもうボロ儲けですよボロ儲け!」


 まさにやりたい放題と言った風の王立競技場の、その一段と高くなった貴賓席からは満足そうにニキアスとヘルマンが見下ろしていた。


 ヘルマンが発注し大急ぎで作らせたトゥリア・レオタリアのロゴ入りのタオルに、レプリカと銘打って売り出したユニフォーム。さらにアルバートほか選手たちの似顔絵版画にひたすらサインを書かせて売ったりと、とにかくそれっぽいものを作りまくって売りまくる。

 ニキアスが発案し、企画までしたファンサービスと相まって、二人のこの数週間は実に十分な儲けを産み出していた。


「ありがたい限りだ。冬の収入源としたら十分すぎる。協力に感謝するよヘルマン」


「滅相もございません。私共にも利益がございますからな」


 にこにこと笑い合い、一足先に席を立つ二人。ランカスターの勝利の歌が響く競技場の中心では、アルバートら選手一同で場内を練り歩く催しが行われていた。


 とはいえ、ニキアスもただ商売をしにここに来ただけではない。

 先にヘルマンを帰し、一人になったニキアスは護衛を外して平民と同じ服に着替える。

 半袖のシャツに目深にかぶった帽子、シンプルな服装はなかなか気に入っていた。


「なかなか悪くないな。動きやすいじゃないか。ペルサキスで僕は有名すぎるからな……」


 生まれ育った地元では子供の頃からよく顔を知られていて、なかなか好き勝手に外出することはできない。しかしここなら貴族の服を脱いで、一人でいればただの人。

 帽子と布で顔を半分隠した彼は楽しそうに笑うと、観客に紛れ競技場を出て街へ繰り出す。


 しばらく歩いて小道に入ると、試合を終えたジョンソンたちが歩いてくるのが見えた。


「おーい! ジョンソン選手! 握手いいですか?」


 観光客の振りをして駆け寄る。

 ジョンソンは一瞬ぎょっとした顔をして、何かを隠すような表情で手を差し出した。


「あ、あぁ……いつも応援ありがとう」


「……スコルピウス。君たちの集会場はここであってるかな」


 にこにこしながら握手をした手を引き寄せて、ニキアスは彼の耳元に囁く。

 ジョンソンは驚いた目でニキアスを見た。


「……ッ……誰だ? ランカスター人には見えないが」


「帝国にも君たちの協力者は沢山いるんだろ? まぁ僕も協力者になりに来た、と言ったら信じてくれるかな?」


 何もニキアスはのんびり商売をして、アレクシアやヘルマンの真似事をしに来ただけではない。

 この一ヶ月、彼は独自に革命組織スコルピウスについて調査をしていた。

 西側諸侯にどうやらすっかり浸透しているらしい反帝国派、彼らには統率できるような強力な扇動者はいない。ということで、ランカスターを調査していた彼は、各地で講演会を繰り返すアルバートが怪しいと睨んでいたのだった。


 しばらくジョンソンは値踏みするようにニキアスの目を見つめる。

 ニキアスは変装が上手く行っているらしいことを喜んで、にこやかに笑う。


「あぁ。平民にしか見えないか。それはありがたい」


「……貴族か。どこだ?」


「伏せさせてもらうよ。色々と不味いんでね」


 それを聞いて少しの間考えていたジョンソンだったが、やがて考えがまとまったようで、ニキアスを小道に案内する。


「……この路地に来た、ということは既に知っていると思うが……」


「あぁ、色々あってね。皇帝を討ち倒したい、というのは君たちと一緒だよ。悪いが、顔を隠させてもらうけどね」


「いいだろう。ついて来い」


 ニキアスを連れて、ジョンソンは裏路地の食堂に入る。

 狭い食堂の中では、数人の男たちが何やら書き物をしていた。


「……新しい同志だ」


 そう言って紹介されると、男たちは手を止めてニキアスの方を向いた。


「顔を隠すとは怪しいな。本当に大丈夫なのか?」


 眉をひそめてジョンソンに尋ねる一人の男に、ニキアスは精一杯声のトーンを下げて話す。

 自分の城でよく見た男だ、と思い出した。名前は知らないが確か新聞記者。


「君たちの望む情報と物資は提供できるはずだ。……君は新聞記者だな。合法的に印刷機の提供もできる」


「印刷機……ってことはペルサキス家に親しいのか? あそこはアレクシア以外親皇帝派だと思っていたが」


 まぁ当主だけどね。と心の中でニキアスは舌を出して無言で頷く。

 今の所親皇帝派だと思われているのは都合がいい。ただこういう虫がウチの領内にいるのは少し困るな……と苦笑して、彼は返答した。


「ペルサキス家も一枚岩ではないということだ。今回は挨拶だけだが……アルバートはここにはいないのか?」


「試合日には来ない。それよりあんた、貴族なら首都の様子を知っていたら教えて欲しい。ペルサキス家と近いなら、この間支援していたはずだろう」


 いないのは仕方ないにしても、組織に参加しているのが分かっただけでもいいか……とニキアスは前向きに考えることにした。そして懐から何枚か書類を渡す。


「構わないよ。必要だと思って持ってきた、詳細な地図と報告書の複写がある。まぁ盗んできたものだからくれぐれも取り扱いには気をつけてくれ。連絡は必要なときにこちらから取る」


「随分勝手な協力者だな……名前は?」


「自由に動けない身でね。悪いんだが。こちらの名前は……そうだな。アストライア、と名乗っておこう」


 アストライア、と名乗るニキアスを、新聞記者の男とジョンソンは眉間に皺を寄せて見つめた。

 天秤の女神を指すその名は、連合国で勝手に使われている、シェアトが広めたアレクシアの異名だ。


「アストライア……天秤の女神? アレクシア様の連合国での名前らしいが、お前がそれに関係あるのか?」


 新聞記者に代わってジョンソンが首を傾げて聞くと、ニキアスは目を細めて返答した。


「どうかな。アレクシア様は大好きだよ」


「……確かにアレクシア様は味方だと聞いているが……」


 なるほど、味方だと思われているのか……とニキアスは心の中でうなずく。

 それなら尚更彼らの信用を得るために、自分の目的は明らかにしておくべきだろうと発言した。


「僕らはアレクシア様だけに仕える者だからね。皇帝が邪魔なんだ。そういう事情だから、他の貴族みたいにおおっぴらな協力は出来ないが……必要な物事があれば遠慮なく言ってくれ」


 何かあればここに、と地図を手渡す。ニキアスが隠れ家として買った家。そこには彼直属の諜報部隊がランカスター人に紛れて住んでいた。

 地図を見たジョンソンは頷く。彼の知っている限りではアルバートやジョンソンらトゥリア・レオタリアの選手たちが住む区画の近所。なるほど見張られていたのかと、苦い表情を隠しきれなかった。


「……こちらの動きは筒抜けってわけか。まぁいい、協力できることを願う」


「お互い様だね」


 アルバートによろしく頼むよ。と手を振って、ニキアスは踵を返した。

 外へ出た彼は人混みをかき分けて歩きながら少し憂鬱そうな顔でふと呟く。


「次は叔母さんのとこか……」


 思い浮かべるのはランカスター王城に引っ越したニキアスの叔母、ニケ。

 隠居した彼女は既に帝国の事情に特に興味はなく、静かな老後を過ごしたいと願っていたのだが、突然の引っ越しには大いに不満を述べていた。


 なんとかなだめて引っ越してもらったのだが……


「……ニキアス。どうしたのですか平民みたいな服を着て。また飲み歩いていたのではないでしょうね」


「あはは……そんなことは……叔母さんは元気そうで何よりです」


 王城外の軍教練場で、新領主としてランカスター軍とペルサキス軍の合同訓練を指揮していたニケの所に顔を出す。

 指揮、と優しく言えばそうなのだが、屈強な男たちより一回りは大きい彼女の、更に二倍ほどの長さもある大鎚を振り回すこの老婆に軍人たちは誰も敵わなかった。

 唯一アルバートだけは互角に戦っていたのだが、その彼が不在の今日は死屍累々とばかりに倒れ伏す軍人たち。


 ――アルバートがいない日はババアの訓練がキツすぎる。絶対に暴れ足りないせいだ。

 そう、訓練を受けていた下士官の日記に恨みがましく書かれている。


 地面に寝転がる軍人たちに今日の訓練の終わりを指示したニケは、その様子に顔が引き攣っているニキアスに、穏やかな表情で話した。


「まぁ期待していた老後ではありませんが……結果的に見えざる悪魔から私を逃した訳ですし。気遣いができるようになったと感謝しておきますよニキアス」


「こちらこそ面倒なことを押し付けちゃったので……ありがとうございます叔母さん」


 ニケは頭を下げるニキアスを茶に誘い、二人で城内へ向かう。

 

 王城の応接室で待たされる彼がのんびりと待っていると、軍服から普段着に着替えたニケがゆっくりと入ってきた。

 続けて入ってきた侍従が彼女の好物のチョコレートブラウニーと茶を並べると、二人向き合って座る。


「待たせましたねニキアス。貴方がここでしばらく商売をしていたのは知っていますが、もっと早く顔を出すべきだったのでは?」


「ランカスター地区のあちこちを回っていたので……」


 こそこそと平民に紛れながらリブラ商会の支店で寝泊まりし、スコルピウスの調査と商売に励んできた彼は、少し後ろめたい風に言い訳をした。


「ラングビの物販にねぇ……まぁ良いでしょう。私は商売のことは分かりませんし……」


 それを知ってか知らずか、嘘だろうなとは勘付きつつもニケは話す。

 ニキアスは話題をそらすことにした。


「それで、訓練の様子はどうだい叔母さん。ランカスター軍は相当強くて、特にアルバートとかすごいって聞いたけど」


「流石に帝国軍を退けただけはありますね。随分屈強な子たちが多いですが……特にあの子は大物ですね。本気を出せば私より強いんじゃないですか」


「叔母さんより!?」


 ニキアスが驚愕の表情で、菓子を食べる手を止める。彼としては帝国最強の将軍であった自分の叔母より強い、というアルバートの存在が信じられなかった。


「今の私と比べて、ですよ。昔の私なら遅れをとるとは思えませんが」


 茶を飲みながらそう話すニケ。

 本気で戦ってみたい、ってのが本音だろうなぁ……とニキアスは僅かに苦笑いを浮かべた。


「無理しないでよ叔母さん。もう歳なんだから……」


「貴方に心配されるほど耄碌していません。……あぁ、そういえば聞きたいことがあるのですが」


 聞きたいこと? と彼が聞き返すと、ニケが一旦席を立ち、木の箱を持って戻ってくる。

 それを開けると、美しい朱に塗られ、その表面に何か呪文のようなものが書かれた剣の鞘が入っていた。


「蔵から見つけた美術品です。ドラグーンとよく似ていると思いましてね。剣をどこへやったか、というのは不明だそうですが。何か知っていませんか?」


「ドラグーンに似てるって言われても……この呪文? は読めないな。アレクシアなら読めるかもしれないけど……」


 手にとった鞘に書かれた呪文を見つめるニキアス。全く読めないが、呪文を指でなぞることで弾丸を発射するドラグーンと似ていると言えば似ている。

 何か魔法を発動するための道具か? と眉間に皺を寄せて首をかしげるが、何の魔法を使うためなのかはさっぱり分からなかった。


「持って帰ってよければ、調べてみるよ」


「今はペルサキスの財産ですから、ランカスター家が文句を言うようなら買い取っておきます」


「ありがとう。それじゃあまた……なかなか来れないかもしれないけど」


 申し訳無さそうにそう告げて席を立ち、箱を持って部屋を出ようとするニキアスに、ニケは微笑んだ。


「あぁ、アレクシアにも私は元気だと伝えて下さいね。来年の百年祭には顔を出しますから」


「わかった……あぁ見えてもアレクシアは叔母さんに懐いてるからさ。楽しみにすると思うよ」


 微笑みを返し、そう言って城を出たニキアスは大量のお土産を購入して、南部の港から出港していった。

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